旅立ち
制御卓の画面には外の宇宙空間が映し出されていた。シートに座ったリュウは、ハンドルを注意深く操作していた。円筒形の宇宙ステーションは内殻の部分の緩い回転によって内部に疑似重力を発生させていた。居住するのに不都合はなかった。宇宙空間から飛び込む放射線から人体を防護するために幾重にもシールドされた内部構造である。
ステーションの回転には干渉されない末端の操作モジュールからリュウは遠隔操作用のマニピュレーターをあやつっている。いま、マニピュレーターの腕がつかんでいるのは、今回の宇宙探査に使用される予定の宇宙船のエンジン部分の電源ユニットを納めた筐体だった。地球から打ち上げられた、幾つものユニットが、この軌道上でひとつに組合わせられて、巨大な宇宙船の船体をかたちにしていた。
そして最後には、宇宙ステーションじたいが、探査ロケットの船体部分として接合される予定だった。
「リュウ、そのユニットの接合で宇宙船のすべては完成だ」
リュウの通話機に聞こえたのは地球基地の管制官の声だった。その地球は青く輝いている。
「どうやら宇宙船らしい形になってきた。飛行士はいつこちらに来るんだ?」
リュウが訊くと、
「ロケットのブースターに不調があって、いま調整している。問題が解決すれば、予定では三日後に打ち上げだ」
と、管制官は答えた。
三日後、地上から打ち上げられた連絡ロケットがステーションに接近し、ステーションから伸びたドッキングアームと接合した。連絡ロケットからアームの狭い通路を通ってステーションに乗り移った二人の飛行士は、回転する人工重力エリアに進む。
そこにリュウは居た。
軽量金属製の頭部を持ち、人間と同じ五本の指を備えた腕を胴体から伸ばしたヒト型AI。
「リュウ、ご苦労だった」
飛行士のひとりが声をかけると、
「待っていたよ。仕事ができて私も嬉しい」
とリュウが応答した。
二人の飛行士はリュウに代わって機器を操作し、ステーションと組み上がった宇宙船を接合させた。そして人工重力エリアの一画にある寝室にリュウを導いて、横にさせた。
制御卓の前に座った二人の飛行士は、百以上のチェック項目の最終確認を済ませると、システム始動スイッチをオンにした。
その瞬間、船の全神経が横になったリュウの中枢と繋がり、すべてがリュウの知覚となった。
くっきりとした感覚の中でリュウは自分の能力を確めるように、静かにメインエンジンを燃焼させると、予定どおりの火星に向けての進路に船を発進させた。
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