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第四話 西行寺娘




「どうしたら良いんでしょうか?」




 草臥れた洋館の一室。穴だらけのソファに座って、膝を向け合う少年と幽霊。

 幽霊を目視できると言う特殊過ぎる少年に向かって、素性を明かした少女が口にしたのはそんな言葉であった。


(西行寺玲菜さん。ずっと昔に、この屋敷に住んでた幽霊、か)


 白い髪に白い肌。可愛らしく首を傾げる幽霊の内面は、その発する冷気とは何処までも異なっている。

 良く言えば純粋無垢。お日様の様にコロコロと笑う少女。悪く言えば、考えなしの天然娘。そんな彼女は現在進行形で悩みを抱えていた。


 だが誰にも見えず、声も届かない。力を籠めれば物に触れるし、音も起こせるがそれが限界。

 故に一人でやるしかないと、そう意気込んでいた幽霊少女。そんな彼女は話が出来る少年を見付けた事で、喜びの表情を浮かべて助言を求めていたのだ。


「その、玲菜、さんは、不法侵入者を如何にかしたいんだよ、ね?」


「はい~。そのとおりです~。あと、呼び捨てで良いですよ~」


「あ、うん。玲、菜……ちゃん?」


「もう一声、ですかね~。呼びやすい言い方で大丈夫ですけど~」


 ほわほわと笑う少女は、まるで生きているかの如く。

 そんな玲菜をちゃん付けで呼んで、少し恥ずかしくなった響希は咳払い一つでそれを誤魔化した。


「ん。話、戻すね。……玲菜ちゃんは、静かに暮らしたい訳だ」


「人気がないからって、勝手に入られては困ります~。それに、唯入って来るだけなら兎も角、ベッドを勝手に使って汚す人達も居たんで~」


「……だから、脅かして追い出してた、んだったよね」


「はい~。そのお陰で~、一時期は静かに暮らせてたんですけど~」


 西行寺玲菜は、気付いた頃にはこの屋敷で幽霊として暮らしていた。

 誰の目にも付かない彼女は誰かに気付かれる事もなく、誰も居ないと思い込んだ不法侵入者達が我が物顔でこの廃墟を利用していた。


 生前の記憶が薄れていても、彼女にとっては大切な家。

 一時の雨宿りならば兎も角、ホームレスの仮宿やカップルの休憩用に使われるなどは流石に我慢が出来なかったのだ。


 そうして我慢の限界を迎えたこの少女は、ポルターガイストを起こして彼らを追い払った。

 最初はそれだけで十分だったのだ。脅かし追い出せば近付かない。そうして平穏な生活(?)を送る事が出来ていた。


 だが――


「どうしてですかね? 気付いたら、以前よりも入ってくる人が増えちゃいました~」


 気付けば数が増えていた。どうしてか追い払う前よりも、侵入者が増えたのだ。

 彼女自身意味が分からない事なのだが、追い払えば追い払う程に数が増える。本気を出せば出す程に、どうしてか不法侵入者は止まらないのだ。


 そんな現状に小首を傾げる幽霊に、答えが分かった響希は言い辛そうに口にした。


「……何でもさ、此処、幽霊屋敷って事で有名みたいだよ。僕、良く知らないけど」


「はぁ」


「詰まりさ。脅かすのが、効き過ぎたんだと思う。怖い物見たさみたいな感じで、余計に話題になっちゃった……んじゃないのかな?」


「なるほどな~」


 玲菜は頑張り過ぎたのだ。その騒霊現象が噂になってしまう程に、彼女は働き過ぎたのである。

 故にホームレスやバカップルは姿を消したが、今度はオカルトマニアや怖い物見たさの学生などが増えてしまった。それが現状の真実である。


 響希の語りに納得して、頻りに頷く幽霊少女。そして生じた疑問に小首を傾げた彼女は、響希に再び問い掛ける。

 原因は分かった。理由は確かに納得した。ならばどうすれば改善出来るのか。それを知りたいのだと言う彼女の問い掛けに、しかし響希も首を傾げた。


「それで、どうすれば良いですか~? 響希さん」


「…………どうすれば、良いんだろう?」


「分からないんですか?」


「ゴメン。ちょっと浮かばない」


