天地天命が覚醒の約束の地 ~奪われた額の第三の目が覚醒と終息~
「ここが、覗きスポットか」
トモヤ先輩と一緒に来た場所は、校舎のはずれにある場所で、あまり人通りが多い場所ではない。移動教室の時に使うぐらいだ。
「問題なのは実際に見えるかどうかなんですが」
「確認する必要はない、俺ぐらいのレベルになればわかる、なかなかいい着眼点だ」
「レベルって、というか約束の地の場所って今どうなっているんです?」
「別にどうにも、もう2年も前の話だから知らないやつの方が多いよ、当時は男子たちはここにいるだけで白い目で見られたものだ」
「ああぁぁ!!」
思わず声が出てしまった。
「ど、どうしたユウト?」
「な、なんで今まで気が付かなかったんだろう、ここの覗きスポット、まったく広がってない! 一週間も前に埋め込まれたものなのに!」
「あ、ああ、確かに、前回も短期決戦だって利用したみんなに言ったけど、それがどうかしたのか?」
「つまりですよ、あのデータは、風紀委員会のデータベースに「最初に直接埋め込んだ」ってことになりませんか!?」
「はあ、えっと、それで?」
「つまり、このファイルを埋め込んだのが犯人ってことですよ!」
「……最初からその話じゃなかったっけ?」
「違いますって、言ってたじゃないですか「なんとも言えない」って、でもそれを考える必要がないってことですよ、トモヤ先輩、情報教室からファイルを埋め込むことってできるんですか?」
「うむ、俺ならできるぞ」
「いや、そういう意味じゃなくて、ああそうか、やっぱりそうだったんだ」
「え? なにが?」
「どうして1週間も日にちが開いたのか、です、たぶん萱沼先輩は1人で、1週間ずっと内偵していたはずですよ、だけどやり方がまるで違うし、トモヤ先輩の姿が一切見えないから懐疑的だったんです」
つまり今回のファイルを埋め込んだ犯人は、男のロマンを共有するのが目的ではないということだ。いろいろ見えてきたな。
「こうなったら萱沼に全部伝えるのはどうだ? 風紀委員会に協力するって形で」
「それは……」
ここで萱沼先輩の言葉がよみがえる。
『そう、でもいかんせん状況証拠がそろいすぎているからね、このままだとあまりよくない、特に認めてないから反省の色もないという論調が多数を占めている状況ね』
悪いが期待できない。というより、やらかしてばっかりだから言い逃れにしか聞こえないし、まず無理だ、だからわざわざ「容疑者側の人間」と接触したのだから。
どうしようかと考えたところで、風紀委員会のデータベースに潜ったときのことを思い出す。
ただここで手詰まりになってしまう。
「このファイルを誰が埋め込んだのか分かる手段がないよな」
極秘で動いているから、聞き込み調査もできない。
こうなれば、萱沼先輩に頼んで広報してもらって公開調査をしてみるか、後戻りできなくなるが、いっそことことを大きくしてしまうのも手だ。
「俺たちのパソコンは理事長室のパソコンで全部管理しているみたいだからな、だからたどっていくと全部そこに行く、パソコンの本体に隠しカメラが仕込んであるから、そのパソコンを使えばだれが埋め込んだか分かる」
「え!?」
「入学したときに、覗きスポットを乗せるときにここのネット管理がどうなっているのか調べたからな、その時に理事長のパソコンがすべて監視していることを突き止めたんだよ」
「…………マジですか?」
「マジだ、他言無用で頼むぞ」
「…………」
なら色々と作戦が立てられる。
「いったん生徒会室に戻りましょう、スミレ先輩とミコトにいろいろと確認したいことがありますし」
●
「なるほど、確かに一週間、覗きスポットの噂なんて聞いたことがないな」
生徒会室に戻り、スミレ先輩とミコトに聞いたところこのような答えが返ってきた。
ついでにトモヤ先輩の時の当時の詳しい状況を聞くと、2日目には一部では何をしているかわからないが、男子たちが妙なことをしているぐらいには認識していたそうだ。
