もういやだ
それからも、私を囲む状況は変わらず。いや、どんどん悪化した。
私が海野奏の偽者という認識が広まり、皆から遠巻きにされるようになった。近所の人もひそひそ話。時には面と向かってあそこの家族をどこやった? と聞いてくる者まで。そんなの、私が聞きたい。
家族のことは、警察に捜索願を出した。けれど、顔見知りだったはずのお巡りさんは、私を偽者と怪しみ、家族四人を捜索対象とし、家宅捜索までされた。結局、家に監禁された人間も庭に死体もないことを確認して帰っていったが、家はぼろぼろに荒らされた。
けれど大事にした甲斐あって、私は海野奏本人と認められた。私の家にある指紋は、ほとんど4種類しかなかった。そして、小学校のランドセルや机、私の部屋の私の物からは、私の指紋が一番多くついていたのが決め手となり、元々私のことを知らなかった警官達が、印象が変わって他人のように見えただけだろう、と結論付けてくれたのだ。
科学的にも私は私だと証明されたのだ。これで、少しは皆の態度も変わってくれるのではないか。そんな淡い期待が打ち砕かれるのはすぐだった。
私はご近所で『いつの間にか元いた家族の代わりに現れた女の子』から『家族を喰らい、女の子になりすました妖怪』ということになってしまっていた。
辛い。誰もが私を嫌な目で見る。何もしていないのに、すれ違うだけで避けられる。店に行けば店員がついてくる。物を手に取るだけで、ピクリと動く。お財布を確かめようと鞄に手を入れようものなら、血相変えて腕をつかまれる始末。私が何をしたの。盗んでなんかいないし、盗んだこともない。それなのに、なぜ疑われた私の方が悪者なの。
唯一、私を普通に扱おうとしてくれる人がいた。戸籍もきちんとある。本物がどんな子だったかいえる人もいない。その状況で君を疑うのはおかしい、君は海野奏として自信を持っていいのだ、と。嬉しくて、思わず縋り付きそうになったところで気が付いた。
この眼……。最初の人生で中学生だった私に、宮大工にならせてあげると言って騙そうとしてきた詐欺師にそっくりだった。やさしそうに笑っていながら人を物のように見る眼。
前世の私は、ちょうど傍にいた本物の宮大工さんに助けられ、こっぴどく叱られた。楽してなれるような仕事だとなめてかかるなら、お前には一生なれるもんじゃない、と頭を叩かれ、散々説教され、その後美味しいお蕎麦をご馳走された。家まで連れ帰って、目を白黒させる親に、ちゃんと躾けろと怒鳴って帰っていったあの人。後に師匠となったあの人の怒鳴り声を思い出し、必死に逃げた。
次の日、私は独りぼっちを哀れみ親切にしてくれた人を理不尽に切り捨てた極悪人になっていた……。
もういやだ。
「もういや、こんなの嫌だ! 『こいうた』じゃない! 『こいうた』じゃないよ、玉祖命様ー!!」
叫ぶと、私の意識はすぅっとどこかに引き寄せられた。