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トキメキ魔法は呪文いらず  作者: 若松ユウ
Ⅰ「二人の出逢い」
8/19

008「学問に近道なし」【Se004】

 知識や技能を一子相伝するやり方は、効率が悪いしもめごとの火種になりやすい。

 でも、ろくに学を修めてない人間まで魔法を使えるようになったら、世界の秩序は滅茶苦茶になるに違いないから、これがベターなのだろう。


  *


「殿下。さきほどから手が止まっておりますぞ」

「うるさいな。スペルを思い出してるんだから、静かにしてくれ」


 そう言って、セレンは孔雀の羽根の先をインクに付け、羊皮紙の上に二つ三つの文字を書くが、すぐに二重線で消し、その後ろにトントントンと思案顔で三点リーダーを書き足す。そして、インクがかすれてきたところで、羽根ペンを放り投げる。

 タングステンは、その集中力の無さにため息を吐きつつ、カーペットの上に落ちた羽根ペンを拾ってインクを付け直し、三点リーダーのしたにサラサラと正確な綴りを書いていく。


「クリスタリザツィオーン。一つ目のリは巻き舌で、二つ目のリは強調です。子音の取り違いと重ね忘れとで、二点マイナスですな」

「だいたい合ってるんだから、良いじゃないか」

「いいえ、良くありません。呪文は、一字一句正しく発音しなければなりません。間違って唱えた場合、何も発動しないか、まったく意図しない魔法が発動されてしまう可能性があります。第一に」

「一国の王子たるもの、魔法が正しく使えなくてどうします、とでも言いたいんだろう? もう、耳に胼胝ができるほど聞いたよ」


 タングステンが言わんとせんことを、セレンは先回りして物真似まじりに言うと、白手袋をはめた手から羽根ペンを奪い取り、正しい綴りを練習する。そして、書き写したところで羽根ペンをインク壺に挿しつつ、質問する。


「あのさ、タングステン。駄目元で訊くんだけど、魔導書の中身を、一瞬ですべて暗記できる魔法は無いの?」

「そのような魔法があれば、真っ先にお教えすると思いませんか?」

「なんだ、無いのか。……ホントに無いのか? あとで有ると分かったら、承知しないぞ」

「くだらない勘ぐりをしていないで、一単語でも多く記憶なさい。少年老い易く」

「学成り難し。はいはい。覚えればいいんでしょ、覚えれば。覚えるよ」


 セレンがインク壺に挿した羽根ペンを手に取ろうとしたところへ、ノックの音がする。


「どうぞ」


 ペンを取るのをやめてセレンが返事をすると、肘でドアを開けつつ、シーリングワックスで封をされた手紙やラッピングされた花束などを抱えたクロムが現れる。


「お勉強中に、ごめんあそばせ。坊ちゃまに、お届けものです。週末のダンスパーティーで是非ともご一緒に、という旨のお誘いのお便りや贈り物に違いありませんわ」

「ホッホッホ。引く手あまたですな、殿下」


 クロムの荷物をソファーへ置くのを手伝いつつ、タングステンが愉快げに話しかけると、セレンはハーッと大きく落胆しながら言う。


「まだ週の始めで、表敬訪問だって終わってないのに。あぁ。また、けばけばしいバケモノの相手をしなきゃいけないのか。考えただけでも胃が痛くなる。――ん?」

 

 ソファーに山と積まれた物の中に一つだけ、その場に似つかわしくない簡素な紙袋がまざっているのを目ざとく見つけたセレンは、愚痴を半ばで止め、手紙を仕分けている二人を尻目に、デスクを離れてソファーへと近寄った。 

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