そして2日目の夜には、どうやらスカートを覗く目的で色々動いているという情報まで流れていたのとのこと。
「やっぱり前回と今回が状況が全く違う」
しかも風紀委員会のデータベースに直接埋め込んだとなると、風紀委員会に恨みでもあるのか、それともトモヤ先輩に何か恨みでもあるのか。
「少し怖いな」
とはスミレ先輩の弁、ミコトも同調する。
「大丈夫ですよ、分からないことには、どうしてもマイナスに想像が働くものです、動機は本人に聞けばいい、問題は真実の解明に理事長のパソコンが必要だってことです」
このデータのログを調べるためにはどうしても理事長室のパソコンが必要になってくる。
だがカナエさんは仕事にはシビアな人だ、それも長い付き合いで分かっている。
「母さんに頼んでみる」
沈黙を破ったのはミコトだった。
「ミコト、でも」
「今回のことで、私は何もしていない、だから力になりたい」
俺の言葉を遮るようなミコトの力強い言葉に俺は何も言えなくなる。その横でトモヤ先輩はウルウルと目を潤ませていた。
「ミコトちゃん、そんなにも俺のことを愛しているなんて」
「男としては論外なんだけど、人としては好きだから」
「ぐふっ、突っ込みサンキューなんだけど、もう少し手加減して」
●
理事長室は、ミコトは今は扉の前に立っている。
あの後、ミコトはカナエさんに用事があるから理事長室に向かうとだけメッセージを送ってもらい、カナエさんもそれを了承してくれた、というのが簡単な流れなのだけど。
「なあ、大丈夫なのか、連雀さん」
心配そうなスミレ先輩の声、俺とトモヤ先輩とスミレ先輩は物陰に隠れて見守っている。
「……まあ、正直、期待薄です」
今回のミコトの仕事は、カナエさんを外に連れ出すこと、その際に鍵をかけないようにすること、できれば特別なパソコンの操作方法も聞き出すことだ。
「そうか、ま、無理をしないでほしいけどな」
期待薄と言ったのにスミレ先輩はどこか嬉しそうな顔をしている。
「変わったな、連雀さんは、固執しないというか、こう、なんというか……」
「わかりますよ、優しくて情のあるやつなんですけどね、極端なんですよ、興味が無いととことん無関心なやつですから」
俺の言葉にスミレ先輩は苦笑いするしかない、まあ失敗しても色々と策は考えている。
ミコトなりにいろいろ考えたそうなのだが、ミコトは気合を入れるとそのまま扉を開ける。
『母さん、忙しいところ、ごめんなさい』
ミコトの声、会話はこっちでも聞こえている。トモヤ先輩特製の傍受機だ。
『いいのよ、貴方から来るなんて珍しい、教えてほしいことってなに?』
『え、えっと……このパソコンの使い方を教えてほしい!』
『え?』
(直球過ぎる!)
会話だけだが手に取るようにわかる。カナエさんは何も言わないが、明らかに困惑した様子だ。
『ミコト、前にも言ったけど、そのパソコン……』
ここで不自然にカナエさんの言葉が途切れる。
(やばい、気づかれたかな?)
とここまで考えてハッと確認しなければならないことを思い出して、スミレ先輩に話しかける。
「スミレ先輩、トモヤ先輩が拘束された件について、萱沼委員長は理事長に報告する義務はあるんですか?」
「いや、そんな義務はない、ただし自分の裁量を超えたと判断した場合に報告するように決まりがあるが」
だそうだ。
自分でできることとできないことを見極めるのが大事だからだとのこと、何でもかんでも頼るのは甘え、自分ですべて何とかしようとするのは傲慢なんだそうだ。
「しまったなぁ、今回の事件についてカナエさんがどの程度知っているのかって大事なのに、今更気づくなんて……」
今更ながらに自分の迂闊さを後悔する。
さっきからずっとカナエさんは何も言わない、これはもうバレたと考えていい、ここまで考えた時にカナエさんの声が聞こえてきた。
『前にも言ったけど、そこには連雀学園のすべてのデジタルデータが記録されているの、あまり言えないけど、個人間のやり取りとかもすべてね、だから娘といえど、触るのを許可することはできないわ』
(……ん?)
