天地天命が覚醒の約束の地 ~右腕に込められし我が龍の発動編~
あの後ドナドナされていったあと、トモヤ先輩と連絡は一切つかなかった。
長いお仕置きを受けているのかと思ったら、スミレ先輩から朝一で、放課後すぐに緊急会議があるから生徒会室に集まるように指示があった。
だから今俺とミコトが2人並んで座って、スミレ先輩を待っている。話の流れからしてトモヤ先輩のことなんだろうけど……。
「遅くなってすまない、萱沼先輩との話が長引いてしまった」
そう言いながら生徒会室にスミレ先輩が入ってきた、カバンを置くとそのままホワイトボードに文字を書き連ねる。
――天地天命が覚醒の約束の地
「2人とも、今日の議題は見てのとおり、天地天命が覚醒の約束の地についてだ」
しんと静まり返る生徒会室、誰も発言しようとしない中おずおずと俺は手を挙げる。
「……あの、スミレ先輩、ネーミング……」
「……前に言ったろ、中二病にはまっていたんだよ、あのバカは」
「あのバカってことは、まあ予想はしていましたけど」
「そうだ、あのバカは現在風紀委員会に身柄を拘束されている」
昨日つまり、トモヤ先輩がドナドナされた日。
トモヤ先輩は連行後、生徒会規則にのっとり身柄を拘束、そして証拠隠滅阻止のため、現在仙波屋の本部、支部を風紀委員が支配下に置いた。
「ミコト、そうなのか?」
「うん、昨日の夜に萱沼先輩から連絡がきた、拒否はできないこと、納得はできなくても理解はしてほしいこと、詳細はスミレ先輩から聞いてくれと言ってきた」
「なるほどな、スミレ先輩、えーっと、天地天命の……えーっと」
「天地天命が覚醒の約束の地だ、というか好きに呼んでくれ、言うこっちも恥ずかしい」
「じゃあ、約束の地で、これはなんなんですか?」
「……乙女の口からは言えない!」
(乙女って……)
「話をつづけるぞ、現在萱沼委員長指揮の元、あのバカの取調べが続いているのが今の状況だ、そして今日の夜に寺尾先輩に頼んで広報を行い、明日報道されるだろうとのことだ」
ここで手を挙げたのはミコトだ。
「支部が使えないのは困る、スミレ先輩、どうするの?」
ミコトの質問にスミレ先輩は腕を組んで悩んでしまう。
「正直、どうすることもできないんだ、向こうの情報が入ってこないから対策の立てようがない、風紀委員会の審判を待つしかない、ま、往生際が悪いからな、あのバカは」
「いいえ、たぶんトモヤ先輩は「限りなく疑わしい」というレベルで、確定には至っていませんね」
「「え?」」
2人が俺を見る。
「ど、どうしてそれがわかるんだ?」
「だって今までのお仕置きと全然違うじゃないですか、問答無用じゃないというのが」
俺はトモヤ先輩が捕まった時のことを説明する。
あの時の萱沼先輩は、面食らっているトモヤ先輩に対して突然約束の地を出して反応を伺っていた。
誤魔化すのが下手なのはともかくとして、あの時のトモヤ先輩は本当に意味が分からない様子だった。
「そしてそれは萱沼委員長もわかっていると思います、この名前を聞く限り、前科はあるわけですからね」
「そ、そうか、なるほどな」
「トモヤ先輩と会いたいですね、お願いすれば、おそらく会うことはできるはずです」
「わ、わかった! 萱沼先輩に連絡を取ってみる!」
●
お仕置き部屋。
風紀委員会の詰所の隣に設けられている拘束場所。使われた回数は数えるほどらしい、詰所にいた萱沼先輩にお願いしたところ呆気ないほどに簡単にオッケーをもらった。
ただ面会室は1人しか入れないとのことなので、代表として俺が入ることになり、風紀委員会の人に通されたのはテレビドラマで見るような、ガラス越しの面会室だった。
どことなく緊張する中、ガチャリとお仕置き部屋からの直通の扉が開き、トモヤ先輩が現れた。
コントに出てくるような白黒の横縞の囚人服を着て……。
「なんでそんなベタな服着ているんですか?」
