001「パン屋の朝は早い」【Te001】
継母にいじめられてた少女だって、元は貴族の生まれだ。根っからの庶民の前に、素敵な王子さまは現れない。
そういうものだと、思ってたんだけど。
*
コケコッコー、クックドゥードゥドゥ―、あるいはキッケルキー。
ともかく、ニワトリが鳴くような早朝のこと。
「起きなさい、アルゴン。もう朝よ」
「むぅ。まだ夜じゃないか、お姉ちゃん」
質素な造りの家の、それなりに小ざっぱりと片付けられた部屋で、十歳そこそこの少女が、ベッドで眠る二つ三つ年下の少年を起こしている。
カーテンが開けられた窓からは、夜明けの薄明かりが少女の足元へと差し込んでいる。
「あたしが朝って言ったら、朝なの。起きなさいよ、このネボスケ!」
「さむっ!」
少女が窓を開けると、早春の冷ややかな風が一筋、部屋へと吹き込んだ。
少年は、たまらずに頭まで毛布に包まろうとするが、すかさず少女が毛布の端を掴んで阻止する。そして、そのまま少女が毛布を巻き取るように奪うと、少年は観念したように、眠い目をこすりながら起き上がる。
「おはよう、お姉ちゃん」
「はい、おはよう。それじゃあ、お姉ちゃんは朝ごはんを作ってくるから、着替えて顔を洗って、さっさと下りてくるのよ」
「はいはい」
「はい、は一回」
「は~い」
少年が、のたのたとパジャマを脱ぎ始めると、少女は廊下へ出て、そのまま階段を下りて行く。
*
「いつも、すまないね。お母さんが、足が悪いばっかりに」
「いいのよ、気にしなくて。親を手伝うのは、子供として当たり前だもの」
同じ家の一階。火の入れられていない暖炉の近くで、アラフォーとおぼしき女が、ロッキングチェアに座っている。
少女は、その女のそばで、チェアのわきにあるテーブルに置かれた衣類を近くの棚の上に押しのけ、空けたスペースに木の器に入れたスープとスプーンを置く。
よけた衣類の中には、つくろった靴下やあて布をしたズボンが混ざっており、近くには裁縫用具もある。
「お母さん、また夜に縫物をしたわね?」
少女が咎めるような口調で言うと、女は申し訳なさそうに眉を下げながら言う。
「ごめんよ、テルル。どうも、足を悪くしてから、痛みで寝付きが悪くてね。じっとしてるより気がまぎれるし、少しでも親として役に立ちたいし」
「気持ちは嬉しいわ。でも、だからって、ちゃんと休まなかったら、治るものも治らないわよ。なるべく安静にするようにって、お医者さんにも言われてたじゃない」
「お姉ちゃん、着替えてきたよ」
そう言って、少年が二人のいる部屋に入ろうとしたところで、少女は、棚の上に置いた衣類をまとめて抱え、少年の背中を押して方向転換させて部屋をあとにした。
テルル【Te】:パン屋の少女。十一歳。足の悪い母親に代わって店を仕切っている。しっかり者で頭の回転が速く、記憶力が良い。