いち。
「──不味い」
元山くんは私の作った料理に、実に忌憚なくシンプルな感想を述べる。
放課後の家庭科室は、俄お料理教室。
講師、元山 祐司。
生徒、柊 もと子。──私だ。
「なんで指示通りに作ってこうなるんだよ?!」
そう声を荒らげる元山くんに、私は曖昧な笑みを浮かべ「……ねぇ?」と返した。
こっちが聞きた……いやごめんなさい心当たりはいっぱいあります。
私は壊滅的に不器用で、こと料理に関しては『逆になんかのスキルではないか』と疑わしい程にできない。最早それは神のイタズラレベル。
おかげで私の手はいつも傷だらけ。
見兼ねた元山くんに、子供用の安全包丁をプレゼントされたにも関わらず……というあたりで、並々ならぬ負のスキルを感じていただきたい。
「私だって頑張ってるんだよぅ……」
「毎回毎回お前の血やらなにやらが入っていると思しきものを、食わせられる俺の身にもなってみろ……」
そんなだから、このお料理教室の一連の流れは、必然的に元山くんの「不味い」までセットになっていた。
「ほら、いつまでも凹んでんじゃねぇ!」
このセットには文字通り『美味しいおまけ』が付いてくる。
最終的に元山くんは私に、余った材料でなにかしら一品を作ってくれるのだ。
例え「不味い」と言われても、私にとってはハッピーセット。
元山くんにとっては…………うん、深くは考えないでおこう。
なんでこうなったか。それは少し前に遡る。
──家庭科の調理実習。ほぼ自習。
事前に先生が席を外すとわかっていたので、比較的簡単なチョコレートマフィンを作ることになっていた。
三クラス合同の選択授業だが、全員女子。男子は体育に人気が偏ったのもあるが、女子の方が人数が多いせいもある。
作るのはチョコレート菓子。
バレンタインはまだ遠い……だが面子は女子ばかり。いつしかそんな話になり、誰かが『七夕のことをサマーバレンタインっていうらしい』などと発した事で、好きな人に渡す話で実習は俄に盛り上がった。
勿論私もあげたかった。
しかし出来上がったモノ──
それは『チョコレートマフィン』等ではなく、菓子ですらない凄まじい見た目。
外側は岩の如き硬さを誇り、時折アカデミック、そしてダイナミックに飛び出た角の様ななにか。それは非常に雄々しく……そうかと思えばその裏側……アルミ型の隙間から溢れる半生の「でろり」としたモノ。それは、私達に魔女の作った液体を連想させた。
まさに悪魔的デザイン──
友人等は驚愕後、それに『物体X』と揶揄的な名を与えたが、私にそのことを否定するなど出来るはずがなかった。
だって、食べ物を形容するのに『雄々しい』とか『悪魔的』とか……人生で使うなんて、きっとない。
「それが自分の作った食べ物(?)なんてっ……!」
正直私自身、これが食べれるのかに疑念を隠しきれない。
皆が教室へ戻ったり、お目当ての男子に渡す為にグラウンドに行ったあと、一人残った私は悲しみにくれていた。
「──なにやってんの」
そこに現れたのが元山くんである。
私は物体Xを隠そうとしたが、時既に遅し。
バッチリ見られてしまった。
(なんでこんなところに……)
よりによって、一番見られたくない相手。
──だって、上手く出来たら元山くんにあげたかったから。
「なにこれ、食べれんの?」
最早その台詞は特別胸に突き刺さる言葉でもなく、自然としか言い様がない。
むしろ『食べれるよ!』と返せないことが心苦しい。
いや、きっと食べれるとは思う。材料的にはおそらく食べ物に分類されるハズなのだから。
「……多分、食べれるんじゃないかな?」
私の自信のない答えに呆れたように「なんだそりゃ」と一言。直後元山くんは
──食べた。
そして、吐いた。