さん。
一話の文字数を少なくし過ぎたせいで、結局5話になりました。
このあとラストまで投稿します。
──水曜日。
なんとか秘密特訓を行いたい私は、元山くんに「用事がある」と言って、お料理教室をキャンセルさせて貰った。
家庭科室で特訓を行うことにしたのだ。
しかし、場所が馴染みの場所に変わったからと言って、腕が上がる訳では無い。
「元山にあげるのは癪だけど、私が教えてあげるわ!」と、講師として自信満々に付き合ってくれた蘭ちゃんだったが……既にグッタリしている。
そして出来上がったモノ──それは『物体RX』(※仮称)だった。
蘭ちゃんの教え方が下手なわけじゃない。
ただ、元山くんの教え方が抜群に上手かったと知る。
『不味い』で済むようになったのは、私の実力が上がったからではなかったのだ。
「どうしよう……このままじゃ本当に、いつまで経ってもプレゼントなんてできないよ!」
「──もと子……」
そう嘆く私の肩に、蘭ちゃんは優しく手を置いて……天使のような笑顔で言った。
「…………諦めよう」
誠に潔い判断である。
翌、木曜日。
そもそも家庭科室は使えない日だが……何故か家庭科の先生が声を掛けてきた。
「はい、気を付けて使ってね」
「え……」
鍵を渡されたが……困惑した。
先生は元山くんに頼まれたそうだ。元山くんの信頼は厚く、特別に解放してくれるのだという。
私が一方的に弟子にはなったものの、元山くんはこれまであまり乗り気でなかったようなのに……
事実昨日も「無駄な時間を過ごさずに済んだわ~」と言っていた。いや、それが彼なりの気遣いなのだ。
いつものことなので、それは理解しているが……
(に、してもわざわざ?)
一体どうしたんだろう。
(──はっ! ……もしかして昨日、見られていた?)
元山くんが帰ってから家庭科室に移動したつもりだったが、もし見られていたならさぞかし気を悪くしたことだろう。
私が無理矢理頼んでいるにもかかわらず、キャンセルをした挙句、違う人に教わっていたのだ。
──しかも、相手は蘭ちゃん。
彼女がそうであるように、元山くんもまた蘭ちゃんが得意ではない。
今回の急なお料理教室……通常ならばご褒美のそれは、ご褒美ではなく、『お仕置き』とか『お叱り』とか、そういう類なのではないか。どういう仕様かは、よくわからないが。
(はわわわわわ……どうしよぉぉぉ……!)
おそらく、(なんとなく高そうな気がする)彼のプライドを傷付けたのだ。これは、滅茶苦茶怒っているに違いない──
戦々恐々としながら、とりあえず教室へ戻り、元山くんに声を掛けた。
「あ、鍵な。サンキュ」
「元山くん……」
「……なんだよ、間抜け面して。 もしかして、今日も用事だった?」
「う、ううん、ありがとう……」
「別に……」
凄く普通の対応。
いやむしろ、いつもより優しいような?
「行こうぜ」と言う元山くんの後に付いて、家庭科室に向かう。
(やっぱりおかしい……)
普段なら「俺がわざわざ許可を得てやったんだ、さっさと準備しろ」……みたいな一言を更に加える(※照れ隠し)のが、元山くんのスタイルだというのに。
今日の材料は、元山くんが用意してくれていた。あまりに至れり尽くせりで、私は不安になる。しかも──
「あっ!!」
卵を入れたボウルを落とす私に、彼は罵倒するどころか……
「……怪我するようなモノじゃなくて良かったな。 材料はまだあるから気にするな」
等と宣ったのだ。
あまりに元山くんらしくない。
「どっどうしたの元山くん!? 今日は随分優しいような!!」
「…………なにを言っているんだい柊さん」
「明らかにおかしい! 口調が既に!」
「嫌だなぁ柊さん、僕はいつもこうじゃないか。 ははは」
こめかみに青筋を立てながら、元山くんはそう言う。──完全に無理をしている。
(……はっ!!)
きっと、度重なる私の料理の試食でおかしくなってしまったのだ──その可能性が一番高いことに気付き、慌ててお料理教室に終止符を打つことにした。
「ごめんなさい! もうコレやめよう!! そんなにも辛いだなんて……思わなかったの!!」
そう言った直後、
──ガァンッ!
鈍く、激しい金属音。
それは、私が先程落としたボウル。
拾った筈の元山くんが、それを下に叩き付けたのだ。
カランカラン、とボウルが音を立てて回る中
「……ふざけんなよ」
元山くんはそう一言呟いて、部屋を後にした。
呆然としたまま立ち竦む私には、何が間違っていたのかよくわからなかったが……追いかけて尋ねることもできなかった。