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第二話 日々日常




「ねぇ、幽霊屋敷って知ってる?」




 日は沈んでまた昇る。東から登った太陽は、西日に変わって地平線へと。窓から見上げる空色は、茜色に変わった夕焼け模様。

 黄昏色に染まる教室の中で、少年は小さく溜息を零す。ホームルームが終わって暫く、龍宮響希は挙動不審に周囲を見る事しかしていない。


(バンドメンバー集めろって、言われてもさ)


 少年は人付き合いが苦手だ。恐れていると言っても良い。

 それこそたった一人の友人が不登校を決め込む今日などは、終日誰とも会話をしていない程に対人経験が不足している。


(そもそも僕、誰が楽器弾けるとか、バンドに興味があるかとか、そんな事も知らないし……)


 知らないのは当然だ。龍宮響希は真面に会話もしていない。

 分からないのは当たり前だ。誰とも向き合わずにいて、それで分かるなど一体どんな異能者か。


 人と直接関わらずにして、その人の経験や要望を知れる筈もない。

 会話も真面に出来ないのだから、周囲の人間関係にも当然詳しくなんてない。


 分からないのだ。誰に話し掛けたら良いのか。だから周囲を観察して、しかしそれでも声を掛ける事も出来ていない。


(……結局、こんな時間になっちゃった)


 教室に残った影はもう疎ら。話し掛けるべき人など残っていない。

 これではいけないと分かっている。何をするべきかなど、最初から分かってはいた。


 必要なのは勇気だ。先ず言葉を投げ掛ける事、それが重要だったのだ。

 会話は成立しないだろう。拒絶の意志を示されるだろう。其れでも先ず、話掛けないと何も始まらない。


 そんな事は分かっていて、それでも響希は無理だった。

 

(……明日。また明日、頑張ろ)


 結局結論はそうなってしまう。明日やれば良い。それで無理ならまた明日。次へ次へと先延ばす。

 期限ギリギリまで引っ張って、きっとそれでも出来ずに友に縋り付く。それが何時ものパターンで、今回も同じくなるのだろう。


 学校指定の鞄に教科書を仕舞いながら、響希はそんな逃げを選択する。

 駄目駄目な自分の弱さに辟易しながらも、それでも変わる為の選択肢なんて選べなかった。


(……せめて高台で、歌の練習くらいはしておこうかな?)


