第十話 心機一転
久し振りのもしドラ更新。日常シーンは、やっぱり執筆速度が遅くなる。
◇
「今やらないと後悔する。虫の良い話だと自分でも思うけど、それでも後悔しないため。だってそれは、嫌だって思うから」
日常とは選択の連続だ。日々を過ごす中で、人はその時何を為すのか、常に迫られて生きている。
選んでないと、そう語るのは気付いていないだけである。何もしないと言う事は、何もせずに時間を浪費する事を選んでいると言う事だから。
人の生涯は日常の積み重ね。日々が選択の連続ならば、一生涯もまた然り。選んだ事の責任を、何時か支払う日がやって来る。
誰一人として例外はなく、時は無情に対価を求める。選択には義務が生じてしまうから、選ばなかったと言う選択を選んだ事にも責務があるのだ。
そうして翻って見た時に、果たして己の選択は正しいものと言えるのか。少なくとも今の響希にも、間違っている事くらいは分かっていた。
「……はぁ」
教室の片隅で、深い深い息を吐く。机の上で腕を組み、其処に置いた頭を動かす。視線を動かした先にあるのは、ラッピングされた小さな袋。
感謝の証として、作ってみた手製のクッキー。掌サイズの小袋は、結局渡せなかった物。それが今も此処に在る理由は、巡り合わせが悪かったと言う訳ではない。
武梨綾人と言う人物は、悪い意味で有名だ。この学校でも一二を争う問題児と、そんな彼は屡々以上の頻度で授業を抜け出す。
私立校と違って、放任主義な公立校だ。ある程度までは叱責も行われるが、それも過剰となれば捨て置かれる。曰く自己責任と、救済処置は行われない。
特に新学期に入ってから、彼の態度は酷いらしい。気合を入れてそのクラスに乗り込んで、返されたのがその言葉。
授業時間だろうが何だろうが、屋上か校舎裏で過ごしている。珍しく教室に居る場合でも、授業が始まる前から終わった後までずっと寝ているとの事だ。
其処まで行くと、何故に登校しているのかと言う話だが、それを問えば恐らくは義務教育だからとでも返すのだろう。
ともあれ、彼は悪い意味での有名人。何処に居るかは明白で、事実響希は見付けていた。それで居て此処に菓子袋が残っているのは、結局声を掛けられなかったが故である。
「僕は、駄目だなぁ」
屋上で横になり、寝ていた姿に気後れした。声を掛けて起こして良いのか、それで文句は言われないのか、扉の前で立ち竦んだ。
無理に起こした後に、怒鳴られてしまうのではないか。そう考えると怖くなって、噂程に怖い人ではないと分かっていても、どうにも話掛けられなかった。
そうこうしている内に、授業の予鈴が鳴り響く。結局話掛けられなくて、響希はそのまま踵を返した。明日もあるさと、自分の中で言い訳して。
「だ、大丈夫ですよ~。恭介さんは~、期間を指定してなかったです~」
また明日で良いと言い訳して、戻って授業を受けた後。放課後になって漸くに、自分の間違いに気付いた響希。
明日で良いと、先延ばし。だがその明日も、今日と同じでない保証はない。同じ様に眠っていたら、自分はまた明日と言うのだろうか。
明日。明日。また明日。一体何時まで、先延ばしにする心算か。そんな思考が浮かんでしまい、駄目だなと自己嫌悪。
傍らに浮かぶ幽霊がそんな弱さを許してくれて、だからこそ気分は更に重くなる。期限などはないのだからと、開き直りそうになる自分が一番嫌だった。
だが、だからと言って、何が変わる訳でもない。言葉を掛ける事を躊躇って、先延ばしにすると言う選択肢を選んだのは響希自身だ。
皆が帰り支度をする中で、もう一度深い息を吐く。無駄になるかも知れないクッキーをどうしようかと、何処か現実逃避気味に思い浮かべた。
