よん。
なにが悪かったのか──
それを考えながら、ボウルを片付けていると、人影。
「元山く」
ん、が戻ってきたと思ったら、そうではなかった。
それは元山くんの幼馴染み、田端くんだ。
「もっちゃん、なんかおかしかったんだけどさー……柊さんなんか知ってる?」
「それが……」
田端くんにこれまでの経緯を話すと、申し訳なさそうに昨日のことを教えてくれた。
「用事ができたとか言って、嫌われちゃったんじゃないの~?」
私がキャンセルをした日、中学の同級生に会っていた元山くんと田端くん。流れでその話になると、そうからかわれたそうだ。
それだけのことだったが、田端くんが「でももっちゃん、口悪いからな~」と言ったことで徐々に旗色が変わっていったという。
たまたまその場にいたメンバーが、私を知らなかったのも良くなかったようで『元山くん=口が悪い』しか知らない友人たちから、元山くんは物凄く責められたらしかった。
「もっちゃんは『アイツが自分からやりたいって言ったんだ!』とか言ってたけど、ほら、もっちゃんって、案外繊細だから……」
「…………」
そう、元山くんは案外繊細なのだ。
(だからあんなに、優しかったのか……)
青筋を立てるほどに無理をしていた元山くんの姿。
涙ぐましい努力、とか言うが、思い出すと私の方が泣いてしまいそうだ。
「──…………もしかして」
そして先程までの元山くんと、そのやりとりを思い浮かべた私は──自分の吐いた言葉が、実に誤解を招きそうであることに気付き、愕然とした。
問題は、
『そんなにも辛いだなんて……思わなかったの!!』
この部分の主語である。
私にしてみれば当然、『元山くんが』のつもりだったのだ。
『そんなにも』とは言ったが……なにぶん会話だ。一文字の違いなど、スルーされてもなんらおかしくない。
思い込みによる勘違いなら、こちらだってしていたのだから。
田端くんに礼を言い、片付けを終えて家庭科室を後にした。帰り道でも、頭の中には元山くんのことばかり。
何故か回転し出す鍋を、素早く止めてくれたこと。
激しく燃え盛るマヨネーズにも、冷静に対処してくれたこと。
弾け飛んだ蓋から、私を守ってくれたこと──
涙が溢れて止まらない。色んな意味で。
……よくぞ『優しくしよう』と思えたものだ。凄い。
(そもそも元山くんは優しいのに)
『誤解なんだ』と言えば、許してくれるだろう。
──でも、もっと伝えたい気持ちがある。
上手く伝えられないかもしれない諸々を込めて、私はマフィンを作ることにした。
……ホットケーキミックスで。
まずなにが大変って、母の説得だった。
「ホットケーキミックスなら失敗しないって、クック〇ッドにも書いてあるから!!」
「ダメー! 失敗しないを失敗するのがアンタでしょうが!!」
「自分のムスメを信じて!」
「何故私の娘がこんなに不器用か、それがまず信じられない! お手伝いはできるのに!」
一時間程このようなやり取りを続けたあと、とうとう母が根負けした。
「今回だけ」──あと「オーブンを使う時には必ず呼ぶ」を条件に、使用許可を得ることに成功。
だが、まだ試練は始まったばかりだった。