011「食糧と娯楽」【Ar001】
パンとサーカスってことわざがある。
小難しい理屈は抜きしにして言えば、人間、食べる物だけじゃ、もの足りないってこと。
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テルルより二つか三つほど年若の少年が、ナプキンが敷いてある上にパンを置いたカゴが並ぶパン屋の店内で、大人が座る高さの木の丸イスに腰掛け、両手を股の間に入れて座面の角を持ちつつ、両足をプラプラと前後に揺らしている。
もちろん、この少年はアルゴンで、その表情は退屈そうに口を尖らせている。
「どこまで買い物に行ったんだか。お昼を過ぎても帰ってこないじゃないか。あ~、暇だ暇だっと」
アルゴンは、景気よくイスからタンッとジャンプして着地すると、その場でコリをほぐすように、腕を回したり屈伸したりする。
すると、そこへ朝にロッキングチェアに座っていた女が、壁や棚板に手をついて体重を預けつつ、一歩また一歩と慎重に足を運んでアルゴンに近付き、声を掛ける。
「おや、アルゴン。テルルは、どこだい?」
「知るもんか。オレンジと砂糖を探して、果樹園や甜菜畑にでも行ってるんじゃないの?」
「あらあら、ずいぶん遠くまで出かけたものね」
テルルとアルゴンの母である女が、のんきにオホホと笑っていると、アルゴンは慣れた様子で女の手をとり、さきほどまで自分が座っていたイスに着席させつつ、ぶっきらぼうに言う。
「それより、お母ちゃん。起き出して大丈夫なのかよ。医者に、アンセーにしとけって言われたんだろう?」
「これくらい平気よ。いくら足が悪いからって、四六時中イスに座ってたら、お尻が痛くてたまられないわ。」
「無理してるんでなきゃ、良いんだけどさ」
アルゴンが照れくさそうに小声でボソッと呟くと、女は聞こえなかったフリをして話を変える。
「まぁ、朝ほどお客さんは来ないだろうし、店番は、お母さんに任せて、あんたは遊んでらっしゃい」
「えっ、良いの?」
意外な申し出に、アルゴンがワクワクと期待に胸を弾ませる様子で問い返すと、女はモチロンだとばかりに大きく頷きながら肯定する。
「えぇ、良いわよ。そのうちテルルも帰って来るでしょうから、男の子らしく、外で元気に走り回ってきなさい」
「やった~。それじゃあ、ちょっくら出掛けてくるね」
言うが早いか、アルゴンはパタパタと駆け、カウベルを鳴らしてドアを開けて家を出ると、そのまま飛ぶように街へと走っていった。
キラキラと瞳を輝かせて出掛けて行ったアルゴンの後ろ姿を、女は座ったまま、微笑ましげに目を細めて見送った。