「いや、ポケットがない服は持っているかって言われてさ、前に通販で買ったやつがあったから、あるよって言ったら、じゃあそれ着ろって」
「自前なんですかそれ、あの、というか、まったく状況が呑み込めていないんですけど」
「あれ? スミレとミコトちゃんから聞いてないの?」
「いや、なんか乙女の口から言えないとかなんとか」
「ぶは! 乙女!」
ゲラゲラ笑うトモヤ先輩、うん、全く変わりなく緊張感がまるでない。ひとしきり笑ったトモヤ先輩は懐かしそうに目を細める。
「それにしても、懐かしい名前を聞いたよ、天地天命が覚醒の約束の地か……」
「あのー、いい加減なんだか教えてもらえませんか?」
「それはな……」
ずいと、ガラスに顔を近づけるトモヤ先輩。
「ゴクッ、それは?」
「女子生徒のスカートのぞきスポットのことだ!!」
「…………」
「…………」
「えーーーーー!!! のぞきスポットぉ!? これだけ溜めておいて、そんなオチなの!!??」
「そんなオチとかいうな! AV女優の裸よりもクラスメイトのブラチラ! 男ならわかるだろうが!」
「まったくもってそのとおりですけども! 約束の地とか覚醒ってそういう意味!?」
「ほほう、ピンと来るとはさすがだなユウト」
(うれしくない!)
というか、女子のスカートの覗きスポットか……。
「トモヤ先輩、やったことは正直に言いましょうよ、男らしくないですよ」
「ひどいよ! 俺じゃないの! ホントなの!」
本当かなぁ、なんかここに来るときにどや顔で「限りなく疑わしいだけですよ」とか推理したのが今更恥ずかしくなってきた。
まあでも言い分は聞くかと思い、トモヤ先輩に問いかける。
「じゃあ、まず、その約束の地の事件を話してくださいよ」
「うむ、あれは西暦20××年、地に眠りし覚醒された我が龍が」
「そういうのいいですから、普通に話してください」
「ノリの悪いやつめ、ほら、ここってさ、大正モダンだからいろいろと余分なスペースがあるからさ、まあそれが趣があっていいんだけど、せっかく女子高生だらけの高校に入ったんだから、いい覗きスポットがあるんじゃないかと思って入学当時いろいろ探し回ったんだよ」
という最低の語り口からトモヤ先輩の思い出話が始まった。
連雀学園高等部に入学した後、副会長に当選し、直後に仙波屋を立ち上げたばかりのころ、まだミコトも入っていない時の話。
トモヤ先輩は放課後、時折通る女子生徒のスカートの中を見ながら優雅にコーヒーを傾けていた。
「意外と白とか青とか無難なものばかりなんだな、漫画とかだと派手な下着をつけているパターンが多いが、それはそれで男の夢はしっかり守られているようでオジサン嬉しいよ」
そんなロマンを満喫する時間に不満はなかったのだが、トモヤ先輩はどこか空虚な思いを抱えていたらしい。
「こんなに素晴らしい場所を独り占めしていいのだろうか、いやよくない! 幸せはみんなで共有すべきなのだ! 仙波屋は男のロマンを実現するための同好会! そうだ! これを最初の活動にしよう!」
そう思い立ち、仙波屋としての活動を始める。
その時に後方手段として立ち上げたのは、生徒会室のパソコンを使い立ち上げた男子生徒だけがアクセス可能の極秘サイト「男のロマン企画」第一弾は、覗きスポットに決めたのだ。
ただ大前提として男のイタズラは絶対にバレるということを踏まえなければならない。
男性生徒だけとはいえ絶対にばれる、どれだけ秘密にしてもなぜかバレる、自分の中学時代の時にも似たようなことをしたが、やっぱりすぐにばれてしまうのだ。
男のいたずらは女にすぐばれる、これは世の常と言っていい。
となれば、どうせバレるのなら派手にやろう。
まずどうやって知らしめるか、これはすぐに決まった。使い捨てのメールアドレスを使い、男子生徒だけにメールを送る。
