003「せっかちな姉とぐうたらな弟」【Te002】
毎朝、毎晩、同じことの繰り返し。
それでも、いつもと同じ味を求めてやってくるお客さんがいる限り、簡単に休むわけには行かない。
*
調理台に向かい、手やエプロンを小麦粉に塗れさせながら、テルルは、昨夜のうちに仕込んで発酵が終わった生地をスケッパーで分割しては、叩いてガス抜きして丸めていく。
ベーキングトレーの上には、丸餅のようなパン生地が行儀よく並べられている。近くにある焼き窯には火が入れられており、レンガのアーチの奥を覗き込めば、赤々と燃え盛る炎が見てとれる。
「よし。あとは、窯に入れて焼くだけっと」
ウキウキと足取りも軽やかに、テルルは、窯の横に立て掛けてあったピール、すなわちボートのオールのような形の木の棒を手に取り、先にある平たい部分にパン生地を載せていく。
半分ほど並べ終えると、棒状の持ち手部分を両手でしっかり握り、生地を慎重に焼き窯に入れていく。
「さて。今度は、お昼から出すパンを、――あれ?」
ピールを元通り立て掛け、少女は棚からゼットと書かれたシュガーポットを手に取り、蓋を開けた。すると、中にはほとんど砂糖が入っておらず、底が丸見えであった。
少女は、ポットに蓋をして棚に戻すと、焼き窯をチラッと見てから部屋を出て、大声で名前を連呼しながら二階へと向かう。
「アルゴン、アルゴン!」
「なぁに、お姉ちゃん?」
廊下に出て階段を上り始めたところで、ドアを開けてアルゴンが姿を現す。
それを見たテルルは階段を下り、ズボンをウエストへと引き上げながら現れたアルゴンに対し、エプロンを外しながら言う。
「お姉ちゃん、ちょっとひとっ走りして、砂糖とオレンジを買ってくるから」
「ふ~ん。行ってらっしゃい」
そう言ってアルゴンが階段を上がろうすると、テルルは両手を広げて行く手を阻み、用件を伝える。
「で、あんたには、焼き窯の番をしてほしいの。今、生地を半分だけ窯に入れてあるから、火が消えないように見てて。それから、焼き上がったらバスケットに入れて、もう半分の生地も窯に入れるの。出来るでしょう?」
「うへぇ~。めんどくさいなぁ」
「何を言ってるの。簡単なことじゃない。まぁ、そこまで遅くならないだろうけど、二回とも焼き上がったら、バスケットをお店の棚に置いて、店番しててちょうだい。良いわね?」
「は~い」
口をへの字に曲げながら、不承不承、アルゴンが厨房に向かおうとすると、テルルはその腕を取って引き止め、注意する。
「あんた、今、お手洗いに行ってきたところでしょう? ちゃんと手を洗ってからにしなさい。はい、エプロン。サボるんじゃないわよ?」
「わかってるって、しつこいなぁ」
「ここまで言わないと手伝わないからよ。お姉ちゃんだって、言いたくて言ってるんじゃないの」
「はいはい」
「はい、は一回」
「は~い」
テルルがアルゴンの首にエプロンの紐を通し、ウエストの紐を背中で蝶結びにすると、念押しする姉にウンザリした様子のアルゴンがもたもたと洗面所に向かうのを確かめつつ、玄関へと向かった。
アルゴン【Ar】:テルルの弟。八歳。遊びたい盛りで、よく店番をサボっている。