 元凶は幽霊少女の頑張りだ。だがこの脅かしがなくなれば、また廃墟を勝手に使う輩が現れかねない。

 だがだからと言ってこのまま続けても、余り良い結果にならない事は明白だ。


 どうにかしないといけない。だがどうすれば良いのか、そう簡単には浮かばなかった。


「はぁ~、漸く静かになると思ったんですけど」


「……ほんと、ゴメンね」


「響希さんの所為じゃないですよ。……ただ、残念なだけです」


 しょんぼりとする幽霊少女。その姿に同情を抱きながら、如何にか出来ないかと響希は頭を回す。


「あのさ、場所を移す事って、出来ないの?」


「場所、ですか~?」


「この建物から出れば、とかさ」


「……どうやれば、家から出れるですか~?」


「どうやればって、出れないの?」


「出れないです~。玄関から出ようとすると、何故か部屋のベッドに居るので~」


 前提条件から変えられないか、そんな響希の期待に答える言葉は不可能と言う解答。


「何ででしょうね~?」


「……所謂地縛霊って奴なのかな。この建物から出れないって」


「はぇ~。そんなのもあるんですね~」


 地縛霊。土地に縛られた幽霊である。

 何故に縛られているのか分からずとも、結果としてその現実が此処にある。


 西行寺玲菜はこの洋館からは離れられず、故に今の状況を改善するより他に術はないのだ。


「割と本気で、どうすれば良いのかな」


「そうですね~。どうしましょうか~? 困りましたね~」


「困りましたって、そんな他人事みたいに……けど、ホントにどうした物か――」


 何処かほんわかとしたままに、首を傾げている幽霊少女。

 彼女が異常な存在と分かっても、其処に悪意を欠片も感じない。


 だから力になりたくて、しかし響希には不足していた。

 どうした物かと首を捻って、しかし答えは出やしない。


 そうして、困り果てた響希の耳に――聞き慣れた友の声が届いた。


「話は聞かせて貰ったぁぁぁぁっ!! 詰まりは、そう――ライブだっ!!」


「前後の脈絡ぅぅぅぅっ!! って、何処から出て来てるのさ、キョウちゃん!?」


 天井板が一つ外れて、其処から首を出すのは彼の親友。

 何時の間に居たのかすら分からない神出鬼没な超人は、トウと叫んで飛び降りると一回転して着地した。


「ふっ、響希。まだまだ甘いな。俺の持つ百八つの勇者奥義を以ってすれば、出来ない事などあんまりない!」


「百八つもあるんですか~。凄いですね~。憧れちゃうな~」


「それ程でもない」


 体操選手並みに美しい着地姿勢を見せながら、答えになってない説明を口にする結城恭介。

 そんな彼を幽霊少女が素直な拍手で迎え入れ、何処か照れを見せながらも自由過ぎる友人は胸を張っていた。


「色々訳分かんないけど、そんなの今に始まった事じゃないし。……一応その結論に至った理由だけ聞かせてくれる?」


 一体何処に潜んでいたのか。一体何処から聞いていたのか。一体どうしてここに居るのか。

 色々疑問が生じているが恭介だから仕方がない。そう割り切って諦めた響希は、何処か呆れた表情で問い掛ける。


 無駄に元気に溢れる青春野郎は、ニヤリと笑ってカッコイイポーズと共に口にした。


「ふっ、任せておけ。望まれたのなら原稿用紙三百枚分くらいにして語ってやろう」


「長いから三行で」


 そのポーズの無駄な格好良さに、何故か手を叩いて感動している幽霊少女。

 絶対に疲れる結果になると感じた響希は、溜息交じりに簡単な説明を求めるのだった。


「……アレはあるうらびれた朝の事だった。数日に渡って食事にありつけなかったその日の俺は、本格的な空腹に負けそうになっていてな。時折幻覚が見える程に追い詰められていた。その教訓から人は水だけで生きるに非ずと学べた訳だが、まあそれはどうでも良い。幻覚の中で見たのは響希がフリフリの衣装で歌う姿でな。目の前に浮かぶその幻覚が空腹を忘れさせてくれた事実に、俺はふと疑問に思った訳だ」