大事なのは「いつばれるか」ということ、こういった事態に動くのは間違いなく風紀委員会、なかなか手ごわいらしいが、自分のパソコンスキルと権限を使えばデータ上で動向を監視することができる、それを監視して引き際を見極めて指示を出す。
そしてトモヤ先輩は「夢、それは現実の続き、現実、それは夢の終わり」という恥ずかしげもなくパクったキャッチフレーズの元、その覗きスポットを「天地天命が覚醒の約束の地」と名付け、男子生徒限定で、共有フォルダに乗せて配布した。
配布した直後、風紀委員会の動向を学内ネットから監視、さすが風紀委員会、男子生徒たちに不穏動向があることを2日目には感じ取っていた。
さて、引き際をいつにするかという時に、衝撃の事実が判明する。
風紀委員会が覗きスポットだということが判明し、明後日に該当場所にいる男子生徒を一斉検挙するというデータが書き込まれたのだ。
「ふふん、まさかこれが読まれるとはお釈迦様でも思うまい」
さて、となると期限は明日までと一斉配信、明日思い出のアルバムに刻み込むために意気揚々と覗きスポットに向かった。
が、それが罠だったのだ。
実は、明後日一斉検挙をするという情報そのものが嘘で、実は一日早く摘発は行われた。
その時に覗きスポットにいた男子生徒は全員捕まり、首謀者が存在していることが浮上。
覗きスポットに「配布前から放課後必ずいた人物」としてトモヤ先輩が浮上し、当時生徒会員兼風紀委員会高等部1年だった萱沼カエデのカマかけにより自供、バレて簀巻きにされたのだった。
「以上がことの顛末だ、いや~、こっちが監視していることまでバレていたとはな、この罠って萱沼の発案だったらしくて、俺が犯人だって最初から見当つけていたんだって、すごいよね~」
「すごいよね~、じゃありませんよ! 拘束されるのには十分すぎる理由ですよね!?」
「いや~、それについては文句言えないよな~」
「トモヤ先輩、実際今回の事件はどの程度知っているんです?」
「えっと、覗きスポットの記載されたファイルが風紀委員会のデータベースに見つかったんだって、タイトルも一緒で、そんぐらいしか聞いてない、どうしようユウト?」
「んー、つまりトモヤ先輩の無実を晴らせばいいんですね?」
「頼めるか!?」
「なんとかやってみますよ、それと、トモヤ先輩」
「なんだ?」
「天地天命が覚醒の約束の地ってなんとかなりません? 言いづらくて」
「なんとかなりませんと言われてもなぁ、俺もすっかり忘れていたぐらいだし、文句は2年前の俺に言ってもらわないと」
「そんな無責任な」
「まあそこら辺は適当でいいよ、さっき言ってたみたいに約束の地とかでいいさ」
(なんか、夢と同じくグダグダな感じだなぁ)
とはいえあの時は夢から覚めれば終わったけど、こっちは現実のことだ。さて、いろいろ頑張らないとな。
●
(うーん、情報が全くないというのも困りものだよなぁ)
面会を終えて生徒会室に向かう途中、色々考えても結局それに行きついてしまう。
聞いても教えてもらえないだろう、件のトモヤ先輩が全く何もわからないのが痛い、せめて風紀委員会の動向がつかめればいいが、萱沼先輩相手にそれができるのだろうかと、堂々巡りをしているときだった。
「郭町君」
突然背後から聞こえてきた声、もちろん誰かは声で分かった。
振り返ったその先に、萱沼先輩がいた。
「ちょうど夕食の時間だし、一緒にご飯でも食べない? おごるよ」
●
「こ、これは!」
連雀学園の食堂、萱沼先輩が奢ってくれたのは特選ランチセットだった。
流石元名門女子校、レストランのシェフを雇い、各地から取り寄せた厳選素材を使った料亭で出されるレベルを一食800円という驚異的な値段を実現させた。
とはいえ普通に考えれば破格に安いものの学生からすれば高すぎる。
ゆえに、特別なことがあったりしたときに、一念発起して食べる特別なものだ。
「…………」
いつもショーウインドー越しにしかないものが目の前にある。すごい美味しそうだが、当然すぐに手を付けることはできない。