 唯逃げたのではないのだと、そう言い訳する為の代償行為。

 そんな事を思い浮かべながらに、足早に教室から出ようとしたその時に――


「何、まだ居たの。龍宮」


 開いた扉のその先に、タイミング悪くその人物は立っていた。


「……白鳥、さん」


 ビクリと震えて、凍り付いた様にその名を呼ぶ。

 目の前にある不機嫌そうな金髪の少女に、響希は今直ぐ逃げ出したくなっていた。


「相っ変わらず、腹立つ顔。……結城君が来てないのに、金魚の糞が一人で何やってんのよ」


「……僕は、その」


 白鳥明日香。とある財閥の令嬢である彼女は、以前より響希を敵視している。

 率先して先導する訳ではないが、顔を見ると不機嫌になって暴言を吐く。集団の槍玉に挙げられていると、其処に加わって響希を責め立てる。

 一言で言えば虐めっ子。主犯格ではないが、唯流されているだけでもなく明確な悪意を向けて来る相手。故に響希は、この少女を酷く苦手としていた。


「ちょっと、止めようよ。明日香」


 睨み付けられてしどろもどろと、泣きそうになっている龍宮響希。

 そんな彼の姿に更に苛立ちつつある明日香に、止めようと口を挟むのは彼女と同じく教室へと入って来た少女だ。


「龍宮君も御免ね。ちょっと明日香。今、苛立ってて」


 何処か申し訳なさそうに、言葉を挟む栗毛の少女。名を明石優。

 白鳥明日香の幼馴染であるこの少女は、場に居合わせると彼女を止める為に動いてくれる人物だ。


 彼女が傍に居るからこそ、明日香は虐めの主犯にはならないのだろう。


 だが優は明日香の友人で、心優しくはあっても響希にとっては味方と言えない。

 明日香が響希を嫌う理由を知って尚、それを止めようとはしても正そうとはしないのだ。


 彼女の友人が抱えるのは、年頃の少女らしい嫉妬である。

 女性よりも可愛らしい少年に、想いを寄せる少年が構い続ける姿が気に入らない。そんな明日香の内心を知るからこそ、強く口を出す事もしない。


 毒にならないが、薬にもならない。そんな中途半端な人物でしかなかった。


「変な話聞かされて、ムキになって言い返したら面倒な事になって……ほら、明日香って素直じゃないから」


「ちょっと優。余計な事言わないでよ」


 済まないと思うなら、今直ぐに道を開けて帰して欲しい。

 そう心底から願う少年の感情を無視したままに、不機嫌そうな少女と穏やかそうな少女は言葉を交わす。


「……ああ、そうだ。そう言えば龍宮」


 余計な事を口にすると、友人を睨め付けながらにふと思い付く。

 少年の事情を思い出した白鳥明日香は、虐めの口実を見付けたと嫌味な笑みを浮かべた。


「アンタ昔、幽霊が見えるとか言ってた事があったわよね」


「……っ」


 その言葉に、響希は小さく歯噛みする。

 ぎゅっと握った手が震える。その程度には、トラウマとなっていた。


 龍宮響希は物心付いた頃より、時に人には見えない景色が見えていた。

 あり得ざる物。あってはならない幽玄の物。神の贄たる神籬の、その瞳には見えてはならない物が映る。


 幼い時分の響希は、それが異常と気付く事もなく。誰もが当たり前に見ている景色と思っていた。

 故に当たり前の様に口にして、そして当たり前の様に否定された。ムキになって口にして、返って来たのは罵倒の言葉だ。


 嘘吐き龍宮。嘘吐き響希。

 そんな呼び名と嘗ての記憶は、今も拭えぬ嫌な思い出。


「嘘吐き龍宮。ホントに見えるって言うなら、丁度良いわ」


「ちょっと明日香、もしかして?」


 その呼び名で少年を嗤って、白鳥明日香は彼女の理由を口にする。

 彼女を不機嫌にさせていた物事に、龍宮響希を利用すると決めたのだ。


「幽霊屋敷。この街にあるとか言う馬鹿が居んのよ」


 明日香はオカルトを信じない。お化けの存在を馬鹿らしいと笑っている。

 そんな彼女に話を持ち込んだ女生徒は、しかし何と言われようと自分の意見を覆さなかった。


 曰く、街外れにある廃墟。其処には確かにお化けが出ると。

 その幽霊屋敷に行ってみれば分かる。確かに其処には化外が居るのだと。


「アホらし。お化けなんて居る訳ないじゃない。なのにアイツ、何度言っても信じないんだもの」


 所詮は唯の嘘。だが確かに見たのだと主張する友人未満達。

 その姿に嘗て強弁を振るっていた気に入らない少年(タツミヤヒビキ)を思い出し、不機嫌になった少女は完全否定の為に断言したのだ。


「だから、私が行って証明する事になったの。そんなオカルト、ある訳ないって。だってそうでしょ? 死んだ人間が残るなら、それこそ世界中幽霊で鮨詰めになってないと変じゃない」


 自分が行って、それを確かめて来よう。そう明日香は知人達に宣言したのだ。


 冷静になってから、面倒な発言をしてしまったと後悔した。

 だがだからと言って、この負けず嫌いに行かないと言う選択肢は存在しない。


 面倒だ。面倒だと不機嫌になりながら、仕方がないと割り切った。

 そんな少女は其処に新たな愉悦を見出して、その為に虐められっ子を巻き込むのだ。



「嘘吐き龍宮。丁度良いから、アンタの嘘も次いでに暴いてあげる」


「……僕は、嘘吐きじゃない」


「それも嘘じゃないの。金魚の糞」


 悪い笑みを浮かべた少女に、響希が返せた言葉はたったそれだけ。

 そんな小さな反抗などは歯牙にもかけず、明日香は鼻で笑って切り捨てた。


「止めとこうよ、明日香。龍宮君は関係ないし、もし危ない場所だったら――」


「幽霊屋敷って言っても、所詮唯の廃墟でしょ。どうせオカルトなんて嘘なんだし、危険なんて何もないわ」


 優が止めようと口を挟むが、明日香はそれに聞く耳持たない。

 長い付き合い故にこうなったら止まらないと、そう知る明石優は説得を諦める。


 内心で響希に詫びながらも、それで何をする訳でもない。

 この少女にとって優先順位はハッキリしている。友人と知人を比べたならば、どちらに寄るかは明白なのだ。


「んじゃ、これから行くわよ。異論はないわよね」


「……」


「ま、あっても聞いてやらないんだけどさ」


 答えられない響希の前で、明日香は歪んだ愉悦に浸る。

 嘘吐きの嘘を明かしてやる。そんな使命感と優越が混じった感情で、少女は少年を見下している。


「面倒な事引き受けたと思ってたけど、これで少しは退屈じゃなくなるわ」


 常世以外などありはしない。この現実に差し込む異常などはない。

 迫真の表情で語った顔見知りのクラスメートも、この目の前に居る少年の発言も、全て嘘だと証明してやろう。


 その時にどんな表情をするのかと、白鳥明日香は暗い笑みを浮かべていた。


「アンタがどんな無様晒すのか、精々嗤ってやるわよ。嘘吐き龍宮」


 嗤い見下す発言に、無理矢理に手を引くその力。

 言葉一つ返す事も出来ずに少年は、揺れる瞳で不運を嘆く。


(……最低だ。ホンット、どうしてこうなるのさ)


 こんな事なら、さっさと帰るべきだった。

 自分の不幸を嘆きながらに、それでも流され続ける少年は幽霊屋敷へと向かって行く。




 其処で、彼は出会うだろう。

 何時か彼の世界を変える、そんな大切な出会いが待っている。






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