軍艦島のお化け屋敷の謎を追え!
――仙波トモヤ、男のロマンの向こう側へダイブ
そういった見出しで校舎の一番目立つ掲示板に報道部がデカデカと学園新聞を表示されていた。
あの後が大変だった、まずはトモヤ先輩を救出するのに一苦労、パワードスーツを回収するのに一苦労、俺とスミレ先輩とミコトはそのまま職員室に連れていかれ徹底的に絞られた。
「まったく、お前は少しは反省しろよ」
隣にいたミコトに話しかける。
「うん、あの激しい動きができるように設計しておきながら、それでバランスを崩してしまったのは私のミスだから」
「そっちの反省じゃねえ」
掲示板から視線を外すと2人並んで生徒会室への足を向ける。
もちろん事の次第はすべてカナエさんに報告されて、どのような処分が下るかが今日決定される、そのため現在スミレ先輩は理事長室にいるはずだ。
入学して3日目に停学かな、なんか笑えない。今日は授業を受けたけど、女子達の目は冷たかった、きつかった。
陰鬱とした気持ちのまま生徒会室に入って驚く、もうすでにスミレ先輩がいた。
「ほら、ミコト」
俺はそのままミコトを前に出す。
「スミレ先輩、ごめんなさい」
ミコトの言葉にトモヤ先輩は優しく微笑むと頭をなでる。
「いいんだよ、よく考えたら連雀さんはあのバカに言われて作っただけだ、使い方を間違えたあのバカが全部悪いからな、連雀さんの普段の素行は知っているからな」
「…………」
不思議な顔をしてスミレ先輩を見るミコト、そうか、ストレートに自分を見られることが余り無いミコトにとって、この反応は新鮮なわけか。
ミコトの頭から手を放したスミレ先輩は窓をガラッとあける。
「おいバカ、反省文はかけたのか?」
そこには簀巻きにされて筆を口に咥えて吊るされているトモヤ先輩がいた。
スミレ先輩は、窓に張り付けてある紙に目をやる。
「まだじゃないか、頑張ってごめんなさいを書いてくれよ」
そのまま無情に窓が締められる。お仕置きの方向性がずれているような気がするが、深くは突っ込めない、怖いから。
「さて、生徒会活動を始めるぞ、議題は察しのとおり、今回の不祥事で理事長から正式な処分が下された」
スミレ先輩の言葉で場が引き締まる。そのままスミレ先輩は上質紙を差し出す、そこには理事長印が押された上でこう書かれていた。
――生徒会は今回の事件に対し以下の処分を負うものとする。
――生徒から寄せられた頼みごとを解決すること。
――その功績に応じてポイントを付与する、一か月以内に100ポイントを達成すること。
「これが今回私たちに下された処分内容だ、まあ生徒たちの頼みごとを聞くのも生徒会の仕事だからな、特別のことをしようという訳じゃないが」
「あの、停学とか、じゃないんですか?」
「停学や謹慎といった処分は存在しない、活動に即した処分が下されるのが連雀学園の特徴だ。色々な内容があるが、理事長の処分内容を完遂できなかった場合、それぞれの科目の「付加点」が0になる」
連雀学園では先生によって課題や授業態度で「付加点」をつける習わしなのだが、それが0になる、それぞれに処分内容は全く違うが、クリアできない場合のペナルティは一緒なのだという。
「連雀さんのおかげで当分の仕事は片付いたからな、処分内容に専念できるのはありがたいな、みんなで頑張ろう」
スミレ先輩は、自分の席の横に置いていた木製の箱を会議用の机の上に置く。
「これが投書箱だ、さて、開くぞ」
これが生徒会の初仕事か、なんか緊張する。
蓋を開いて3人でのぞき込むが、そこにはたった1枚の紙きれしか置いてなかった。
ちょっとがっかりしたが、まあ1枚でも仕事は仕事だ、俺は折りたたまれた用紙を広げて読み上げる。
「えー、軍艦島にお化けが出るので正体を調べてほしい、なんだこりゃ?」
「軍艦島は今は使われていない廃墟のことだ、戦前は倉庫に使っていたようだがな」
「戦前って、連雀学園ってどれぐらいの歴史を持っているんです?」
「辿れないほどに古い歴史を持つそうだ、戦国時代の大名が立てた月修館という学び舎が始まりと言われているが、もっと古いという説もあるぞ」
「戦国時代って、全然ピンときませんね」
「うーん、頼みごとが何も無いとなると困ったな、探しに行くのも何か違うし」
「え? いや、あるじゃないですか、軍艦島のお化けが」
「できない、なぜなら私がお化けが怖いからだ」
「…………」
そんな、堂々と言われても。