『わかった、母さん、えっと、一緒に食事をしよう、このごろおしゃべりをしていない』
『あら嬉しい、そうね、学園の食堂だと目立つから、近くに美味しいお店を知っているの、だからそこに行きましょう』
その会話が終わって少しした後に、ガチャリと音ともにミコトがカナエさんを引っ張る形で廊下に出てきた。
『そんなに焦らなくても大丈夫よ』
『いいから、早く行こう』
そのままぐいぐい引っ張って2人は廊下の奥に消えた、しっかりと鍵をかけないで。
それをポカーンと見つめているスミレ先輩。
「なあ、郭町、大丈夫だったのか、あれ?」
スミレ先輩の言葉と同時にスマホがメールの着信を知らせる、タイミングが良すぎるなと思って確認してみる。
「いや、もちろんばれてますね」
俺はスマホを取り出して2人に見せた。
『借りにしておくからね♪ あ、そうだ、この借りは、私の誕生日プレゼントでチャラにしてあげる、予算は1万だよ、もちろん税抜きなんてケチなことは言わないよね?』
「信用されているんだな、ユウト」
スマホのメッセージを見てこう言ったのはトモヤ先輩だ。
「ま、信用には信用で返さないと、とはいっても不正利用を疑われないためにはトモヤ先輩の力量にかかっているんですが、大丈夫ですか?」
「任せておきたまえよ、やっと俺の出番だな」
●
「相変わらず広いところだなぁ」
赤じゅうたんにクラシックな調度物、いかにもな「重役の部屋」という感じだ。
カナエさん曰く、こういったハッタリも大事とのことだ。
「俺は入学試験の面接の時以来だなぁ、品があるというか、控えめな豪華なところだよなぁ、それでユウト、そのパソコンはどこだ?」
「えっと、これです」
指さす先に設置されているパソコン、トモヤ先輩は軽い足取りで座る。
「ほほう、これかね、さーて、まずはログインからって……あれ? すでに電源が入っているぞ?」
「電源?」
「うむ、電源をちゃんと落とすのも大事なんだぞ、後は物理的に切り離すとかな」
「物理的に切り離したり、電源落としたり、なんかアナログですね」
「アナログはデジタルの大敵だからな~、って、あらら、ユウト、理事長にはマジで感謝しないといけないな」
「え?」
「もうログインされてる、学園の機密がぎっしり詰まったパソコンをログインしっぱなしで部屋の鍵をかけずに放置した結果、不法侵入を許す、どこかで見たような不祥事だぜ」
席に座ったトモヤ先輩は、画面を見せる。
「そうか、あの不自然な間はこの時間を作ってくれていたんだ」
「え?」
「ほら、不自然にカナエさんが会話を切ったところがあったじゃないですか、次のセリフまで間があるなって思っていたんですよ」
「あ、ああ、そうなのか、よくわからんが」
トモヤ先輩は、そのままパソコンの操作を始める。
「んー、ハードディスクが繋がっていないね、どこにあるか、なんだけど」
そのまま理事長室内を見渡す。人を迎えるためなのか、かなり広い。
「郭町、例えばさ、秘密の隠し場所とかってあるのか?」
「んー、どうなんですかね?」
俺の言葉にスミレ先輩も悩んでしまう。
「そうなるとお手上げだぞ、手掛かりもなにもないってことだろう?」
「いや、不自然な間が作為的だったってことがわかれば、次に言ったセリフもやっぱり不自然な内容だったんで、そこから考えればいいと思います」
「「はい?」」
俺を見る仙波兄妹、なんか多いな、このパターン、俺は先ほどの不自然なカナエさんの言葉を2人に話す。
『前にも言ったけど、そこには連雀学園のすべてのデジタルデータが記録されているの、あまり言えないけど、個人間のやり取りとかもすべてね、だから娘といえど、触るのを許可することはできないわ』
「これがどうかしたのか?」
「明らかに不自然な説明口調です、前にミコトが興味を示した時は「特別なパソコンだから触るな」ってだけだったですし、今回もそう言えばいいだけじゃないですか」
俺の言葉にトモヤ先輩がふんふんと頷く。