正面に座る萱沼先輩はこれ見よがしに普通の300円のAセット定食だ。
「さあ、遠慮せずに、下心も他意もあるけどね」
「なるほど、じゃ、いただきます」
口につけた瞬間にうまみが広がる。
「うわっ、うまい!」
夢中でかきこんでしまう、素材もいいのだけど、それを生かしているというか、学校でこんなにおいしいものが食べられるなんて不思議という妙な感想まで出てくる。
「……サヤから聞いたとおりね」
「え?」
「物怖じしないというか度胸がある、そんな感じ、意外って言い方は失礼かな」
「はあ……って、寺尾先輩のこと、サヤって呼ぶんですか?」
「ん? サヤとは仲いいよ、普通に遊びに行ったりするし、意外だった?」
「ええ、まあ……」
確かに意外だ、スミレ先輩の言い方だと仲が悪いって勝手に思っていたけど。
「サヤの言うことは間違いじゃないよ、私は先代生徒会長としては、本当に可もなく不可もなくだったからね」
「そんなことはないと思いますけど」
トモヤ先輩の言はともかく、確かに駆け引きは上手な感じ、なら直球に切り替えてみるか。
「萱沼先輩は、トモヤ先輩が無実だと思っているんですか?」
「…………」
萱沼先輩はすぐには答えない、直球過ぎたかな。
「個人的には無実だと思っている」
「個人的には……ですか」
「そう、でもいかんせん状況証拠がそろいすぎているからね、このままだとあまりよくない、特に認めてないから反省の色もないという論調が多数を占めている状況ね」
俺はここで再び豪華ランチを視線を落とす。
「……これはそういう意味なんですね?」
「すぐに気づくなんて意外と聡いというのも本当だったのね、でもこのままだと何もやりようがないと思うから、ひとつヒントを教えてあげる」
「ヒント?」
「私たち風紀委員会はちゃんと生徒会規則にのっとってトモヤ君を拘束したってことよ、だから拘束行為そのものに因縁をつけても、まるで意味がないということ」
「…………」
「私から言えるのはそれだけ、頼りにしているよ、副会長さん」
●
「ユウト! お帰り! 遅いから心配した!」
「ああ、ただいま」
ディナーはすごい美味しかったけど、結構疲れた、独特の迫力持っているよなあの人。
とはいえ、最後のヒントは役に立った。おかげでいろいろとやらなければならないことができた。
俺はスミレ先輩を見る。
「…………」
むすっとした顔で座っているスミレ先輩。
「スミレ先輩、手伝ってください、トモヤ先輩のために全員の力が必要です」
「……あのバカが犯人だったらどうするんだ?」
「その時はたっぷりと萱沼先輩とスミレ先輩にお仕置きしてもらいますよ、萱沼先輩からも頼まれましたし」
「……わかった、萱沼先輩とお前がそこまで言うのなら手伝おう、とはいえどうするんだ?」
「多分規則に抜け道があると思います、そこをつく必要があるかと」
「抜け道?」
はっきりとは言わなかったが、萱沼先輩は暗にそれを含んだ言い方をしていた。
俺は、棚から生徒会規則が記された冊子を取り出して広げる。
第264条からなる生徒会規則は、すべてカナエさんが作ったのだそうだ。学園生活の様々なことが決められている、まずはトモヤ先輩を拘束した根拠を探す。
おそらく風紀委員会の項目だと思って調べるとすぐに見つかった。
――生徒たちの学校生活において著しい障害を与える行為の中で、疑わしい証拠がそろい、相手が否認しているときに限り、必要な期間拘束できるものとする。
「あのバカにものの見事に当てはまっているな」
ため息をつきながら呟くスミレ先輩、なるほど、拘束そのものに因縁をつけても意味がないってこういうことか。
「面白いですね」
「え?」
「いえ、解釈で如何様にも理解できるというところが」
「?」
「この分だと……あった」
やっぱりだ、被拘束者の権利について書いてある。