そんな時に――声が掛けられた。
「あ、あの、龍宮くん」
言葉を理解する前に、音に対して身構える。この教室内で、たった一人の友人以外に声を掛けられた時は大抵碌な事にはならなかったから。
今まで長い間そうだったから、まるで敵対者に見付かった小動物の様に。心の中で身構えてから、顔を上げて声の主を見る。其処に居たのは、栗毛の少女。
「……何」
どもりそうになる声で、如何にかそれだけ口にする。そんな響希の姿に対し、相対する栗毛の少女にもまた気付ける程の余裕はなかった。
甘くはあるが、優しくない。毒ではないが、薬でもない。虐めっ子の友人と言う、そんな遠い立場の少女。彼女は温和そうな顔立ちを、何処か緊張の色で染めていた。
「その、話が、あるんだ」
学習机の前に立ち、言葉を紡ぐ明石優。何度か迷う様に目線を左右に振りながら、それでも心機一転覚悟を決める。
此処まで来たのなら、今更に引き返す事など出来はしない。だから深呼吸を一つして、優はその頭を真っ直ぐ下げた。
「えっと、ね。――今まで、ごめんなさい!」
「……何、で?」
キョトンと、目を丸くする。どうして謝罪されるのか、その意味が分からない。首を傾げる一人と一幽霊。
まだ下校時間になった直後の事、衆目の中での行動に周囲の視線も集まっていく。そんな他の注目を物ともせずに、明石優は頭を上げた。
彼女は謝罪を止めた訳ではない。唯、理由を説明せねばならないと思い至ったのだ。そうとも、一人善がりで済ませる心算はないのだから。
「この前のコンサート、見たんだ。凄かった」
既に一ヶ月は前になるコンサート。その光景を見た時に、明石優の心は動いた。その美麗な音が伴った、強い感動によって彼女は確かに揺れていた。
「凄い楽しそうで、凄い嬉しそうで、そんな想いが凄い凄い伝わって来て。兎に角凄いって、それしか言えないくらい」
語彙は多くなく、だから言葉は拙い形だ。それでもその意が真であると、其処に疑う余地はない。彼女の言葉は、そんな真剣さが感じ取れる物だった。
「だから、うん。だから、良いなって、そう思って。……だけど、そう思ったら、自分が今までやって来た事、その恥ずかしさに気付いたの」
そうして、気が付いた。心が動いて、彼に魅力を感じたから、優は其処で気が付いたのだ。
これまでの自分がやって来た事。これまでの自分がやって来なかった事。その全てが、恥ずかしいと思えたのだ。
「明日香の虐めを、ちゃんと止めさせなかった事。友達だからって、見て見ぬ振りをしてた事。本当は正そうとしなくちゃいけなくて、間違ってるって分かってたのに、そんな私が何をって気付いたんだ」
だから、もう一度頭を下げる。今度は理由を確かに語って、その頭を深く深く下げている。
「だから、ごめんなさい。今まで、何もしてこなくて」
恥ずかしいのは、何もして来なかった事。そしてそれに気付いたのに、此処までまた何もして来なかったと言う事だ。
「だから、ごめんなさい。気付いたなら、直ぐに動くべきだったのに。一月も私は迷ってた。昨日の時も、動けなかった」
何度も何度も、謝ろうと思っていた。何度も何度も、気持ちを入れ替えようと考えた。それでもその度に、何を言おうか悩んでしまった。
何を言えば良いかも分からぬから、どうしても一歩が出なかった。そんな彼女がそれでも今に踏み出したのは、昨日の一件を見ていたからだ。
響希が呼び出される姿を見て、如何にか止めようと追い掛けて、それでも一歩が踏み出せなくて――そんな状況を軽く変えてった人が居た。
それを見て安堵すると共に、また恥ずかしさが募っていった。本当にこれで良いのかと、良い筈ないと思えたのだ。だからこそ、優は此処で踏み出せた。