「つまり、このパソコンが目当てだってことはわかっていたってことだよな?」
「はい、ログインもしていますし、間違いないです、ただ場所についての言葉がないから隠し場所についてはあまりひねって考える必要はないんじゃないですか?」
「ふーむ、となると……」
トモヤ先輩の視線の先には、俺の身長ぐらいある大きな金庫だった。
実は金庫は防犯にまったく無意味なものなのだそうだ。大事なものを隠すのなら金庫だけはやめておけ、ここに金目のものがあると言っているようなものだとか。
だから爆弾しかけても大丈夫であり重たいものを選んだと言っていたっけ、鍵を見るとテンキー式だった。
トモヤ先輩が金庫をペタペタ触る。
「かなり丈夫そうだな、暗証番号を入力しないとダメなやつだな、正直俺にはどうにもできないんだが」
「暗証番号は、たぶん、わかるかも……」
「「え!?」」
もう何度目かわからないこのリアクション、俺は再びスマホを取り出して、カナエさんのメッセージを見せる。
『借りにしておくからね♪ あ、そうだ、この借りは、私の誕生日プレゼントでチャラにしてあげる、予算は1万だからね、もちろん税抜きなんてケチなことは言わないよね?』
「これが、暗証番号のヒントだというのか?」
「カナエさんの誕生日は5月5日、これで0505、10000の税込みで10800、これに505をプラスすると11305、いい具合にランダムの数字になっている」
「「…………」」
「ま、まあ、違っていてもいろいろ試せるようになっています、打ち込んでみましょう」
そのまま番号を入力する。
カチリという音ともに扉が開いた。
「開いた……」
自分で開けておいてなんだが、信じられない。
「す、すごいな、郭町、こんなことできるんだ?」
「というか、本当にカナエさんに感謝ですね、マジで誕生日にプレゼント贈らないと」
ここでポンと肩に手を置かれる、肩を置いたのはトモヤ先輩だ。
「ここから先はやっと俺の出番だな、どれどれ~」
「うん、一週間前だから一番新しいやつだ、ちょっと失礼するぜ~」
そのまま足取り軽くハードディスクを取り出すとそのまま手慣れた様子でパソコンのふたを外し、そのままコードでつなぐ、
そのまますさまじいスピードでコードを打ち込んで複数の画面を操作している。
「おお~、これはすごいね、連雀学園の機密情報がたんまりとある、しかも詳細に♪」
楽しそうなトモヤ先輩にスミレ先輩は苦い顔をしている。
「おい、わかっているんだろうな?」
「わかってるよ、ユウトの信用にかかわることはしない、さてさて、当該のログはと、あったあった、ごまかし程度は通用しないぜ~」
ここで作業したところで画面を操作しているトモヤ先輩、その時に新しい画面が立ち上がり、学籍簿からの出力したであろう学生データが出てきた。
(こいつが、今回の犯人……)
簡単な身上データが書いてあるが……。
「意外といえばいいのかなぁ~」
どこか緊張感がないトモヤ先輩の言葉に、スミレ先輩は顔をしかめて何も言わない。
「ここまできたらやるしかないでしょう、どんな結論になろうともね」
●
「連雀学園高等部2年、報道部副部長、砂ミキヒサ先輩、ですね?」
放課後の報道部室、ノックをして出てきた男子生徒に俺は呼びかける。
「な、なんだよ、お前、急に……」
「生徒会副会長の郭町です、今日はお話したいことがあってここに来ました、お時間いいですか?」
「あ、ああ、いいけど」
憮然とした砂先輩に渋々ながら部屋の中に通される。
報道部の部室は初めて入る、机が四つにパソコン1台だけの質素な部屋だ。
「なんだよ、お話ししたいことって」
「天地天命が覚醒の約束の地ってご存知ですか?」
砂先輩は俺の問いかけにビクリと跳ね上がる。
「っ、ああ、あれか、なんだろうな、あれ」
「知らないんですか?」
「え、えっと、仙波先輩が見つけた、スカートの覗きスポットだっけ、俺が入学する前のことだから、よくしらないけどさ」
