「奏」の噂
「え、奏ちゃん?」
「そう。どんな子だったかしらって」
慌てて物陰に隠れる。お行儀が悪いとは分かっていたが、自分がどう噂されているのか知りたかった。
「何言ってるの、こんだけ長い付き合いしときながら。あの子はねぇ、……あれ?」
「ね? なんでか思い出せないのよ。それだけでなく、響介くんも、奏弥さんや奥さんですら、思い出そうとすると曖昧で……」
「やだ、何これ。海野さんとはもう数十年来の付き合いなのに……」
「それでね」
「やだ、まだ何かあるの?」
「行ったの、海野さんちに。奥さんなら昼間、いるじゃない?」
「えぇそうね。そういえば最近見てないけど……」
「出なかったのよ、誰も。毎日行っているのに、いつも」
「え?」
「なんでも、海野さんち、奏ちゃん以外帰ってないみたいなの」
「え? 一人だけ?」
「そう。夜分行っても、奏ちゃんだけ。まだ誰も帰ってませんって言うの」
「何それ、夜逃げ? 奏ちゃん置いて?」
「それが……。私、その奏ちゃんに見覚えがないのよね」
「は!? 何言ってるの? やめてよそういうの」
「だから聞いたのよ。奏ちゃんがどんな子だったかって。奏ちゃんがどんな子だったのか、はっきりとは言えないんだけど、何故かあの子が奏ちゃんだとは思えないのよ」
「それって……」
もう、それ以上は聞いていられなかった。私は走って家に帰った。
確かに私は中学まで過ごしていた「奏」とは違う。けれど、海野奏のはずなのだ。それなのに、どうして皆違うと言うの。何故、私の家族はいないの。
何も考えたくなくて、布団を被って寝た。
あ、どうでもいいですが、奏と響介の母親の名前は響希です。奏の名前は父親、響介の名前は母親からとったんですねー。本当にどうでもいいですが。