「今更、都合の良い話だよね。分かってる。分かってはいるんだよ。けど、今やらないと後悔する。虫の良い話だと自分でも思うけど、それでも後悔しないため。だってそれは、嫌だって思うから」
「……明石さん」
響希は思う。彼女が悪い訳ではないと、事実明石優は悪くない。虐めの首謀者と言う訳ではなく、寧ろその真逆の立場にあった人物だ。
如何にか虐めを止めさせようと、響希に対して敵意を向ける友を阻んでいた。友人だからこそ言い辛い事であるのだろうに、それでも止めようとはしてくれていた。
大した成果が出なくとも、直接的な助けにはなれなくても、彼女は決して悪い事をしていた訳ではない。言ってしまえば、仕方がない事だった。
だから、その謝罪に何を思う訳でもない。謝罪される謂れはないと、正直にそう思う。それでも、それ以上に想うのは、迷いながらも進んだ彼女の意志への賛辞だ。
もう後悔するのは嫌だから、今度は後悔しない為。迷い悩んだ果てであっても、そう決めて実際に行動できる事。それはきっと確かな心の強さが一つ。
今の響希が持ってなかった、そんな強さの形である。だからこそ、謝罪に対して思う事はなく、踏み出せた姿に凄いと想う。そんな彼女の行動に、確かに心が動いていた。
とは言え、それに好意的な感情を抱けるのは、この場においては響希だけしかいないのだろう。
この教室で彼は少数派でしかないし、そして何よりも彼女が此処に残っている。衆目の中で槍玉に上げられる事になった少女にとって、この展開は堪った物ではなかったのだ。
「ちょっと優! それ、どういう意味よ!!」
「明日香」
白鳥明日香。響希にとっては敵であった少女が、肩を怒らせながら歩み寄って来る。そんな姿に、響希は小さく息を飲んだ。
そんな彼と異なって、優は揺るがぬ瞳で彼女に向き合う。此処で、此の場で、口にした瞬間から覚悟していたのだ。幼い頃から一緒に過ごした、この親友と敵対する事を。
「優! アンタねぇ! その言い方じゃ、まるで私が――」
「うん。明日香が間違っている。私はそう言っている心算だよ」
だからこそ、優は決して怯まない。何時もの温和な彼女にらしからぬ強さを以って、一番の友を否定する。
その姿に、寧ろ明日香の方が鼻白む。他に合わせて、和を大切にする常の優。そんな彼女らしくない糾弾に、何も思わずには居られなかったのだ。
「全部が間違いだなんて言わない。明日香にも理由がある事、私は確かに分かっている。けど、龍宮君に対する行動は、唯の八つ当たりだよ。その事だけは、明日香が絶対に間違えてる」
「――ッ! アンタまでッ!!」
彼女にも理由がある。それは少女らしい恋慕の情だけではなくて、他にも色々な物事が絡み合っている複雑な感情。
白鳥明日香は、龍宮響希に影を見ているのだろう。ままならない現状も相まって、その姿にどうしようもなく苛立ってしまうのである。
それでも、それは八つ当たりだ。異なる誰かの影を見て、その感情を押し付けているだけである。だから絶対に間違いなのだ。
そう断じる友を前にして、明日香は言葉に詰まる。口籠ってしまって、如何にか口にしたのはお前もかと言う言葉。他の誰かとまた重ねて、彼女は吐き捨てる様に叫びを上げた。
「もう良いッ! 優なんて、知らないッ!!」
「明日香!」
その場で身を翻して、駆け足に立ち去っていく明日香。まるで逃げる様な姿に向かって、もう一人の幼馴染が声を掛ける。
慌てて彼女を追い掛ける佐山卓也。そんな彼と一瞬だけ視線を合わせると、優は少しだけ会釈する。暫く頼むと、まるでそう言うかの様に。
答えは音にならず、唯頷きだけを返される。そうして去っていく二人の友人の姿を、明石優は何をするでもなく見送っていた。
