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第三話 幽霊屋敷




「ふぅ~。いい仕事しましたぁ~」




 響達が通う柊中学。其処から徒歩で三十分は歩いた場所にそれはある。

 白壁は苔生して、地面から生えた蔦に覆われている。広い庭は荒れ果てて、噴水には既に水気がない。門は金具が錆びてズレていて、出入りするにも苦労しよう。


 嘗ては風光明媚な洋館だったのだろう。美しい白亜の建物に違いない。

 一見してそう分かる程に優れた建物はしかし、管理者が居なくなって久しい今は唯の廃墟と変わらない。


 その建物を前にして、四人の少年少女は息を飲む。

 思っていたよりも風情がある。確かにこれは何か出そうだ、そう思わせる代物だった。


「これ、危ないんじゃないか……いや、オカルト云々じゃなくてさ」


 四人。響希と少女達とそれ以外。此処に加わったもう一人は、地味な印象を拭えぬ少年。

 明日香と優を案じて行動を共にしたのは、彼女達共通の幼馴染でもある佐山卓也と言う人物だ。


「だったら帰れば、アンタは呼んでないし」


「……お前を置いてく訳には、いかねぇだろ」


「なんでよ」


「なんでって、そりゃ」


 腰が引けている少年を、プライド故に引けない少女が睨み付ける。

 そんな明日香に対して抗弁する卓也は、しかし理由を言えずに黙り込む。


 少年の胸中にあるのは、青少年特有の悩みである。

 恋する少女に届かないと分かってるから、意気地なしは言葉を濁した。


「ま、アンタなんかどうでも良いわ。さっさと入るわよ」


 思春期の葛藤に気付く事もなく、明日香は己の怯懦を隠す様にドシドシと歩を進める。

 その後を慌てて追い掛ける卓也の背中に、二人の心情を理解している優は苦笑を浮かべていた。


 複雑なその人間関係。だが苦笑いで済まないのが響希の立場だ。


 結城恭介に恋慕を抱く白鳥明日香にとって、龍宮響希は邪魔者以外の何でもない。

 そんな白鳥明日香を昔から好いている佐山卓也にとっても、龍宮響希は気に入らない恋敵の友人だ。そんな彼を見る目には、知らず敵意が宿っている。


(居心地、悪い)


