014「ピンチにはチャンスを」【Te006】
そのときは、いったい自分の周囲で何が起きたか、まったく分からなかった。
それでも、とにかく助かったのだということだけは、なんとか理解できた。
*
「まったく。だから、いつも言っているではありませんか。キチンと学を修めないと、いざというときに困ると」
「うるさいな。こんなときまで小言で責めないでくれ」
轟音でスッカリ目が覚めたセレンが、タングステンの手と肩を借りながら立ち上がる。
そのあいだに、女は男の姿を探し、瓦礫の下にある隙間に閉じ込められていることに気付くと、腕を引いて助け出そうとする。
「世話の焼ける子分だね」
「へぇ。面目ないっす」
男が瓦礫の隙間から這い出たときには、すでにタングステンとセレンはテルルに近寄り、セレンは団子になった結び目を解き始めていた。
「怪我は無いか? どこか、痺れたり痛んだりしてない?」
「ちょっと腕が怠いけど、これくらい問題無いわ。ありがとう」
ギリッと奥歯を軋ませ、女が口惜しそうに三人を睨むと、ステッキの杖先をテルルに向けて詠唱する。
≪クリスタリザツィオーン≫
≪アネステジー≫
よく舌を噛まないものだと感心する早口で、タングステンが女より先に詠唱すると、女は一時停止ボタンを押した映像のように、その場でピタッと動きを止めてしまい、そのまま背後に倒れる。
それを目の当たりにしたテルルが、拘束が解けたことで自由になった両手で口を押さえ、ヒャッと小さく悲鳴を上げるが、セレンは耳元で優しく諭すように説明する。
「大丈夫だよ、テルル。あの魔法は、しばらく気絶させるだけだから。じきに起きるさ」
「えっ、そうなの? それなら、まぁ、良いんだけど……」
床に頭を打ち付けそうになった女を、男が咄嗟に腕に抱えて支える。心配そうに眉をハの字に下げる男に向かって、タングステンは、たたみかけるように警告を発する。
「その彼女と同じ目に遭いたくなかったら、引きずるなり背負うなりして我々の前から姿を消したまえ」
「クッ。覚えてやがれ!」
悔し紛れに小物らしいセリフを吐き捨てると、男は女を背中に負い、ヨタヨタとその場をあとにした。
二人の姿が見えなくなったところで、タングステンはステッキを懐にしまい、代わりにチェーンを引き出しつつ、ベストから時計を取り出す。
「そろそろ来るでしょう。五、四、三、二、一」
秒針を見ながら呟いたのが合図だったかのように、針が十二になったタイミングで、三人のもとへクロムとアルゴンが駆けつけてきた。