「…………」
「明石さん、君は」
「うん。大丈夫、分かってやった、事だから」
何処か寂しそうに、その背を見送る優に問う。声を掛けられずには居られぬ程、それでも彼女は弱音を言わない。
友を否定して、拒絶の意志を返されて、何も思わぬ筈がない。だがまだやるべき事があるから、その為に此処で行ったから、それを終えるまでは続けるのだ。
「皆にも、伝えておくね。私はこれから、龍宮君に味方する」
教卓の前まで移動して、大きな声で宣言する。そうとも、此処で友を槍玉に上げる形で否定したのは、こういう形で話を繋げる為にこそ。
「明日香や、昨日の人達がやってた事、絶対に間違っている。それは正しくなんてないから、私はそれを否定する」
依然、龍宮響希に敵は多い。表立って動くのは少数でも、多くの者が思っていよう。アイツは俺より私より、下に居るべき立場であると。
クラスカースト。人が集えば上下が生まれて、上は下を見下す物だ。自分より下の相手なら、何をやっても良いのだと、無意識に思い込んでしまいがちである。
だからこそ、明石優はそれを否定する。此処にその想いが間違いなのだと、それを知って欲しいと考えていた。
そうでなくとも、この宣言は有効だろう。少なくとも不当な理由で彼に敵対するなら、明石優と言う少女も敵になるのだと示すのだから。
「その上で、お願いしたい。先入観を捨てて、彼だからなんて言葉で拒絶しないで、素の感情で彼の歌を聴いてみて欲しい。そうすればきっと、私が言っている事、分かってくれると思うんだ」
多くの人に、それを知ってもらう為。意識を改革する一歩として、友との関係を犠牲に此処で示した。
彼女を槍玉に上げたのは、全て唯一つの為に。本当に碌でもないなと思いながら、しかし優に後悔する気持ちはなかった。
寧ろ何故もっと早くにこうしなかったのだろうかと、そんな清々しささえ感じている自分に苦笑する。そうして笑みを零しながら、彼女は響希の下へと戻った。
「龍宮君も、騒がせてごめんね。私の勝手な都合に、付き合わせてごめん」
「ううん。だけど、良いの?」
「あー、良くはないかなぁ? 明日香は確かに親友で、どうでも良いって訳じゃない。……だけど、後悔はしていない。間違ってはいないって、胸を張れるよ」
自分の後悔を無くすため、関係を壊す手すらも利用した。それでも感じた友情は嘘じゃなく、心苦しさは確かにある。
それでも、間違っていたのは彼女であり、正しかったのは彼である。だから後悔はしてないし、己の行いに胸を張る事だって出来ると強がる。
そんな彼女の意図を、何となくだが察知する。自分の為に、そうしたのだと理解する。だから響希は、揺らいだ瞳を見上げて言うのだ。
「明石さん。僕は、僕に何か出来る?」
ある意味で言えば身勝手だが、それでも確かに己を想って為した事。その献身を余計な物と、そんな風に語りたくはなかった。
だから、それに報いる為に、一体何が出来るであろう。そう問い掛ける響希の言葉に驚いて、少し悩んだ後に笑う。茶目っ気を見せる様に、優はウィンク一つと共に語る。
「う~ん。……なら、優って呼んで――」
何処か悪戯な表情に、一瞬ドキリとした。目を丸くした響希の姿に、優は笑みを深くして言い直す。
「――って言える程に、厚顔にはなれないなぁ。……だから、龍宮君が認めてくれた時に、名前で呼んで欲しいな」
名前で呼ばれる事を望める程に、自分は大した事が出来ていない。友を売って擦り寄る様な、あざとさだって持ってはいない。
だから、口にするのはそんな言葉。己の発言を訂正して、しかし否定する訳ではない。そんな言葉を笑顔で語って、そうして彼女は背を向けた。