「軍艦島のお化けをなめてはいけない、私が入学した時からあった有名な話があるんだ」
(なんか語り始めたぞ)
「ある時興味本位で忍び込んだグループがいてな、ラップ現象が起きてもそれを面白がるぐらいだったらしいが、突然「3階」の窓に少女の姿が浮かび上がり、耳元で「死ね」と囁かれたそうだ。パニック状態になった女子生徒たちは一目散に逃げたらしいが、出られなくなってしまい行方不明になってしまったそうだ。つまり私が何が言いたいのかというと」
「いるんだよ!! 軍艦島のお化けがな!!」
怖い、お化けよりもスミレ先輩の語り口が怖い、全員が行方不明になったのに、どうして詳細が分かっているとかありがちな矛盾点に突っ込めない。
「あのー、スミレ先輩、この依頼って全員でこなさなければならないんですか?」
「そんな規定はない、部外者の助力を願っても大丈夫だぞ」
「なら、ミコト、一緒に行くか」
「わかった、ユウトがそういうのなら」
しょうがない、お化けか、そこまで言われると確かに少し怖いけど、興味もある。
「わわわわわかった! わわわわわたしもいく!」
思いっきり腰が引けた状態でスミレ先輩が立ち上がった。
「いや、あの、無理しなくても」
「おまえたちになにかあったらだれがおまえらをたすけるんだ!」
早口でまくしたてるスミレ先輩、多分これは大丈夫だといってもついてくる感じだ。
「わかりました、全員で行きましょう、いざとなったら囮にでも使ってくださいよ」
●
「ひいいい」
スミレ先輩がガタガタ震えている。連雀学園は敷地が広大なのですべてが舗装されているという訳ではなく、森林になっている部分も広く、生徒たちでもどれぐらい広いのかわからないそうだ。
軍艦島は森林になっている部分にあるそうで、俺たちは一応道と呼べる獣道に近い道を進む、日は森で遮られてるし、日も落ちているから暗い、意外と物音もしないので不気味だ。
「あの、スミレ先輩」
「わたしはおまえたちのせんぱいなんだだからなにかあったらたすけるんだ!」
俺の腰のあたりを鷲掴みにして進むからなかなか進まない、護身用として木刀まで用意してる。そういえば剣道部だったっけ、まあ幽霊に木刀は通じないと思うんだけど。
とのろのろ進行すること20分、やっと目的地にたどり着いた。
「お~」
思わず声が出てしまう、軍艦島と呼ばれている理由がわかった、湖の中央に小島があって、そこに廃墟となった建物が立っている。
でも怪談なんてとんでもない、月明かりに照らされた景色はちょっと幻想的でもある。
「あわわわわわわ、ユウト! 怖い怖い怖い!」
「あのー、ここで待ってもらえますか」
「いやだ! こんなところに1人なんて絶対嫌だ!」
「えっと、じゃあミコト、俺は1人で行ってくるから、2人でここ待っててほしいんだけど」
「だめだ! 何かあったらだれが助けてやるんだ!」
「…………」
結局3人で行くことになった、中に入ってからさらに進行は遅くなる。でも確かに廃墟ということで雰囲気はある、1人じゃ心細かったかも。
「ここって、なんのために作られたんだっけ?」
「たたた、たたたた!」
スミレ先輩の言っている意味が分からないが、ミコトが手元の資料を広げている。
「ここは大政奉還の年に作られたと書いてある、当初は普通に学び舎として作られたそう」
「大政奉還って、その割には新しい気がするけど」
「ぞぞぞ、ぞぞぞ!」
スミレ先輩の言っている意味が分からないが、ミコトは手元の資料を読み上げる。
「増改築を何度も繰り返しているらしい」
「なるほどね~」
パチンパチン。
「ギャアアアア!!」
「うわああ! びっくりした! スミレ先輩! 大声出さないでくださいよ!」
「ラップ現象! らっぷ現象! らっぷげんしょお!」
「ラップ現象って……」
パチンパチン。
耳を澄ますまでもなく、確かに音がする。
不思議だ、音がするのに、こう「パチンパチン」として表現のしようのない奇妙な音が、遠くで近くで、あたりで鳴り響いている。
「うお……でもこれ……」
怖い、原因がわからない音というのは確かに怖い、別に何かがあるわけじゃないが。
「ユウト、痛い」
「あ、ごめん」
思わずミコトの手を強く握っていたようで、慌てて放す、いつのまにか手汗をびっしょりかいている。
「ユウト、ラップ現象は科学的に証明されている、怖いことはない」
「お、おう、わるいな、俺も少し怖くなってきた」
情けない、一番落ち着いているのはミコトじゃないか。俺も男だからなしっかりしないと。