 まるで針の筵。だがだからと言って、何も言わずに勝手に逃げたら明日が怖い。

 屋敷から感じる本物の気配に恐怖を抱きつつも、仕方がないと諦めた響希は三人の後に続くのだった。




 響希はオカルトに対して、若干では済まない苦手意識を抱いている。

 幼い頃から目に見えた光景に、恐怖の情を抱いたのは昨日今日と言う話ではないが、遥か昔と言う訳でもない。


 死した人や死した物。そう言ったモノと触れ合うのは日常で、嘗ては恐ろしいとも思わなかった。

 そんな感情が塗り替えられたのは、一年程前に起きた一つの事件が切っ掛けだ。 


 神隠し。被害にあったのは彼ではなくて、目の前で巻き込まれたのは恭介だった。

 幸いその時点から優れた片鱗を見せていた少年は、帰還してからはその万能超人っぷりに磨きを掛けていた。だから罪の意識は余りない。

 だが自分を庇って何処かへ消えた。そんな光景はトラウマとなっている。故に響希は正直言えば、率先して異常事態には関わりたくないと思っていた。


 ましてやこの廃洋館。感じる冷たさは、間違いなく本物だった。

 何処からともなく吹き付ける風は、初春のそれとは思えぬ程に冷たいのだ。


 キィキィと扉が音を立てる。一歩一歩と進む歩が、ギシギシと響いている。

 蔦に覆われた窓からは明かりが差し込まず、長い廊下は一寸先も見えぬ程に暗かった。


「…………」


 無言で進む中、誰もがその雰囲気に飲まれていく。

 オカルトを信じないと断じた少女ですら、見えない何かに恐怖を抱きつつあった。


 だから、だろうか。空気を換えようと、栗毛の少女が口を開いた。


「龍宮君って、髪綺麗だよね。どんなシャンプー使ってるの?」


「……え、と、普通の。良く、分かんない」


 一番近くに居た響希へと、そう問い掛ける明石優。

 声を掛けられた少年は、即座に言葉を返せずにしどろもどろに口を開いた。


 そんな二人の会話を聞いて、前を歩く少年も口を挟んだ。 

 問い掛けるのは並みの少女よりも美しい、そんな少年の腰まで届く長い髪の理由である。


「ってかお前、何で男の癖に伸ばしてんだよ」


「……切ると、叔母さんに、怒られるから」


「は? 何だそれ」


 女扱いされたい訳ではない。そんな少年がどうして長髪なのか。

 抱いた疑問への解答は、響希の家族が故だった。同居している母方の妹が、極め付けの少女趣味なのだ。


「綺麗だから、勿体無いって……」


 綺麗な髪だから、切るのは勿体無い。黙って切った時には、それを後悔する程に怒られた。そんな経験が故に、響希は髪を伸ばしている。


 別にその叔母さんが、理不尽な人物と言う訳ではない。響希も彼女を嫌っていない。寧ろ好いている。

 看護師である為家を空けがちな母に変わって、翻訳家の叔母は少年の面倒を何度も見てくれた人である。


 だから嫌われたくないと思う。だから自分の好みに合わずとも、その要求を受け入れてしまうのだ。


「言われたから、言われたままに伸ばしてるって……アンタ、自分の意志はないの?」


 そんな響希の言葉に、反応したのは最前列を歩く少女だ。

 金髪の少女は顔を向けると、複雑な感情の籠った瞳で少年を睨み付けた。


 女扱いされる。それを響希が嫌っている事は分かっている。

 虐めっ子は虐められっ子を意外と見ている物だ。だからこそ、そういう趣味がないと分かっていた。


「……僕は、だけど」


「家族の命令に従ってる。嫌なのに嫌って言えない。ほんっと、バッカみたい」


 何か言い返そうとして、しかし言い返せない少年。

 そんな彼の自分のなさに、重なる部分を忌々しいと思いながら、白鳥明日香は吐き捨てる。


「それなら女装の方がマシよ。流されるだけって、一番最悪じゃないの」


「……っ」


 それは一番最悪だ。自分で決めたのではなく、決められて逆らえないなど馬鹿らしい。

 自分への苛立ちも込めた令嬢の言葉に対し、相手を見る余裕もない響希は気付きもせずに俯いた。


 そうして、場は再び暗くなる。明日香の事情を知るが故に、優も卓也もフォローが出来ない。

 所詮八つ当たりであると理解する明日香も、理不尽な怒りを向けられた響希も、誰もが沈黙したままに歩を進める。




 歩く道先は、何処までも暗く。道の終わりはまるで見えない。果たしてこの暗闇に終わりがあるのだろうか、誰かがそんな風に思った。

 静けさの中に響く無数の足音。一つ多いんじゃないか。誰かがそう口にした。日の差さない窓を揺らす風が、余りに大きいのではないかと誰もがそんな風に感じていた。


 そんな筈はない。そんな筈はない。そんな筈はない。

 全ては唯の勘違い。この空気に飲まれているだけだと、胸を張る様に誰かが口にして――びしゃりと、音がした。


 色は赤。赤い色が、壁に染み付いている。

 ドロリと垂れるその色は、まるで零れ落ちる血肉の如く。赤い手形が幾つも張り付く。


 びしゃり。びしゃり。びしゃり。嫌な音が止まらない。

 凍り付く少女達の目の前で、零れ落ちた血肉の色は一つの言葉を此処に残す。




【でていけ】




 言葉は、それだけだった。

 たったそれだけに、万感の思いがあったのだ。


『きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』


「くそっ! だからっ!!」


 思わず悲鳴を上げて、腰を抜かす二人の少女。同じく恐怖を感じているが、必死に歯を食い縛って耐える少年。

 佐山卓也は二人の少女の手を取ると、引き摺ったままに走り出す。両手が埋まってもう一人には伸ばせない。其処に申し訳なさを感じながらに、それでも振り返りすらしなかった。


「…………」


 走って逃げ出した三人。一人残された響希は、呆然とそれを見ている。

 真っ赤に染まった白壁に、張り付いた赤い掌。其れを見詰める少年の瞳には、恐怖の情など欠片もなかった。


 何しろ、見えていたのだ。彼にだけは、その姿が――


 足がない少女だ。病弱を通り越したその肌は、白く透き通って向こう側までも見える。

 白い髪に白い肌。賞味期限切れのトマトジュースを手にしたその少女は、成し遂げた笑顔で額を擦った。


「ふぅ~。いい仕事しましたぁ~」


 真っ赤な手を腰に当て、残ったジュースを大きく呷る。

 当然中身のない少女が飲める道理もなく、身体を素通りして地面へと。


 ボトボトと零れたトマトジュースで、床に赤い池を作り上げた少女の幽霊。

 如何にも人畜無害にしか見えないその少女は、ふと見詰め続ける視線に気付いて響希を見た。


「…………」


「…………」


「…………見えてる?」


「…………うん」


 きょとんと首を傾げて、問い掛けるのは白い幽霊。

 彼女が必死に文字を書いてる姿から見ていた響希は、何とも言えずに頷いた。


「はぇ~。世の中には、不思議な事があるんですねぇ~」


 不思議な事筆頭から、そんな認定を受ける。

 幽霊には言われたくなかったと、そんな風に思いながら響希は天を仰ぐのだった。






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