「それじゃ、私は明日香を追い掛けるよ。謝るって訳じゃないけど、槍玉にしちゃったのも事実だし、ずっと昔からの親友だし、……何より、この先も友達で居たい。そう思うのは、今も変わっていないから」
本当に都合の良い事ばかり言っている。そんな自分に苦笑して、果たして己はこんな女だったのかと首を傾げて、しかしこれで良いのだと開き直る。
全てが自分の思い通りに、そんな事はあり得ない。あれもこれもと欲張れば、全てを無くすも道理だろう。それを弁えて、それでも知らぬと全取りを目指して前へと進む。それが、明石優と言う少女の本質だったのかもしれない。
「またね、龍宮君!」
そんな自分に気付いた少女は、存外今の己が嫌いじゃなかった。だから綺麗な笑顔と共に、手を振りながら教室を後にする。
立つ鳥跡を濁さずと、彼女が為したはその真逆。ざわざわと戸惑うしかない状況を後に残して、全てを吹き飛ばす嵐の様に過ぎ去っていった。
「はぇ~。激動でしたねぇ~」
「……うん。そう、だね」
優が起こした嵐に巻き込まれ、振り回されたのは彼らも同じく。たった数分の出来事で、きっと響希の今後は変わっていく事だろう。
少なくとも表立って、敵対する者は減っていく。それを思えば悪い変化ではないのだろう。だがこの今に響希が考えるのは、そんな変わるであろう未来の話などではない。
「だけど、あか……優さん、綺麗な顔してた」
「綺麗な顔、ですか? むぅ、何故でしょうか。何だかモヤモヤって感じがして来たような、そうでもないような?」
「うん。綺麗な顔。迷いとか、後悔とか、そういうのが無くなった真っ直ぐな顔」
思い浮かべるのは、立ち去って行った少女の表情。己のやりたい事が見え、其処に真っ直ぐ突き進んでいくその姿。
迷いだとか、後悔だとか。そんな物を振り払った表情は、素直に綺麗な物だった。響希は心の底から、そう思う。そう思ったから、感化されていた。
「後悔したくはない、か。うん。そうだね、ウジウジとしているのは、嫌だな。そう思うなら、一歩を踏み出すべきなんだ」
机の上にある小袋。それを手に取り、じっと見詰める。渡されなかったその菓子は、今の彼にとっては後悔の象徴と言うべき物。
それをずっと抱えている、そんな心算は最早ない。時間が経てば駄目になってしまうと知っているから、そうなる前に踏み出すべきなのだと決意した。
「壁は決して、高い訳じゃない。あの人が悪い人じゃないって、僕は知っている。なら少し怖くても、後悔するよりずっとマシだ」
授業をサボって、寝転んでいた不良生徒。自分の背丈よりも一回り以上大きな少年は、しかし悪人ではないのだと分かっている。
二メートル近い長身と、筋肉質なガタイの良さ。目付きや態度の悪さに怯んでしまうが、それでも話せない程ではなかった。ならば、其処から一歩を踏み込むだけだ。
「それじゃぁ、明日ですね! 安らかに寝ている所を、叩き起こしてあげましょう!」
「……そう言うと、身も蓋もないと言うか。まぁ、やる事は、それなんだけど」
寝ている彼を叩き起こして、不機嫌な寝起きに勧誘する。字面にすればそれだけの事、何を躊躇う必要があるのか。
とは言え、そう考えるとやはり気分は重くなる。下手したら殴られそうだなぁと、何処か怯えてしまう心は今もある。
それでも、進むと決めたのだ。ならば明日は変わって見せよう。そう響希が頷いて、玲菜も同じく頷いて、互いに拳を合わせた所で――その大前提を覆す彼は姿を現した。
「明日って何時だ!? つまりは今日だ!!」
「キョウちゃん!? ってか何で窓の外に居るの!?」
「ふ、聞いてくれるか。別に話す気はないんだが、敢えて言うなら奴の動向を探っていた」
「突っ込みどころ多過ぎッ!?」