「そのとおりです、現在、再びそれが出たなんて情報を仕入れまして、調べているんですよ、報道部の人ならアンテナ高いからいい情報あるかなって思ってきたんです」
「あ、ああ、だからか、びっくりしたよ」
ほっとした様子の砂先輩に俺も微笑む。
さて、次にする話題は考えている、俺はそのまま続ける。
「しかし風紀委員会もまったく情報を出さないんですよ、前もって情報を知っていたのに、生徒会との協力体制をもっと理解してもらわないと、萱沼委員長も融通が利かなくて」
「それはしょうがないじゃないか? 有能な人みたいだけど、全然目立たなかったし、生徒会長としてもパッとしなかったなぁ」
「そうなんですか、それこそ俺の入学する前だから初耳ですね、俺は今の生徒会しか知らないから、いろいろ教えてください」
「いいぜ、えっと、萱沼委員長時代は、生徒会役員が16人いたんだけどさ」
砂先輩は色々と饒舌に萱沼政権時代を語ってくれた。
曰く、問題が発生しても右から左へ裁くだけで実績というのは作れない。
曰く、トモヤ先輩のおかげで、人員補充ができたのは妹のスミレ先輩だけ。
曰く、一番の「悪行」は、人員募集には無関心と言えるほどの消極的さで、結果、スミレ先輩1人だけ残して全員引退という惨事に近い形で生徒会長職を引き継いだこと。
なるほど、悪意に萱沼先輩を解釈するとこうなるのか。
ここまで話を聞いて俺はさらに砂先輩に問いかける。
「砂先輩から見て、風紀委員会委員長としてはどうなんですか?」
「原則やり方は変わってないよ、だけどミスはしないよな、ほんとに、それだけは凄いかな」
「なるほど、それで納得しました、今回の件についても初動対応が遅いのは、身の保身を考えていたからなんですね」
「ははっ、身の保身しか考えないなんてどこの政治家だっての、生徒会会長の時と同じ、1週間もなにしてたんだがな」
「はい、ダウト」
「……な、なに?」
「いや、会話の流れからいつかは引っかかってくれるかなって思っていましたけど、早かったですね」
「な、なんだよ、急に?」
「1週間前なんですか? 今回の件について、風紀委員会が知ったのって」
「は、はあ? だってさっきそういっただろ?」
「いいえ、「前もって情報を知りながら」って言いましたけど、1週間前とは一言も」
「だ、だからそれがなんなんだよ! それがなんでダウトになるんだよ!?」
「あとそうですね、おまけ程度ですけど、天地天命が覚醒の約束の地って聞いたときにのリアクションが不自然だったから、確信したのはそのときなんですけど」
その時に、部室にコンコンとノックをする。
砂先輩は動かない。
「別に出てもいいですよ、お客さんを優先してください」
「ぐっ! お前、ったく!」
憮然とした様子でズカズカと歩く砂先輩。
乱暴に扉を開けた先に立っていた人物、トモヤ先輩を見て固まってしまう。
「…………」
不自然なまでに黙っている砂先輩。
「どうしたんですか?」
「べ、べつに!」
「ああ、萱沼先輩に頼んで、罠を張ってもらったんですよ」
「はあ!?」
「トモヤ先輩が再び拘束されたって、嘘の情報を見れる位置においてもらったんです、データベースにね」
「な、なん」
「せめて、それぐらいは見抜いてほしかったですね、今回の罠は2番煎じですから」
「お、おまえ」
「風紀委員会の悪口を言ったのは、意識をそらすことができてかつ、話題に乗りやすいからです、でもどこかで一部は頭に残っているから、1週間前なんて言葉が出てくる」
トモヤ先輩に驚いたことといい、もう確定でいいだろう、俺は砂先輩を見据える。
「風紀委員会のデータベースに、天地天命が覚醒の約束の地を仕込んだのは砂先輩ですね?」
「…………」
黙ってしまった、かたくなに口をつぐんでいる感じ、言わないことが最善の策だと思ったのだろう。
「寺尾先輩、どうですか?」
「え!?」
