018「パートナー探し」【W002】
そういえば、この街の地名を言い忘れてましたね。火山灰で出来た台地とその扇状地で形成されたこの土地は、灰かぶりの街という意味で「シンデレラタウン」といいます。
セレン殿下の出逢いの地としては、お誂え向きの名ですな。
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話は、さきほどより少しさかのぼる。まだ、クロムが馬車で迎えに行くより前の段階でのこと。
「そんな風に複雑に捉えるなよ。いたってシンプルな要求じゃないか。なんで駄目なのさ?」
「殿下。さすがに、それはワガママが過ぎるというものですぞ。せめて、この中からお選びください」
タングステンが、机の上に山と積まれた手紙を指差すと、セレンは、あからさまに嫌悪感をあらわにして答える。
「イヤだね。テルル以外とは、他の誰であっても踊りたくない」
「おやおや。殿下の強情にも、困ったものですな」
書き物机に向かうセレンと、そのそばに立つタングステンが、互いに一歩も譲らずに主張を戦わせていると、ノックとともにクロムが部屋に入る。
「失礼します。招待状は書けましたか?」
「まだだよ、クロム。テルルに宛てて書こうとすると、タングステンが止めるんだ」
「当然でしょう。相手は庶民の娘ですぞ?」
「あら、良いじゃありませんか。パン作りで鍛えた腕や脚が隠れるデザインのドレスなら、きっと似合うと思いますよ。なかなかチャーミングなお顔をしてますもの」
「そうだよな。――ほら。クロムだって賛成してる」
「しかし、彼女はパン屋を支える必要も、弟の面倒をみる必要もあるでしょう」
「弟さんのお世話なら、わたしがします。お店だって、この前みたいに、一日くらいはどうにかなるでしょう」
「そうそう。そういうわけだから、僕はテルルを招待する。良いね?」
「やれやれ。そこまで頑なにこだわるのでしたら、もう私からは何も言いますまい」
こうして、テルルはセレンに招待されたのである。
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話を、ダンスのあとに進める。
女神の水瓶から、キラキラと水しぶきが上がっている噴水。そのほとりにある瀟洒な意匠が施されたベンチで、ドレス姿のテルルと正装のセレンが歓談している。
「何度も動きが止まってしまって、申し訳なかったわ。あんな優雅なダンスなんて、一度も踊ったこと無いものだから」
「そんなことないさ。初めてにしては、よく踊れた方だよ。僕の方こそ、もっとスマートにリード出来たら良かったんだけど」
「とんでもない。あたしのギコチナイ動きを、あそこまでカバーできる人はいないわ」
「そうかな? ――あーあ、帰りたくないな。ずっとこのまま、テルルと一緒に居たいよ」
「あらあら、困った王子さまね」
「だってさ。毎日毎日、やれ魔術の勉強だ、謁見だ、署名だって、朝から晩まで公務が続くんだもの。誰だって嫌になるよ」
「大変ね。でも、いざというときに頼りにならないと、ちょっと……」
語尾を濁しつつ、それとなく、かの一件で呪文を間違えたことを匂わせて責めると、雰囲気を察したセレンは、苦々しい表情をして約束する。
「そうだな。大事な人を護れないようでは、王子である前に、男子として自覚が足りないかもしれないな。……よし。今度テルルに会うまでに、もっと頼れる人間になるよ」
「フフッ。期待してるわ」
先にセレンが立ち上がり、テルルに左手を差し出すと、テルルはその手を左手で握る。セレンは、その手を握り返して腕を引いてテルルを立たせると、その手を右手に持ち替え、屋敷の方へと歩き出す。テルルは、セレンに手を引かれるまま、並んで歩き出す。
二人の顔がほのかに紅潮してるのは、夕陽が照らしているばかりではないだろう。