突如、窓から飛び込んでくるその姿。無駄に三回転半くらいの捻りを入れながら着地した彼は、爽やかな笑みを浮かべて親指を立てる。
二年の教室があるのは校舎の四階で、何処から来たのかと言う疑問。放課後を前に飛び出して、一体何をやっていたのかと言う疑問。そして言葉の端々に溢れる矛盾点と犯罪臭。色々と追い付かない突っ込みには全く返さず、恭介は迷いない綺麗な顔でこう語るのだ。
「突っ込んでいる暇はないぞ、響希! 武梨の奴は放課後に、何やら私服に着替えていたらしくてな。詰まりはまだ、学校を出たばかり。向かう方角は分かっているし、今なら追い付けるかもしれないぞ!」
「っ! 追い付ける位置に、居る? なら、追い掛けろって言うの!?」
「ああ、その通りだ。……決めたんだろ。先送りにして後悔するのは、もう止めたってさ」
まるで居ない教室の中を、見ていたかの様に語る。そんな彼の笑みを前にして、響希は確かに動揺していた。
明日から始めようと、そんな決意は遅いのだ。今日に進む道があるなら、今から歩くべきであろう。それが例え、途中で途切れた道だとしても。
「追い付けないかも知れない。追い付いても、話掛ける余裕がないかも知れない。それでも追わないと、明日まで後悔する事になるぜ?」
道に迷うかも知れない。その道の先は行き止まりかも知れない。それでも歩き出せる道があるなら、進まないよりも進んだ方が良い。
その道は、明日もあるとは限らないのだ。その道の先に行った後、引き返しても別に良いのだ。だから進める道があるなら、此処から一歩を進んだ方が良い。
結城恭介は、そう思う。だからこそ覚悟を決めた少年に対し、彼はその意志を確認するのだ。決めたんだろう、と。
「明日って今日さ。覚悟があるなら行こうぜ、響希」
「……うん。分かった」
まだ怯えはある。腹を据えたと言う訳ではない。それでもそうしたいと言う情熱が、今は怯えよりも強かったのだ。
この意志が、明日にも続く保証はない。龍宮響希は弱いから、きっとまた足踏みする。そうと分かっているのなら、進める時に進めば良い。
「行くよ。追い掛けて、言葉を掛ける。唯、それだけの事なんだから」
そんな響希の言葉に対し、良しと恭介は笑って頷く。傍らに浮かんだ幽霊も、何処か嬉しそうに言葉を紡いだ。
「テレビでやってた~、探偵さんの尾行みたいで~、何だか楽しそうです~」
「ふっ! ならば、これはスニーキングミッションとでも言うべきか! 行くぞお前ら! あんぱん牛乳段ボールは忘れるな!」
「……二人とも、遊びじゃないんだから」
自分は腹を括って語ったと言うのに、天然幽霊と確信犯な友人はまるでお遊び気分。そんな彼らにやれやれと、呆れた言葉を音に漏らす。
それでも同時に、肩から力が抜けるのを感じた。余計な気負いが薄れて、何処か気分が軽くなる。それを狙ってやったのだろう、この友人は本当に確信犯である。
「それじゃ、武梨君を追い掛けよっか」
余計な気負いは要らない。必要なのは、進むと決めた意志一つ。
頷く二人の友らと共に、そんな想いを胸に抱いて、響希は小袋を手に進むのだった。
もしドラは、Missing-linkを除いて、基本的に微温湯的な話。鬱展開とかあっても、割と直ぐに解決する形を意識して書いてます。
なので、外道書くのが好きな作者には執筆するだけで光属性の大ダメージが入って来てる。
本編進めてアリスちゃんとかアマラちゃんとか猟犬さんみたいな外道どもを書きたいんですが、DTSともしドラって裏で色々関連してるので、少なくとも綾人編を終わらせないと次に進めないと言う。……早く灰被りの猟犬さんが大爆笑するシーンまで進めたいものです。