俺の言葉に弾けるように反応する砂先輩、俺の言葉が終わると同時にガチャリと扉が開き、寺尾先輩がトモエ先輩とミコトを伴って現れた。
「ち、ちがいます! お、おい、さっきからなんなんだよ! 証拠を出せよ! 証拠もないのに人を犯人扱いかよ!」
証拠を出せか、もうこれは自供しているようなものだ。
寺尾先輩もわかっているのだろう、表情を変えないまま砂先輩に近づいて……。
バシンと音がこだました。
「砂、自分が何をしたか、わかっているの?」
ほほを押さえて黙っている砂先輩、寺尾先輩は続ける。
「生徒会から今回のことを聞いた、最初は信じられなかったけど、あんたとの会話を聞いて判断してほしいといわれた、気づいているの? 証拠を出せって、無実の人間の言葉じゃないんだよ」
そのとおり、本当に無実の人間は心当たりがないのだから、トモヤ先輩のようにキョトンとするのだ。
「どうしてこんなことしたの?」
寺尾先輩にまで言われては観念するしかないのだろう、すでに言い訳をするつもりはないようだ。
「……どうして、ですか?」
「なに、聞こえないよ」
「どうして嫌われ役を進んでやるんですか?」
「……は?」
「寺尾先輩は自分のやっていることに誇りを持っているのに、みんなから嫌われて、それでも、何でもないようにふるまって、知っていますよ、嫌われることをするときに、俺に矛先が向かないようにしているって」
「そりゃ私は先輩だからね」
「でも、男としては屈辱なんですよ、女に守ってもらえるなんて」
「ああ、男の子はそういうのこだわるよね、というより、何が言いたいのか全然わからないんだけど」
「だから! 俺もそうしないと! 寺尾先輩と対等になれないじゃないですか!」
砂先輩の言葉にポカーンとした寺尾先輩であったが視線が厳しくなる。
「そんな訳の分からないことで!」
掴みかかろうとした寺尾先輩ではあったが、ここで立ち止まる。
寺尾先輩と砂先輩の間にトモヤ先輩が立ったからだ。
「…………」
トモヤ先輩は、そのまま砂先輩に振り向く、殴られると思ったのか、砂先輩はギュッと体をこわばらせる。
「ちょっと、耳貸してくれ」
「え?」
砂先輩はそのままこわごわと耳を差し出し、トモヤ先輩はなにやら耳打ちをする。
「なっ!! ななな!!」
勢いよく離れると顔を真っ赤にする砂先輩をみてトモヤ先輩は満足げだ。
「うんうん、そのリアクションが見れただけで満足だ、寺尾、こいつは悪気があっても悪意はない、だから許してやってくれないか?」
「ゆ、許してやってくれって、それはこっちのセリフというか、トモヤ君は怒ってないの!?」
「それは砂のリアクションが見れて満足したからもういいよ、なあユウト?」
「はい、俺は「動揺した寺尾先輩」が見れたので満足ですね、ミコトはどうだ?」
「解決したのならいい、早く支部を使いたい」
俺たちの言葉を最後にスミレ先輩が締める。
「今回のことについて、萱沼先輩に報告をお願いします、こちら側からはあとは何もありません」
スミレ先輩の言葉に寺尾先輩は「ふう~」と大きく息をはく。
「いや~、ごめんね~、砂にはきつく言っておくからさ」
いつもの飄々とした寺尾先輩の顔に戻ると教室の入り口に行き、砂先輩に振りかえる。
「ほら、萱沼のところに行くよ~、一緒に謝ってあげるから、私についてこれるのはアンタぐらいしかいないんだからね」
「は、はい! あ、あの! 本当にすいませんでした!」
笑顔で俺たちに最後に頭を下げると寺尾先輩のあとをついていった。
それをみて肩をすくめるトモヤ先輩。
「尻に敷かれるのはちょっと勘弁だよな~、なあユウト?」
(自覚ないんかい……)
はっはっはと笑うトモヤ先輩の横で首をひねっているのはスミレ先輩だ。
「郭町、砂は寺尾先輩のことが好きなんだよな?」
「はい、そうですね」
「うーん、好きだから対等になりたい、それはわかったが、あのファイルを埋め込むことがどうして、対等になることにつながるんだ?」