パチンパチン。
「ギャアアアア!! ラップげんしょおおぉぉ!!」
「うわああびっくりした! スミレ先輩! だから大声出さないでくださいよ!」
にゃーにゃー。
「ギャアアア!! ねこぉぉぉぉ!!」
「い、いや! 猫は怖くないでしょうよ!」
「うううう~」
半泣き状態のスミレ先輩、ちょっと可愛い、まあ隣でこれだけ怖がってくれるミコトっちは何とか冷静になれる。かろうじて男のメンツは保たれているのか、なんて情けないけど。
突然、スミレ先輩の足がぴたりと止まる、目は恐怖に見開かれている。
「こここここ声が聞こえる、わわわわ笑い声が聞こえる」
「え?」
耳を澄ましてみる。確かに聞こえる、不気味が笑い声が。
デュホホアアア
文字で表すとしたらこんな感じ、確かにこの世のものとは思えないほど不気味な笑い声が聞こえる。
「あわわわ!! こここい!! 私が相手だ!!」
そのままへたり込みんでぶんぶんと木刀を振り回している。
「待ってくださいスミレ先輩、この笑い声は奥から聞こえます」
「ふえ!?」
今まで起きたラップ現象はどこから音が発しているか全くわからないが、この笑い声だけは別だ。ちょうど一番奥の部屋から聞こえてくるのだ。
俺は意を決してスミレ先輩に話しかける。
「た、確かめましょう、それが依頼です」
「わわわわわかってる、わたしもいくぞ! かえれなんていうなよ!」
「いえ、できれば、ここで2人で待ってください」
「え?」
俺もいつの間にかひざが笑っている。
「ご、ごめんなさい、俺も怖くて、今1人になったら、まずいかも、だからここにいて見守ってください」
「…………」
呆けているスミレ先輩だったが。
「わわわかった、背中は任せろ!」
漫画の戦いの中のセリフみたいで、少し気が楽になる。
少しづつ少しづつ近づくと暗闇の中から扉のシルエットが鮮明になってくる、このときあることに気が付いた。
(あれ? 明かりがついてる?)
明かり、間違いなく人為的な明かりだ、なんだろうこんな人気のないところで。
「…………」
嫌な予感を払拭するように首を振る、ここで人が1人で何かをしているというのもある意味お化けよりも十分に不気味だ。
勇気をもって、隙間からのぞいたその先……。
「ふいー! これで完成! ドラ○エのロ○の剣! 完成したぜい!」
悦に入っているトモヤ先輩がいた。
「…………」
横には○トの剣を作ったと思われる「ふいご」がある、トモヤ先輩は刀身を目線に合わせて出来栄えをチェックしている。
「うんうん、自分でもいい出来だ、さっそく上月に連絡、イベントには間に合わせたぞ、と、さっそく、ラインで写真付きで送って……おーう! よしよし! じゃあ報酬としてツバサちゃんの可愛いレイヤーのきわどい写真をお忘れなく……と!」
そのままやり遂げた顔をして額の汗をぬぐう。
「さーて、そろそろ戻らないとだな、ふふんスミレよ愚かなり、いつも簀巻きばかりじゃ簡単に抜け出せるようになったのだぜ、人は学習する生き物なのだ、あとは適当にごめんなさいって書いた反省文を書きあげれば、か・ん・ぺ・き! く、くくっ」
ここで額に片手をあてながら高笑いを始めた。
「はっはっはっは、あーっはっはっは! …………はは、……あのいつから?」
「ドラ○エのロ○の剣が完成したとか」
「どどどどうしてここに!?」
「そういえば、窓の外につるされて知らなかったんですよね、えっと軍艦島のお化けを調べてほしいって依頼があってここにきているんです」
「ひいい! ユウト! 頼むスミレにだけは内緒にしていてくれ! これがバレたらやばいんだ! あいつお化けとか苦手だろうから来てないんだろ!?」
「えーっと……」
先ほどから感じる殺気、時はもうすでに遅い、そのまま半開きになった扉からスミレ先輩がこれ以上ない冷たい目で立っていた。
助からない、そう思ったスミレ先輩はきょろきょろとあたりを見渡すとぱっと何かを思いついたトモヤ先輩はスミレ先輩の後ろを指さす。
「あー! スミレの後ろに長い髪の女の幽霊が!」
「…………」
「あれー!? 幽霊怖いんじゃなかったっけ!?」
「ああ怖いさ、怖くて怖くて、兄貴に抱き着きたくなった、よかったなぁ、美少女の妹に抱き着いてもらえるなんて」
つかつかと近づくと、トモヤ先輩をそのまま抱きしめる。
最初は優しく、そして徐々に力を強めてぎりぎりと徐々にトモヤ先輩がそのまま少しずつ「く」の字に折れ曲がっていく。
