私の望んだ世界?
『ここ、は……』
目を覚ますと、見覚えのある景色が飛び込んでくる。ここは夢にまで見た『こいうた』の世界だった。
やったぁ!
思わず握りこぶしでガッツポーズを……取れない。というか、辺りを見回すことすらできなかった。
『あ、あれ……? 体、動かない?』
声を出すことも出来ずに戸惑っていると、何故だか急に扉が迫ってきた。
いや違う、反対だ。体が扉に向かって動いている。動こうとしてもいないのに。
え、やだなにこれ。私まだ、自分がヒロインかどうかも見れてないんだけど? 何事?
私の焦りをよそに、勝手に動く体。やがて現れるゲームで見た道のり。
そして、すっかりパニック状態(但し、体は自動で登校中)の私の耳にどこからともなく声が響く。
――私、海野奏。今日からここ、シンフォニー高校の一年生。ここでどんな物語を奏でられるのか、楽しみなんだ!――
え。これ、『こいうた』のオープニングテロップ!?
ちょ、ちょっとこれ、どういうことー!?
--------
私が転生して、数ヶ月の月日が流れた。多分。
どうやら、この世界は本当に乙女ゲームらしく、ヒロインである私は、自分で動けない。勝手に動くし、頭の中に勝手なナレーションは流れる。世界の進む速さは一定でなく、時々止まる。主に放課後辺りに。
毎回授業が終わると皆がピタッと止まり、呼吸さえもせずに留まっている様子は結構シュールだが、人間慣れれば慣れるものだ。今では『あぁ、今日は予定決めてるのね。停止時間短かったし』と思えるくらいには余裕が出てきている。
そして、イベントを発生させては、目の前に浮かぶ選択肢が選ばれるのを待つのだ。
どうも、私を動かしているプレイヤーは、あまり事前知識はないらしい。会いに行く頻度を考えると、副会長狙いに見えるんだけど、致命的なミスが一つ。
副会長エンドを達成するには、初期段階で絶対にこなさなければならないイベントがある。それがないと、どれだけ好感度を上げようと、どれだけサブイベントを含めたイベントをクリアしようと、告白イベントが起こらないのである。
途中、これどう見ても付き合ってるでしょ、というくらいイチャイチャするわ、付属大で交流イベントを多く採っているとはいえ、一足先に大学生となった副会長と会いまくっては隙あらば二人の世界展開するわ、果てはちょっと際どいシーンまであるというのに、最後の告白だけされないのである。
現実なら、告白はしてなくても付き合ってないとかいったら詐欺だと訴えていいレベルなんだけど、このゲームでは卒業前の告白がないと付き合わないという鬼畜仕様なのだ。
この子は、その必須イベントをやっていない。もうそれを達成できる時期は過ぎているので、副会長攻略は絶望しかない。
『このままだと、女の友情エンドなんですけどー!?』
女の友情エンド。つまりバッドエンドである。今まで男一直線だったヒロインが、急に卒業式になって、え、いたの? というような女友達と涙ながらに卒業を祝うという……。
せめて、各種イベントの中で出てくるとか、何かあればわかる。けれど、本当に全然出てこないのだ。せいぜい、文化祭のスチルで、モブの中にそれっぽいのがいるような、別人のような……、という状態。修学旅行で私を呼ぶ声(テキスト一行)が、その子なんじゃないかと噂されたくらい、本当に出番がない。
ゲームが現実になった今、ようやくちらっと視界に映るようになった程度の子と涙を流すヒロインの虚しさを察していただきたい。
それに、もう一つ問題がある。副会長ルートは、いじめが酷いのだ。他はせいぜい陰口や校舎裏呼び出し程度。勿論、危害が加わる前に攻略者が来て庇ってくれるし、図書室閉じ込めなんて、偶然居合わせた攻略者と二人っきりのチャンスタイムだったりするのに、副会長ルートだけは、過激派がいる。
ある時は髪を切られる ――後ろをひと房だけだし、その後、副会長が髪を整えてくれるというご褒美があるが―― し、何といっても階段落ちがある。これは、後ろから突き落とされて、全身打ち付け、足を捻挫するという恐怖のイベントだ。
その分、第一発見者である副会長との甘々っぷりも際立ちはするが、ヒロインの受ける感覚が現実となった今、痛いのは嫌だ。っていうか、ヒロインが全身打撲で苦しんでる最中に、付き合ってもいないのに甘い空気でいちゃつこうとする副会長、ドン引きだよ。『すみません、つい、君が可愛すぎて……』じゃないよ! 保健室は、傷を治すところです!! ラッキースケベもうっかり壁ドンもいりません! 余計なところ触らずさっさと手当してよ、ドジっ子か!
頼む、ヒロイン。今からでも間に合う。お願いだから攻略対象変更して!
私の必死の叫び虚しく、ヒロインはどんどん副会長とのイベントを進めていった。そして、遂に、放課後階段落ちへのフラグが立つ。必死に逃げようとした私だったけど、当然ながら動くわけもなく。あれよあれよと放課後になり、ヒロインは帰るためにバッグを持った。
「あ、海野さん。先生が日直は職員室に来いって呼んでたよ」
「え、ほんと? ありがとう、行ってみるね」
『いーくーなぁー!!』
いや本当に行かないで! 分かってるから! 待ち伏せあるの分かってるから! 先生はもう帰ってたらいいやって言ってたから! 行かなくても大丈夫だから!!
必死の訴えも無視し、職員室へ行くヒロイン。ちょっとした用事をこなし、すっかり遅くなった廊下を急ぐ。そして、遂に見覚えのある階段が近付いてきた。後ろから、コツコツと足音が聞こえ……。
『いやぁー!! 助けて天之御中主神様! 来世もその次もずっと信仰するから、お願い! 一生のお願い! 天之御中主神様! 天之御中主神様!! ……玉祖命さまぁー!!」