表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トキメキ魔法は呪文いらず  作者: 若松ユウ
Ⅰ「二人の出逢い」
4/19

004「イライラ執事とニコニコメイド」【Se002】

 毎日、毎夜、殿下なら、殿下として、と王家の伝統を押し付けられる。

 もし、生まれる場所を選べるなら、今度は過度な期待をされない楽なところに生まれたい。


  *


 枕カバーを半分に折り、頭にバンダナか三角巾のように布を巻いて髪を隠したセレンは、もうすぐ市場の入り口が見えるという場所で、高台の方を振り返った。

 台地にそびえる二階建てで石造りの立派な洋館が、片手幅ほどの大きさに見える。


「よし。ここまで来れば、誰も追って来ないだろう」


 ホッと胸を撫で下ろしたセレンは、周囲を歩く通行人をそれとなく観察してから、スッと物陰に入り、懐からステッキを取り出し、杖先を自分へ向けて呪文を唱える。


≪ヘーレンモーデ≫


 すると、貴族らしいシルクや毛織物で出来たフォーマルな装いが姿を消し、代わりに、木綿で出来た質素でカジュアルな服に変わっていく。


「こんなものだな。少し肌寒いけど、動いてるうちに、ちょうど良くなるだろう」


 早着替えが終わったセレンは、全身を検めるやいなや、いたずらっぽく瞳を輝かせ、どこかワクワクとしながら、市場へと鼻歌まじりにスキップしていった。

 

  *


 一方、その頃のホテルは、というと。


「なるほど。シーツをロープの代わりにして、バルコニーから芝生へと下りたわけですね。坊ちゃまも賢くていらっしゃる」

「感心してる場合ではないですよ、クロム」


 手入れの行き届いた庭をバルコニーから見下ろしつつ、クロムとタングステンが話し合っている。クロムは面白がっている様子だが、タングステンは頭を抱えているようだ。


「それで、どうしましょうか? お茶とお菓子の用意でもすべきかしら」

「のんきに帰りを待ってる場合ではありませんよ。すぐに探しに行かなければ」

「あら、大変。それじゃあ、お巡りさんにお伝えしなくちゃ」


 メイドが寝室へ戻ろうとしたところで、執事が行く手に立ち塞がりながら、あきれたように言う。


「いいかね。そのへんの子供が迷子になったのとは、わけが違うのですぞ。一国の王子が、好奇心からホテルを脱走したなんてことが公になれば、王家の恥どころか、我が国全体の恥ではありませんか。ここは警備隊の手を借りず、隠密に行方を探って見つけ出すのです」

「でも、どうやって探すおつもりなんですか? 坊ちゃまの指輪なら、ご丁寧に置いて行かれたようですよ。――ほら、この通り」


 メイドがシーツを手繰り寄せると、その端には、赤い半透明の宝石があしらわれた指輪が結び付けられていた。


「やれやれ。どうやら殿下は、どこまでも捜索を難航させるおつもりらしい」


 執事は、シーツの結び目を解いて指輪を外すと、それを懐から出した紙に包んで懐にしまい、バルコニーから見える街並みを観察しはじめる。


「困りましたねぇ」

「君が言うと、ちっとも困ったように聞こえぬのだがね。……さて。探しに行くとしよう」

「坊ちゃまの姿でも見えましたか?」

「老眼であるのに、見えるはずなかろう。しかし、ここから眺めていた殿下の気持ちを考えれば、行きそうな場所の見当が付きましたよ。帝王学のレッスンまでには戻ります」

「行ってらっしゃいませ」


 執事が足早にバルコニーをあとにすると、メイドは執事に一礼した頭を上げ、ふと、眼下に広がる風景を眺めてから、寝室へ戻ってフランス窓を閉めた。

タングステン【W】:執事。王子のわがままに手を焼いている。

クロム【Cr】:メイド。王子に振り回される執事を面白がっている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