グキンと嫌な音がしたところで。
「ひょんげーーーーー!!!」
トモヤ先輩の断末魔が建物内に木霊した。
●
「ふん、軍艦島のお化けが聞いてあきれる、おびえた自分がバカみたいだな」
部屋の椅子に座りふんぞり返るスミレ先輩。
「それにしても、ここは……」
部屋を見渡してみるとゲームやアニメに出てきそうな道具で埋め尽くされており、壁は「妹パラダイス♪」のツバサちゃんのポスターで埋め尽くされている。
『ここは連雀支部なのだ!』
ふいに思いだす。仙波屋の連雀「支部」といっていたけど、まさか……。
「ユウト、気が付いたようだな、ここは仙波屋の本部、入学した時から使っている俺の隠れ家なんだよ」
ドヤ顔で決めるトモヤ先輩、体が「くの字」に折れ曲がったままだけど。
トモヤ先輩によると、仙波屋は男のロマンを実現させるために設立されたものの、最初はテレビやアニメで出てくるような道具を作るものが主で、活動場所がなくここを拠点したらしい。
その後、ミコトが加入したのち、男のロマン実現のために本格始動し拠点を現在の倉庫に移したものの、思い出の場所として本部のままにしているのだそうだ。
「ミコト、前にハードがお前でソフトがトモヤ先輩だって言わなかったっけ?」
俺の言葉にミコトはロ○の剣を手に取るとしげしげと眺める。
「これにハードもソフトも必要ない、だから私は手伝わない、そう言った、でもこれはいい出来、努力した証、でも本当の才能はソフトの方、もったいない」
「それが、仙波屋に入った理由なのか?」
俺の言葉に頷くミコト、なるほど、能力を認めたからか、なんともミコトらしい理由。
そしてこういったものを作るときには今でも1人で制作しているのだそうだ、ここまで話を聞いてもう一つ思い出したことがあった。
「なるほど、スミレ先輩が言った噂って……」
スミレ先輩が入学当時からある有名な話、ラップ現象がトモヤ先輩の声と道具を作る音だったということ、行方不明と女の幽霊はありがちな尾ひれか。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花、まあ普通に考えればそうですよね」
当たり前と言えば当たり前だがほっと一安心、これで一件落着だ。
パチンパチン。
突然聞こえた音にびくっと体が震える、目の前にトモヤ先輩がいる。
「トモヤ先輩、このパチンパチンって音なんですけど……」
「へ? ああ、ただのラップ現象だから気にしないでくれ」
「「……え?」」
「いや~、ここってさ、そういった怪異現象がしょっちゅう起こるんだよ、最初はびっくりしたんだけど、よくよく考えてみれば、気にしなければなんの害もないんだよねあれ、しかも怖がって全然人も寄り付かなくなるし、好きなことを好きなだけできる環境って多少のことを目をつぶれば天国なんだよ」
「え!!??」
トモヤ先輩の言葉に飛び上がったスミレ先輩は、そのまま胸ぐらをつかみあげる。
「おいバカ! ちょっと待て! 嘘なんだよな!? 私を怖がらせるための嘘なんだよな!?」
「ぐ、ぐるじい、なんで、嘘つくんだよ、だから選んだって、いったじゃん」
「…………」
胸ぐらから手を放し、よろよろと後ずさるスミレ先輩。
「郭町、私、なぜか、ちょっと肩が重い、う、うーん」
そのまま倒れて気を失ってしまった。
「スミレ先輩! 大丈夫ですか!?」
地面に倒れる前に慌てて受け止めるなか、トモヤ先輩はケラケラ笑っている。
「はっはっは、肩が重いってお前胸無いじゃん、ミコトちゃんぐらいないとブヘ!」
「セクハラ禁止」
「おおぉぉ~~」
とうめき声をあげながらうずくまるトモヤ先輩の後ろでミコトがトンカチで頭をたたいていた。
そういった怪奇現象がしょっちゅう起きる。トモヤ先輩の口ぶりだと、ほかにもあるような印象を受けたのだけど……。
「あのトモヤ先輩、一応確認しときますけど、スミレ先輩に言った女の幽霊とか、あれは嘘なんですよね?」
「嘘じゃないよ、幽子ちゃんのことでしょ?」
(幽子ちゃん……)
「あの子ってな、可愛くてさ、ツバサちゃんに似ているから、鏡越しにコスプレ衣装を合わせてさ、辛抱たまらなくなってキスしようとしたら逃げられたんだよね、それ以降姿を見せなくなって、シクシク、だからさっき出てきてびっくりしたよ、あ、人を驚かすだけで呪いとかは大丈夫だよ、俺が証拠さ」
「あんたいろいろスゲーな!」
とこんなわけで、軍艦島お化け事件は幕を閉じたのであった。