005「魔法に魅せられて」【Te003】
いつ、どこで、どんな人と出会うかなんて、誰にも分からない。
分かってるとしたら、それは、出会うように仕向けた神様だけだろう。
*
市場から続く石畳の街路を、テルルは紙袋を抱えて歩いている。速く歩きたいようだが、駆け足になると、袋口から半分ほど顔を出しているオレンジがこぼれ落ちそうになるため、さながら競歩の選手のように、両足裏がどちらか地面に着いた状態で早歩きしている。
「果物売りのおじさんも、もう一回り大きな紙袋に入れてくれれば良かったのに。それか、先に買った砂糖の袋を一緒にしないで欲しかったなぁ」
少々不貞腐れた様子で、ぶつくさと文句を言っている。どうやら、紙袋の下には、別の袋に入れられた砂糖が入っているらしい。
石畳の上は、毎朝毎晩、多くの人や馬車が行き来している。加えて、石畳の下は踏み固められた土である。よって、各ブロックの端は、面取りした野菜のように角が丸みを帯びており、ところどころ、段差や亀裂が入っている。と、いうことは。
「キャッ!」
足元を注意して歩いていても、けつまずく可能性を排除することが出来ないのである。
テルルは、とっさに荷物を持たない方の手を前に出して地面をつく。そして、すぐに紙袋から落ちたオレンジを数えながら拾い集めていく。
「……六、七、八、九。あれ? もう一個あったはずなのに」
腰を屈めながら、テルルが路面の上に視線を左右へ走らせていると、背後から一筋の小さな傷が付いているオレンジを持ったセレンが声を掛ける。
「君が探してるのは、これだろう?」
「えっ? あっ、オレンジ! ありがとうございます」
テルルは、セレンが差し出したオレンジを受け取ると、紙袋に入れようとする。ところが、その前に急いで詰め込んだせいか、うまく袋に入らない。
その様子を見ていたセレンは、口の端でフフッと笑みをこぼすと、懐からステッキを取り出し、紙袋に向けてひと振りする。
≪オルドヌング≫
セレンが小さく呪文を唱えると、九個のオレンジが意思を持っているかのように、ガサゴソとひとりでに動き出し、紙袋の中にスペースを確保する。そして、テルルが持っていた十個目のオレンジも宙を舞い、空いた部分に収まる。
「わっ、すごい! 今の、どうやったの?」
「なぁに、簡単な魔法さ。大したものじゃない。それじゃあ」
セレンは懐にステッキをしまうと、四辻の向こうへと歩み去っていった。
テルルは、その後ろ姿をキラキラした瞳で見つめていた。そのさまは、整った顔立ちとスマートな仕草にときめいたものの、初めて芽生えた感情に名前が付けられずに戸惑っているようにもみえる。
しばらく茫然としていたが、やがてテルルは我に返り、パン屋に向かって歩きはじめた。