99.戦場での心構え
「じゃーおじょーちゃん、こいつの相手してやってくれや」
「わ、私ですか?」
「そうだ」
そう言い出したシャラードだが、ルディアもルギーレも動揺を隠せない。
「いやいやちょっと、シャラードさん……それはきついですって」
「何がだ?」
「だってほら……仲間ですよ?」
「仲間? だからどうしたんだよ? 戦場では魔術師と戦うことだってあるんだから、どんな相手にも対応できるようになっておかなきゃなあ」
「え、でも……」
ルディアに刃を向けることなんてできないでしょ、と言いたいルギーレだがその前にシャラードが一気に畳みかけてきた。
「でもじゃねえ。じゃあ何だ? お前は勇者パーティーの仲間だった奴にも刃を向けられねえってのか?」
「そんなことは言ってないですよ。ただ、今の仲間に刃を向けるのがきついんですよ」
「じゃあそんな恐怖心なんか捨てちまえ。戦場じゃあ仲間が突然裏切ることだってあるんだ。現にお前、裏切られてパーティー追い出されて、そしてあの黒ずくめの集団の側に回られたんだろ? だったら好都合じゃねえかよ」
戦場での躊躇は死を意味する。
それは勇者パーティーのメンバーの一人として、数々の戦場を潜り抜けてきたルギーレだからこそわかる事なんじゃねえのかとシャラードが言うと、ルギーレはハッとした顔になった。
「それは……そうですけど」
「だろ? さっきも言ったが、戦場じゃいつ誰が敵に寝返ってもおかしくねえ」
だからその心構えを鍛える面も含めて、ルディアに相手になってもらうことにしたのである。
対するルディアはそのルギーレと同じく複雑な気分だったが、これはあくまでも練習なので仕方なく……と覚悟を決めて彼と向かい合った。
「私は手加減した方がいいのかしら?」
「んー、殺さない程度の魔術にしておけ。死ぬといろいろ面倒だからな」
「わかりました」
今はルギーレもルディアと同じくCランクの冒険者になったわけだが、ランクを上げるために辿ってきた道筋が違うので戦いの実力で比較はできない。
しかし考えてみれば、こうしてルギーレとルディアが向かい合うのは初めてであった。
「それじゃ行くわよ……」
「よし……」
お互いに向かい合って緊張感が高まるが、ルギーレはその瞬間に全身から嫌な汗が噴き出るのを感じて横に転がった。
瞬間、彼の横を鋭い氷の槍が何本も駆け抜けていく。
しかもかなりのスピードだ。あの氷の槍に貫かれていれば命はなかっただろう。
さすがはヴィーンラディで随一の魔術師と言われている彼女だが、ルギーレはこれは模擬戦なんだから手加減してくれと頼む。
「おぉい、待て待て! 死ぬかもしれないレベルのはダメだってぇ!」
「ああ、ごめんなさい。それじゃ次のはもうちょっと威力を落とすわ」
対人戦に慣れていないルディアは少し込める魔力の量を少なくし、今度は風属性のエネルギーボールを飛ばす。
空中に生み出されたボールが徐々に形を変化させて風の刃となり、ルギーレに襲い掛かる。
それをルギーレは再び地面を転がって回避し、ルディアに一直線に向かっていく。
だが、ルギーレよりは戦術に長けているルディア。
彼女のその風の刃は罠であり、ルギーレが接近した時にはすでに目の前に炎に包まれている彼女の左手が突き出されていた。
「くっ!?」
「きゃっ!」
咄嗟にルギーレはその手を蹴って軌道を逸らす。
生み出されたファイヤーボールは当たるはずだった的を見失って、鍛錬場の壁にぶつかって煙を上げた。
ルギーレはそのファイヤーボールの行方には目もくれず、次の魔術を繰り出される前にルディアに向かってレイグラードを突きつけて終わりだ。
そう考えていたのだが、目の前の最強の魔術師少女はそうさせてはくれなかったのだ。
「……甘いわよ」
「ぐうっ!?」
彼女もある程度、ルギーレのその行動を読んでいた。パワー任せにする悪い癖がここにきて出てしまった。
ヒットアンドアウェイの戦法を取ることができなかったルギーレは、魔力を込めた両手を突き出して掌底の要領でルディアに吹っ飛ばされた。
先ほどと同じくゴロゴロと後ろに転がるルギーレに、続けざまに風の刃を放つべく魔力を込めるルディア。
しかし、同じ手を食らってまた敗北するわけにもいかないルギーレは回転が落ち着いたところで足を踏ん張って立ち上がり、彼女の動きをよく見る。
自分に向かって突き出されている彼女の手。そして込められている魔力の気配。
それを察知したルギーレは、咄嗟に地面の土を一握りその黒い皮手袋をはめた手の中に取って、撃ち出される風の刃に向かって投げつける。
それも、彼女と同じく手に魔力を込めた状態でだ。
「……!?」
風の刃と魔力を込めた土の塊がぶつかり、空中で相殺されて風の刃が消える。
まさかそんな手を使われると思っていなかったルディアは再び魔力を溜めるも、ルギーレが彼女の喉に向かってレイグラードを突き付ける方が速かった。