「つまり、寺尾先輩と同じ嫌われ者になるためってことなんでしょうね」
「なんか、いまいちピンとこないな」
「はは、まあ短絡的だとは思いますけど、まあ、気持ちはわかるかな」
風紀委員会が広報した後に、どうするつもりだったかはもう突っ込まないでおくか、多分マッチポンプのようなことをしようとしていたのだろう。
「な、なあ、郭町……」
ここでトモエ先輩は急にモジモジすると、俺の腕をつかんでぐいっと顔を寄せてくる。
「え?」
急に綺麗な顔が近くに来たので心臓が跳ね上がる、小声で話しかけてきた。
「くく、くるわまち、あり、あり、ああ、ありが……とう……、あのバカを……助けてくれて」
「ス、スミレ先輩……」
「お、おまえは、いざというときに、た、たよりになるな、か、かっこよかった!」
「うえ! あ、ああ、ど、どうも! こ、こっちも、かっこいいなんて、いわれたことなかかったです!」
ここでお互い黙ってしまう、うわ、確かにかっこいいなんて言われたことなかったから、ちょっと嬉しいかも……。
「じーーーーーーー」
「ミコト、目が怖いんだけど」
「ユウトは、年上美人に弱い」
「なんだよそれ」
瞳孔を開いて俺を見てくるミコト、ミコトの横でトモヤ先輩はスミレ先輩を見ながらふむふむと頷いている。
「ああ、やっぱりか」
「はあ!? 何がだバカ!! 何のことだバカ!!」
「いや、報道部の写真オッケーした時からもしかしてとは思っていたけど」
「それは違うぞバカ!! 生徒会活動として仕方なくだバカ!!」
「仕方なくって、萱沼に頼まれた時にも断ったぐらいじゃないか」
「それ以上言うと殺すバカ!!」
「はっはっは、なんか語尾みたいになってるぞ、それに別に反対なんてしないよ、だがユウト、兄貴として一つだけ言わせてもらう、浮気は三回までだぞ、それ以上は許さブヘ!」
「何勝手に許してんだよ! 郭町、私は許さないぞ! というか付き合ってもいないからどうでもいいけどな!」
「はは……」
いつの間にかミコトから借りたトンカチで思いっきり叩いたスミレ先輩、叩かれたトモヤ先輩は倒れてピクリとも動かないけど大丈夫だろうか。
●
――報道部副部長、天地天命が覚醒の約束の地を模倣
今朝の報道部の新聞と学内ネットで、そんな見出しでデカデカと報道されていた。
寺尾先輩には申し訳ないけど意外だった、まさか自分の不祥事を自分で報道するとは思わなかったのか、かなりの人数が学園新聞を読んでいる。その記事を読んでひそひそと噂をするほかの生徒たち、大抵は悪口だけど。
新聞を読んだ後にカナエさんに確認したら、今回の報道部への処分内容はこうだ。
『自分の納得するやり方で今回の始末をつけること、それについての報告書を提出すること』
意地悪だなぁと思ったら、さらにこんなことを言っていた。
『ルールというものはね、破る破らせるはとても簡単だけど、守る守らせるはとても難しいこと、なら私は「いくらでもノーリスクで破ることができる自分に対してのルール」をどこまで厳しくできるかを試すために寺尾さんに下したのよ』
だそうだ。となれば、これは寺尾先輩なりの意地のつもりなんだろう、結局あの副部長のことは「仕事で返させる」らしく、今後ともこき使っていくそうだ。
「ユウト! 見てみろ、妹パラダイス♪―完全版―、追加CGがアップされてるぞ!」
トモヤ先輩がテーブルの上から俺を呼びかける。
追加CGか、あの写真がモデルになったCG、ウキウキ気分でサイトを開くトモヤ先輩、俺も気になってみてみる。
(あっ……)
危ない、思わず声が出そうになった、主人公とヒロインが半裸でお姫様抱っこをしているシーンがあった、あれって、あの写真だよ、うん、様子から見ると2人の「事後」ってことだよな。
「ほほう、流石猫キャットさん、このアングルは素晴らしいぞよ、ツバサちゃんの若干見えるか見えないかの焦らしプレイがまた!」
(それはひょっとしてギャグで言っているのか?)
