007「近道は遠回り」【Te004】
木登りの名人が、あと少しで木から降りられるところで気を引き締めるように、慣れてることの方が、不慣れなことより注意が必要な場合がある。
いつものことだからと油断していると、思いがけなく足元を掬われてしまう。
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「すっかり遅くなっちゃったけど、ちゃんと店番してるかな」
さきほどセレンと出会った街路から一本裏の脇道へ移り、テルルは、舗装の無い土の上を小走りで駆けていた。それなりに人通りのあった表通りとは違い、ほとんど人気がなく、そして、背の高いレンガ塀に挟まれている狭い道であるために、やや薄暗い。塀の向こうは工場があるようで、ガラガラと機械の音が響いている。
と、そこへ、ついさっきまで女と小声で密談していた男が現れ、テルルの正面で行く手を塞ぐように立ちはだかる。
「よぉ、お嬢ちゃん。ちょいと道を教えて欲しいんだが」
不意に現れた人影に驚きつつ、テルルは警戒心もあらわに紙袋を懐にしっかりと抱え、キッパリと断る。
「ごめんなさい。あたし、急いでるの。悪いけど、他を当たってちょうだい」
「まぁ、そう、にべもない態度を取らないでくれよ。困るんだよ。俺としても、手荒な真似はしたくないもんでね」
そう言って、男は両手で指の関節をパキパキと鳴らし、ゆっくりとテルルに近付いていく。
テルルは、男の殺気立った様子に怯えて身体を震わせ、一歩また一歩と後ずさりしながらも、精一杯の虚勢を張る。
「そこを通しなさい。あんたなんか、ちっとも怖くないんだから」
「口では立派な城も建つけど、身体は正直だぜ? すっかり及び腰じゃねぇか。――それっ!」
「イヤッ!」
男は足を踏み切って一気に距離を縮めると、嫌がるテルルに掴みかかり、そのまま肩に担ぎ上げてしまう。
臀部を前にして担ぎ上げられたテルルは、怒りと恥ずかしさも入り混じった勢いで、しばらく腕や脚をばたつかせて抵抗した。が、やがて勝ち目がないと判断したのか、無駄な体力を使うべきでないと思ったか、テルルは動きを止めた。
「そうそう。そうやって大人しくしてりゃ良いんだ。下手な真似をしなけりゃ、悪いようにはしねぇからよ」
テルルが無抵抗なのを良いことに、男はテルルを担いだまま、途中までテルルが来た道を戻り、三叉路を表通りとは別の方角へ曲がっていく。
「良いようにされてたまるもんですか」
担がれたテルルは、そう小声で呟くと、大事に持っていた紙袋の底に指で小さな穴を開けた。すると、紙袋の底から、サラサラと少しずつ砂糖がこぼれ、土の道の上に一筋の白い点線が引かれていった。