太田杏子看護師の活躍
これは、【紡ぎあう絆】企画参加作品です。
理不尽に対し、抗うことも許されない全ての人に贈ります。
ただし、かなりブラックな部分があるので、気になった方はブラウザバックしてください。
※ この作品はフィクションです。
実在の人物・病院・病気などとは一切関係ありません。ないったらないんです。
「太田くん、君に異動をお願いしたい」
太田杏子は、この奈落烏病院に勤めて4年目の看護師だ。
担当は小児科。
今、杏子は、院長室に呼ばれていた。新人の域をまだ出ていない彼女にとって、本来ならあり得ない状況だ。あり得ないと言えば、年度途中で異動するのも異例だろう。
「私、もう出世するんですか~?」
杏子はのほほんと言った。院長相手にそんな口をきけるのは、よほどの大物かバカだけだろう。
「出世と言えば出世だな。
君には、コロナ病棟の師長をやってもらう」
「コロナ病棟? うちにはありませんよね~?」
「どこぞの肝いりで作ることになったんだよ。西病棟の4階にワンフロア空けてあるから、細かいところは君が詰めてほしい」
「わっかりました♡
ちなみに、4階だと、エレベーターはどうなるんですか~?」
「窓の外に特設する。これがこの病院の図面だ。レイアウトは任せる」
「私、設計図とか全然わかりませんけど~?」
「実際に見てくるといい。では、よろしく頼む」
「了解~♪」
ウキウキと杏子が出て行った後で、小児科の師長が呼ばれた。
「院長、どういうことですか!? それでなくてもうちの看護師はもういっぱいいっぱいなんですよ!
この上コロナ患者を受け入れる余地などありません! それに、そんなことをしたら、病院内の動線がめちゃくちゃになって、通常の患者を受け入れることができなくなります!」
師長の言葉はもっともだったが、院長は苦虫を噛み潰したような顔で答えた。
「無理は承知している。だが、お上からの強制だ。うちをテストケースにして点数稼ぎをしたいらしい。
改築費用まで押しつけてきた以上、やれませんではすまんのだ。少なくとも、やったけれど無理でした、というポーズが必要だ」
「だからといって、何も太田さんにやらせなくても…。彼女が小児科で何と呼ばれているかご存知ですか」
「知っている。“歌って踊れる万能ナース”だろう」
「それは自称です! そうではなく!」
「もう1つの方も知っている。だから、任せたのだ。
おそらく、最も効率的に失敗してくれるだろう」
「太田さんを、人身御供になさるんですか?」
「彼女の頑張り具合を見てもらって、いかに無茶なことを要求してきたのかをご理解いただくんだよ。なに、太田くんのことだ、大したダメージは受けないとも」
師長は、もはや何を言っても無駄と悟り、院長室を辞した。
そして、改装が終わり、マスコミが押し寄せてきた。
「はい、これがコロナ患者様専用のエレベーターです♡
救急車からコロナ病棟へ直通ですよ~」
「これは、荷物用のエレベーターではないんですか?」
「スペース的に、これが限界なんですよ~。ダイジョーブ、350kgまで耐えられますから♪」
「患者をなんだと思ってるんですか!?」
記者からのある意味当然の質問に、杏子は涼しい顔をして答えた。
「あら~? ご要望は、“これまでどおり通常の患者様も受け入れつつ、コロナ患者様も受け入れる”でしたよ~。
病院の建物は大きくならないんですよ~。
入り口を分けなければならない以上、後で作ったこちらが別立てで作らなきゃならないのは当たり前じゃないですか~♪ もしかして、他の患者様はどうなっても構わないとでも~?」
「どちらも完璧にやるのが、病院としての取るべき態度ではないんですか」
「物理的な限界って言葉、知ってますか~? 病院の建物は大きくならないし、医師も看護師も増えないんですよ~? あなた、そんなこと言うってことは、今すぐ病院をもう1つ建てて、医師と看護師を倍の人数にして、お給料も同じだけ出してくれるんですよね~? まさか、偉そうなこと言って、自分では何もしないなんてことはないですよね~? 自分にできないことは言っちゃダメですよ~♡
さ~、医師と看護師、増やしてくださいね~。今すぐですよ~?」
「無茶なことを…」
「あら~、病院には無茶を言ってもいいんですか~? それはどうしてです~?」
この杏子の受け答えは、全国ネットで実況中継され、政府からの無茶ぶりが問題視されるようになった。
奈落烏病院のコロナ病棟は閉鎖され、太田は責任を取って降格という名目の下、小児科の平看護師として戻って来た。
そして、C調で仕事をして師長から怒られる日々が帰ってくる。
「この太田杏子看護師~!」
さぁ、皆さんご一緒に!
「おたんこな~す~!」
※タイトルは「おたんこなーすの活躍」と読みます。