いかんいかん、俺も毒されている、なんだろう、あの時のことを聞いてみたいけど、聞くのも怖い気がする。
「あのー、前に比べて少し絵柄が変わったような気がしません?」
「ほほう、やはり貴殿は慧眼だなユウトよ、だがよくあることなのだ、流石猫キャットさん、いい仕事していますねぇ~」
(そうじゃないけど、まあいいか、本人も楽しそうだし)
そんな緩やかな時間、ここはトモヤ先輩の部屋、あの後報道部の報告を受けて、萱沼委員長から正式な拘束解除の命令が来て、結果、トモヤ先輩の無事無実を証明することもできて、いつもの時間を取り戻していた。
「トモヤ先輩、あまり気にしていないんですね」
「え? ああ、萱沼は最初から俺のことは容疑者から外していたっぽい、しかし不思議だよな、嘘はすぐばれるのに、本当のことは信じてくれるんだよなぁ」
不思議そうな顔をするトモヤ先輩、まあ、あの時、俺もトモヤ先輩の反応をみたからこそ、無実だと信じることができたんだけど。
ピンポーン。
「ん? はーい、だれー!?」
「…………」
応答がない。そのままドアを開きに行くトモヤ先輩。
「うお!」
ドアを開けた瞬間、追い出されるような形で、その部屋が女子で埋め尽くされた。
「この間はごめんなさいね、トモヤ君」
いつものように穏やかな笑顔を浮かべて、中央にいるのは萱沼先輩だった。
「え、いや、気にしなくていいけど、どうしたの今日は?」
「これを見て頂戴」
そのまま懐を探り、1枚の写真のようなものを取り出した。
そこには萱沼先輩のチャイナ服のコスプレコラ画像があった。
「こんな画像が出てきたの、素晴らしい出来よ、一瞬チャイナ服なんて着たかなって思ったぐらい、これについて何か知らないことはない?」
いつものとおり、決して詰め寄らず、有無を言わさない迫力。
さて、すでにオチは見えているが、トモヤ先輩はこう答えた。
「エ? ナンノコト? オレナニモシテナイヨ?」
「あら、この技術を見てトモヤ君だと思ったのだけど」
「ダカラ、ナニモ、シテナイッテバ」
トモヤ先輩の言葉に萱沼先輩は不安そうな顔をすると自分で自分を抱きしめる。
「そう、この画像以外にも際どい水着のコラもあるのよ、気持ち悪い」
「それは俺じゃないぞ! 別の奴がやったんだ!」
言い終わった瞬間にトモヤ先輩は天を仰いだ。
「かか、萱沼、これは違うんだ、女のお前に理解しろというのは難しいのはわかってる、だが男には男のロマンというのがあって、この画像はロマンから生み出されたものなんだよ、ほら男ってさ、負けるとわかっていても戦わなければいけない時があるんだよ」
「そう、なら存分に負けてもらうわ、来なさい」
風紀委員に襟首をつかまれて再びドナドナされていって、俺と……萱沼先輩だけ残された。
「色々ありがとうございました、萱沼先輩」
「それはこっちのセリフ、とっても面白い生徒会になった、みんなが力を合わせるというのは私の代ではできなかった、これからも生徒会を、スミレをよろしくね」
萱沼先輩は笑顔でトモヤ先輩の部屋を後にして、こうして事件は解決したのであった。