017「平行線の接点」【Cr001】
おとぎ話なら、こうしてお姫さまは、王子さまと末永く幸せに暮らしましたとさ、とでもまとめるところでしょうね。
でも、二人の物語は、まだまだ、これからが長いのです。
*
「セレン坊ちゃまから、コチラをテルル様にお渡しするようにと言付かってまいりました。お読みくださいませ」
「あぁ、どうも」
頭の上に疑問符を浮かべつつ、テルルはクロムから封筒を受け取り、封蝋が施された手紙を開け、鮮やかにレタリングされた文面に目を通す。アルゴンは、好奇心の赴くまま、その手紙を覗き込むようにしてテルルに尋ねる。
「なになに? なんて書いてるの、お姉ちゃん」
「本日、下記の会場にて社交パーティーを行います。つきましては、テルル様にもご臨席たまわりたく存じます。詳しくは、車中でクロムより説明があります。――なんですか、これは?」
「書いてある通りですよ。招待状です」
「ショータイジョー?」
「ぜひ来てくださいっていう手紙のことよ。――せっかくですけど、お店を空けられませんし、第一、着て行くドレスだって……」
「来てくれって言ってるんだから、行こうよ。おいらも行きたい!」
「馬鹿ね、あんたは。こんな継ぎのあたった服で行ったら、笑われるだけよ」
「えー、もったいない!」
断ろうとするテルルに、アルゴンは不満の声を上げる。すると、その様子を微笑ましく見ていたクロムは、メイド服のエプロンにあるポケットからステッキを取り出し、まずはテルル、次いでアルゴンの順で、二人に魔法をかける。
≪アーベントクライト≫
≪スモーキング≫
クロムが杖先を二人へ向けて振ると、二人が着ている木綿で出来た質素な装いが姿を消し、代わってテルルにはイブニングドレスが、アルゴンにはタキシードが現れる。
「さぁ。これで準備は万端ですよ」
「わぁ、すごい! こんなカッコいい服、初めてだ」
「でも……」
なおもテルルが渋っていると、二人の後ろから女が杖を突きつつ現れ、テルルに声を掛ける。
「話は聞こえてたわよ。お母さんやお店のことは気にしないで、二人で行っておいで」
「だけど……」
「いいから、お行きなさい。こんなチャンス、一生に一度あるかないかじゃないか。逃すのは惜しいよ」
「……はい。それじゃあ、行ってきます」
「やったー!」
「では、こちらへどうぞ」
クロムが先導すると、馬車の前で待機していた馭者が馬車のドアを開ける。三人は、馭者に軽く会釈をして乗り込む。
馭者は、三人が乗ったことを確認すると、すぐにドアを閉め、ヒョイと軽快に馭者台に上がり、白馬に鞭を打って走らせる。
みるみるうちに小さくなる馬車の影を、女はしばらく見つめていたが、やがて野次馬が散り散りにパン屋の周囲から離れるのと同時に、店の中へと戻っていった。その表情は、どこか充足感に満ち溢れていた。