「その導入必要っ!? 後どんな幻覚見てんのさっ!?」


「お腹が空くと大変ですよね~。私も死んでから御飯を食べれてないので、とっても良く分かります~」


「いや、そういう問題!? ってか幽霊って、お腹空かないよねっ!! もしかして空くのっ!?」


「あれれ~? 言われてみれば~お腹空いた事ないような~?」


 だが、意図的なボケと天然ボケが二つ揃って、話がスムーズに進む訳もない。

 思わず全力のツッコミを入れてしまう響希に対して、恭介は何時ものノリで笑い続ける。


「人はより注目してしまう事があれば、其れ以前の事など忘れてしまう。――そう、言い換えるならアレだ。喉元過ぎれば熱さを忘れるって奴だな!!」


「何か違う気がするけど。それで、キョウちゃんは如何しようって言うの?」


「幽霊屋敷に、もう人を近付けたくはない。……だから、ライブだ!!」


「過程! 一個か二個過程が飛んでるからっ!!」


「響希は全く、仕方がないな。一から説明しよう。アレはあるうらびれた――」


「ループしないでよっ!?」


「親子丼って奴ですね~。あれ? 中華丼でしたっけ~。もしかして、牛丼?」


「天丼だよっ!! ボケと天然ボケが揃って、面倒過ぎるっ!?」


「ナイスツッコミ! 来年のお笑いグランプリは貰ったな!」


「チャンピオンですね~。凄いな~。憧れちゃうな~」


「あー! もう! は、な、し、を、戻せぇぇぇぇっ!!」


 深刻なまでのツッコミ不足。デッドボールを続ける会話。

 疲れた顔で呼吸を荒げる響希を見て、揶揄うのはこれが限度かと恭介は一つ咳払いをして真面目な表情をする。


「まあ、結局何が言いたいのかと言えば、だ。人はより興味を惹かれる事があると、以前の記憶が古くなって擦れるって事だ」


 そうして語るのは、人の思考回路に関する話だ。


 人の噂は七十五日と言う様に、どんなに鮮烈な話題であっても時間があれば薄れてしまう。

 そして薄れた話題よりも鮮烈な出来事が巻き起これば、自然と霞んで忘れられてしまう物だ。


 故に恭介の狙いは其処だ。より大きな話題を生み出して、幽霊騒動を忘れさせようと言うのである。


「幽霊屋敷、なんて噂話が流行るのは、詰まりは他に娯楽がないから。――なら、より大きな話題で上書きしてやれば事態はある程度改善するだろう?」


「……色々突っ込み所があるけど、幽霊騒ぎ以前の不法侵入者はどうする気?」


「心配するな。その辺も考えている」


 ニヤリと笑って、その白い歯を光らせる好青年。

 その爽やかさに満ちた笑みをジト目で見ながら、仮に噂を払拭出来ても根本原因をどうするのかと響希は問う。


「この土地の有権者。多分年若いお嬢ちゃんが死んでる事を考えると、行政辺りに移っているか。そっちに話を持って行って、使用許可でも貰えば良い」


 そんな問い掛けに返る答えは、それこそ根本的な解決策。

 この洋館を廃墟同然の状況から、建て直してやろうと言う力技だ。


「権利を貰えば後は、手分けして手入れすれば十分だ。ある程度見れるレベルになれば、廃墟で乳繰り合う様な連中も入って来れんだろうさ」


「……そんなに上手く行く事? それに使用許可って、簡単に出そうにないんだけど」


「個人所有だったら話は楽だったんだけどな。まあ、それでもある程度は如何にかなる。そのくらいの伝手は持ってるさ」


 本当にそれが出来るのか、疑問を抱いた響希は問う。

 変わらぬ笑顔で答える恭介の姿に、彼なら確かにやれそうだと納得してしまった。


 そんな形で強引に理解させ、恭介は今度は幽霊少女に問い掛ける。

 洋館を一度直せたとして、管理者が居なければまた廃墟となる。故に彼が問う事は、自分達がその代わりになって良いかと言う内容だ。


「んで、手入れした洋館はまぁ、俺らの活動拠点に使わせて貰えば良い。それくらい良いよな。お嬢ちゃん」


「はい~。大丈夫です~。……けど驚きました~。私を見れる人が、一日に二人も現れるなんて~」


「いや、俺はぶっちゃけあんまり見えてねぇっ! 響希と長く一緒に居たからその影響で軽く見えるが、それこそ一対一なら全く見えんかったと思うぞ!!」


 霊視能力だけでなく、龍宮響希は霊媒能力も併せ持っている。

 故に長く彼と関わった人物ならば、彼を介して見えざる物を見る事も叶うのだ。


 だからこそ少女の言葉を聞けた恭介は、その許可を得ると一つ頷いて宣言した。


「まぁ、そんな訳でライブだ。響希。俺らのファーストライブ、開催決定だなっ!」