――被拘束者は、自らかけられた嫌疑について、それを晴らすために、助力を求めることができる。助力の範囲内については必要かつ正当と認められた時に限り認められる。
スミレ先輩は今度は何も言わず俺を見る。
「後半の文章、主語がありませんね」
「主語?」
「誰が必要かつ正当と認めるか書いていません」
「書いていませんって、それは風紀委員会の項目に書いてあるんだから、萱沼委員長だろう」
「いえ、カナエさんでもいいんじゃないかなって思うんですよ」
「……郭町、ひょっとして何か思いついたのか?」
俺が考えたこと、思いついたことをスミレ先輩に伝える。
「つまり、認める人間が生徒会会長なら通ると思うんですよ」
「わ、私が!?」
「はい、今回の件についてまず一番最初にしなければならないことは、主導権をこちらが握ることです。いちいち萱沼先輩に伺いを立てるとこちらの手の内がモロバレになる上に、決定権が向こうにあるのは致命的すぎます」
「…………」
俺の言葉にスミレ先輩は納得しながらもすぐには答えない、それはそうだ、生徒会長としての肩書を使えば真実は何であれ、身内びいきのそしりは免れないだろう。
「郭町、確認させてくれ、こちらが主導権を握った後のことは考えているのか?」
「もちろん、まずは」
「いや言わなくていい、ならばお前の提案に乗ることとしよう」
「…………」
今度はこっちが黙る番だ、いいのか、リスクしかないと思うのだけど。
「今回のことについて、どうやら私はできるのはリスクを背負うことぐらいのようだ、あのバカを頼むぞ郭町」
●
「クスクス、なるほど、生徒会長が認めるというのなら反対はできないね」
ここは風紀委員会の詰所、俺の提案に萱沼委員長はこう答えた。
「なら続いて伺いましょう、貴方たちの要望は何?」
俺の言葉を楽しむようにニヤリと笑いながら問いかける萱沼先輩に俺も同じ顔を返す。
「萱沼先輩、俺はトモヤ先輩がかけられた嫌疑について、自分で晴らす義務があると考えます、よってトモヤ先輩の一時的な拘束解除を要求します」
「っ!」
今度こそ、萱沼先輩は言葉を詰まらせ目を見開くが、すぐに平静を取り戻す。
「……まさか、そう言ってくるとは思わなかったよ」
「正直、今のままじゃなんの助力もできません、無実だと訴えるぐらいですからね」
「……もし、トモヤ君が犯人だったらどうするの?」
「それはもちろん、処分権者である萱沼先輩がいかようにでもしてください」
俺の言葉に萱沼先輩は視線をスミレ先輩に移す。
「……スミレ、貴方には何回も教えたよね、権力とリスクは正比例の関係にあると」
「はい、覚悟の上です」
断言した萱沼先輩はスミレ先輩から視線を外し再び俺を見る。
「特選ランチセットを奢った甲斐はあったかな、頑張ってね」
●
あの後、拘束解除の生徒会の要請に萱沼先輩は承諾することになった。
その際につけられた条件は二つ。
・ 拘束解除の再解除については、風紀委員会委員長萱沼カエデの専権とする。
・ 拘束解除中は生徒会役員の誰かが必ず一緒にいること。
だそうだ、よかった、まずは第一段階終了、こちら側が全責任を負うという形なら「萱沼先輩も委員会を説得させやすいだろう」と思っていたがうまくやってくれたようだ。
拘束解除の手続きをするから待ってくれてと言われた俺たちは、お仕置き部屋の外で待っている。
「スミレ先輩、ありがとうございました」
「……ふん、あのバカはどうしようもないバカだが、兄貴は、兄貴だ、それに、私は後輩を信じると決めたんだよ、猶予はあまりないがな」
猶予、萱沼先輩は「仙波トモヤが犯人でない場合、広報が「真犯人」に対して利益を与える虞があるため、審議をもって再度決める」と言ってくれた。
つまり内緒にしてくれるということだ。
とはいえいつまでもという訳にはいかない、具体的な日付は言わなかったが、萱沼先輩も部内を抑えるのにも限界があるだろう。
色々どうするか考えていたところ、かちゃりと扉が開く音がした。
