最後のお願い
「それは無理だよ。君が必要ないと言った時点で、あの世界はお役御免だ。とっくに消滅したよ」
「え?」
頭が真っ白になった。消滅した、って……?
「世界をそんなに増やすのはよくないからね。要らない世界はこまめに消してしまうのがお約束なんだよ」
そ、それじゃあ、私の希望通りに進まなかった多くの世界は……。
「うまくいかなかった時点で作り直し。前の世界は消えてるよ。だけど、世界ごとやり直したのは少ないかな。大体は文明を全部流して同じような文化が生まれるのを待ったから」
文明を流す……。大洪水みたいに?
「うん、そうだね。そんなイメージでいいかな。最初からそういう予定だったのだから、君が気にする必要はない」
その慈愛に満ちた笑顔。目の前にいる優しい存在は、神様なのだ。人間とは違う存在なのだと、ようやく実感できたのだった。
ぶるりと体を震わせる私に、玉祖命様は少し困ったように笑う。
「こういう世界に生まれるのは、人間でいえば更生中の罪人なんだ。痛みも苦しみもなく罪を流すことが出来るから、彼らにとっては救いでもあるんだから、そんなに怖がらないで」
「……はい」
「生命を軽んじる私のこと、嫌いになった?」
ふるふると首を振る。
「そんなことありません! 頼んだのは私なのに、嫌う訳ありません!」
勢い込んで言う私に、嬉しそうに笑う。
「なら、私といてくれる?」
玉祖命様が私に手を差し伸べる。けれど私はその手を取れなかった。
「すみません、玉祖命様。私、普通に転生します。私は人間なんです。天之御中主神様を信仰しながら、玉祖命様のことを好きになっちゃった人間。神子にはなれません」
「……それだと、ここの事も忘れてしまうよ? 記憶だけは持って生まれ変わらせてあげようか」
「いえ。普通に転生したいです」
「天之御中主神を信仰していたことすら心に留めていられないかもしれない」
「多分、平気です。私の魂は頑固なので、忘れたくらいで信仰は変わらないと思いますから」
にっこり笑う私に玉祖命様は、分かったよ、と頭を撫でてくださった。
「それじゃあ、さよなら、だね」
淋しそうな笑顔にずきんと胸が痛む。
私は、ここまで私のために力を尽くし、共にありたいと願ってくれた相手の手を振り払って去っていくのだ。
だけど、私はどうしても転生したかった。
だって私は天之御中主神様への信仰が手放せない。
玉祖命様といたい気持ち確かにある。玉祖命様は私を気に入り、助けてくれた。神子になれば大事にしてくれるだろうし、私も幸せだと思うのだ。
今ここで玉祖命様と共にいる道を選びたい自分も存在している。目の前にいる存在こそが、自分を導き救ってくれる存在だと感じているのに、何故か天之御中主神様への信仰が消えないのだ。
天之御中主神様が自分の神だという確信と、目の前の手を取ることが自分の取るべき道だという矛盾した感覚が私を満たしている。
だから、私は知りたい。全てをまっさらに戻した状態で、私の魂が求める神はどちらなのか。
天之御中主神様は、何度信仰しようとも私に興味ないままだろうし、玉祖命様だって自分の手を振りほどいた人間なんてもう嫌になってしまうだろう。
分かってる。今を逃したら、神の寵愛なんて未来永劫得られる可能性は限りなくないことは十分に分かっているのだ。
それでも、私は知りたかった。二神に預けることの出来ない自分の心の向き先を。果て無き片想いであろうとも、自分の心を見つめ、心の底から信仰する決意を胸に、私は未来へと旅立った。