 これより行うファーストライブ。第一弾の目的は、派手に盛り上げる事での噂の払拭。幽霊少女の救済だ。


「……ファーストライブって、メンバーも曲も楽器も、まだ何にもないよね?」


「案ずるな。ギターとアンプの類は全部揃えた。メンバーや持ち歌は確かにないが、二人でやる分には既存の歌でも借りれば良いだろ。その辺はアマチュアらしく、な」


 不安がある。恭介が語る作戦に、響希は不安の情を抱えている。

 それも無理はないだろう。バンドをやろうと決めたのは昨日の夕方で、丸一日しか立っていない。不足する物だらけなのだから。


「既存の歌。僕、校歌かアニソンくらいしか歌えない」


「アニメソング。J-POPだな。それもアリだ。音楽に貴賤は存在しないんだからなっ!」


 曲のレパートリーがない。そう首を振る響希に恭介は力強く答える。

 どんな歌でも歌唱力と見せ方次第だ。その内一つに自信はあって、ならば出来ると彼は断じる。


「……それに、練習だって、あんまりしてないし、行き成りライブ。それも、幽霊話を吹き飛ばすなんて――出来ないよ」


 だが自信のない響希は、出来ないよと首を振る。

 誰かと話すだけでもハードルが高く、人前に立つなど無理難題。

 なのにこれから為すべき事に求められる結果とは、多くの人を魅せる程の話題性。


 出来る筈がない。そんな事は出来ないのだ。

 そう不安を抱いて俯いた響希に、恭介は苦笑と共に言葉を掛けた。


「かもな。だけどさ。やる理由はある。んで、やらねぇ理由がない。……違うか?」


「キョウちゃん」


 出来ないかも知れない。確かにやれないのかも知れない。

 それでも理由はあるのだ。此処に、この今に、響希の助けを必要とする人が居る。


「?」


 首を傾げる天然少女。今日初めて出会ったばかりの一人ぼっちの幽霊少女。

 己を頼って来た彼女に対して、響希は確かに応えたいと思っている。出来得るならば、その憂いを如何にかしたいと思っているのだ。


「……僕の歌で、出来るのかな」


「分からなくてもさ。やってみるだけの価値はあるだろ?」


 失敗しても、恥を掻くだけ。盛大に恥ずかしい思いをするだけで、何かを失う訳ではない。

 やらないと、彼女の憂いは晴らせない。やってみれば、もしかしたらその憂いを晴らせるのかも知れない。


 確実ではなくとも、絶対ではなくとも、それでも確かに出来る事はある。響希だからこそ、出来る事はあったのだ。


「そろそろ始めようぜ。俺達のファーストライブを。たった一人の幽霊娘。西行寺の娘の為にさっ!」


「キョウちゃん。……僕は」


 両手で肩を叩かれて、響希はたった一人の友を見る。

 その瞳は口にした言葉とは違って、何処までも自信に溢れている。彼は信じているのだ。響希の歌なら絶対に出来るのだと。


「…………うん。やるだけ、やってみる」


 だから、やれるだけやってみようと思った。

 それが不安に満ちた行動で、自信なんて全くなくても――最初の一歩を踏み出そうとは思えたのだ。


「そうさ。それで良いのさ」


 そんな少年の踏み出す意志に、恭介は確かに笑顔を浮かべる。

 そうともこの少年の素晴らしい所を知っている。それは歌の上手さや顔の綺麗さだけではなく、それより素晴らしいのはその心。

 彼は優しいのだ。心根が優しいからこそ、誰かの為に踏み出せる。だからきっと、この結果だって素晴らしい形に纏まるだろう。恭介はそう確信していた。


「――だが、しかし、そうなると一つだけ問題点が存在する」


「問題、ですか?」


「そう。この問題だけは解決しなくては、俺達は最初の一歩も進めない。それ程に、これはでっかい壁なんだ」


「キョウちゃんが、そんなに言う問題。それって、一体……」


 だがしかし、一つだけ問題がある。そう暗い表情を浮かべる結城恭介。

 自信家の彼がこんなにも恐れる問題とは一体何かと、響希と玲菜は疑問を抱く。


 そんな彼らに、迫真の表情と共に恭介は告げた。


「それは、即ち――バンド名、どうしよう!?」


「どうでも良いよっ!?」


 微妙に重要で、でも実質的にはどうでも良い。

 そんな妙な部分に拘る自由人に、響希は万感の思いと共に叫ぶのだった。






バンド名、どうしよう。SIOYAKIは本気で困っていた。

そんな訳で次話は、作者がバンド名を思い付いた後になります。


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