扉が開いたのはお仕置き部屋の扉。
風紀委員に付き添われる形でトモヤ先輩が出てきた。
「…………」
トモヤ先輩は、俺たちの姿を見るとウルウルと目を潤ませる。
「ミコトちゅわ~ん、その胸で、俺の傷ついた心を慰めブヘェ!!」
「セクハラ禁止」
トンカチで叩かれて地面に蹲るトモヤ先輩を見て、スミレ先輩が話しかける。
「……おいバカ、本当にお前じゃないのか?」
「ま、疑われるのは当たり前だが、俺じゃないよ」
「わかった、今回のことで、何が何でも無実を晴らさなければならなくなった、それは理解しているか?」
「してはいるけど、まず何から手を付けたらいいのかさっぱりわからんぞ」
トモヤ先輩の言葉に確かにと頷くスミレ先輩は俺を見る。
「郭町、お前の意見を聞かせてくれ」
「へ? ユウト?」
不思議そうなトモヤ先輩にミコトが頷く。
「うん、トモヤ先輩がここにいるのは、ユウトのおかげ」
「ほーう、流石だな、仙波屋を継ぐ者よ」
「継ぎません、それに、俺は助言をしただけですよ、スミレ先輩がリスクを背負ってくれたおかげです」
「……ふーん、意外だな」
「いやいや意外って、妹なんですから」
「いや、そういう意味じゃないんだが……まあいいか、そうだな、わかった、ならお前に従おう、副会長よ」
俺はコホンと咳ばらいをすると3人に向き直る。
「まず目的をはっきりする必要があります、無実を晴らすというのはどういうことなのかということです、そのためにはまず件のファイルがどこにあるか確認する必要があります」
俺の言葉にミコトが手を挙げる。
「でもユウト、それを萱沼先輩に聞いて教えてくれるの?」
「教えてくれるわけないし、その必要もない、トモヤ先輩、生徒会のパソコンから風紀委員会のデータベースにアクセスしてください」
●
「これだな」
生徒会室に戻り、役員のパソコンから風紀委員会のデータベースにハックを行い該当ファイルを見つけ出した。
確かに約束の地のタイトルが示されている、開いてみると、覗きスポットが書かれていた。
「描き方も真似ている感じだなぁ~」
トモヤ先輩の横で何か考え事をしているスミレ先輩。
「おいバカ、どうして風紀委員会のデータベースにスムーズに潜り込めるんだ?」
「エ!? サア!?」
「くっ、いろいろ問い詰めたいが、まあいい、進めてくれ」
「ほいほい~」
そのままトモヤ先輩はデータベースの当該ファイルを解析を進める。
該当ファイルは風紀委員会のデータベースに1週間前に情報教室から埋め込まれたものであること。
埋め込んだIDは不明、誰が使用したかはわからないこと。
情報教室のパソコンの使用には、先生に直接使用許可をもらわなければならないが、複数人で使う場合は、代表者1名の名前だけでよく、該当時間も多数の人間が使用しており個人の特定は困難であること。
「1週間前か……」
ずいぶん対応が遅い、あの時の萱沼先輩の様子を見ると手をこまねいているという様子じゃなかった。
となると多分だけど、トモヤ先輩のことを内偵していたのか、トモヤ先輩の調査をして、決定的な証拠をつかめずってところか。
「トモヤ先輩、このファイルを埋め込んだ人物が犯人ってことになるんですか」
「うーん、正直何とも言えない、特に汎用のIDとパスワードで誰でも使えるからなぁ~」
「なら、次は、現場に来ますか、トモヤ先輩行きましょう」
「へ? どこに?」
「のぞきスポットですよ」
俺の言葉にスミレ先輩とミコトも頷く。
「なるほど、現場に行ってみるのも大事だな」
「いえ、トモヤ先輩と2人だけで行きますよ」
「ユウト! 見たければ私のを見ればいい! どうして他の女を見たがるの!?」
「連雀さん、郭町だって、このバカほどじゃないけど、男にはあるんだろ、いろいろと、せめて私たちぐらいは理解をしてあげよう」
「違いますってば! こういう時って、男は女子の目を警戒するんですよ!」