これから
「はー、ひっろいなぁ」
俺は今、これから自分が過ごす事になる寮の部屋へと来ていた。
ここまで案内を仰せつかってくれた神宮寺さんは、既に学園長室へ帰っている。
「明日からいきなり登校か……」
正直、不安な気持ちでいっぱいだ。
転校した気分というのもあるが、何よりこの霊力の低さでどんな仕打ちを受けることになるかだ。
基本マイペースで温厚な性格をしているから、逆上してしまう、なんて事はないだろう。
問題は、自分の精神や肉体が耐えられるかだ。
頭1つ以上劣っている者に対して、陰湿ないじめが行われるのはなんとなくイメージできる。
「……ま、なるようになるか」
暗い考えは放棄し、部屋を見渡す。
タンスや本棚、キッチンに食器棚、テーブル、収納棚など必要そうな家財道具は全て揃っていた。至れり尽せりとはこのことだろう。
部屋の扉の奥には寝室がある。覗いてみたが、元の自分の部屋より何倍も質が良さそうだった。
「ほんと、こんないい部屋タダで住んでもいいのかな」
申し訳なくなってしまう。今の俺は完全にタダ飯喰らいだ。
恩返し……するにしても、ひよっこ程度では何もできないだろうし。
「今は考えても無駄か。とにかく、これからどうしようかな……」
食料は学食の方から取り寄せてある。なんでも、新入居者に対してのサービスらしい。おかげで調味料やある程度の材料には困っていない。
問題は、今日の夕飯をどうするかだ。昼に食べ過ぎたせいもあって、正直がっつりとした量のご飯はお腹に入らないだろうし。
「あれでも焼いてるか」
幸い、材料は揃っている。そうと決まったら、早速作業に取り掛かろう。
さすがに一般的な調味料しかないから、味付けはシンプルなもの一択にしておこう。
それにしても、国名まで一緒なら調味料も変わりないんだな。
異世界だからない覚悟だったんだけど、醤油とかは普通に存在していた。
「では早速」
キッチン用具は質の良さそうなものが揃っているからスムーズにできるだろう。
何より、霊石の力が込められている、元の世界で言うコンロや水道を使うのが楽しみだ。言葉1つで使えるなら、無駄な手間を省けるからすぐに終わるんじゃないだろうか。
◆ ◆ ◆ ◆
「……あ」
作るのに夢中になっていたら、自分がエプロンも何もしていないことに気づいた。おかげで前の学校の制服が汚れてしまっている。
そういえば、自分は替えの服なんて一着もない。今日は偶然にも体育のない日だったから、ジャージもない。
つまり、寝るときも制服で寝なければならない。
「……学ランじゃないのが不幸中の幸いかね」
寝づらい事に変わりはないだろうが。
せめて、寝巻きくらいは買っておきたい。明日、学校が終わったら服屋にでも直行しようか。
「いや待て、よく考えたら金持ってないぞ」
今日一日で授業料やら学食は無料だとか聞いたけど、実際にこの国で使われている通貨単位は聞いたことがない。
今手元にあるのは、日本円にして5000と小銭が少々。心もとない金額だ。
バイトしないといけないだろうか。しかし、この世界に慣れていない自分に働けるのだろうか。
そもそも、身分証明もままならない状態だし。一応、明日には生徒手帳と制服が貰えるけれど、まさかそれでOKとはいかないだろうし。
「……あー、考え事が増えすぎだな。作業に集中しよう」
今考えたって仕方ない。その時のことはその時でいい。
まずはこの、和解に繋がるかもしれないこいつを立派に作り上げることが先決だ。
「和解もなにも、まだ溝があるって決まったわけじゃないんだけどな」
変な思考は振り切って、今は作業の方にシフトチェンジ。
生地をこねる事に集中するのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
「ふー……できたできた」
本来は弁当箱なのであろう、プラスチックのようなものでできた容器にそれを詰め、蓋をした。1クラス64人だから、64枚も作るのはさすがに大変だった。
「にしてもこれ、どんな素材なんだ」
科学が発達していないのなら、合成樹脂なんて発見されてないだろう。
だとすると、この入れ物の素材は一体……。
それにしても疲れた。今日はもう休むことにしよう。
本来ならばもう少し夜遅くまで起きているところだが、いろんなことが起こりすぎて体が疲れている。
明日は大事な日だし、早めに寝るとしよう。
「おやすみなさい……」
これからのことを少しだけ考えつつ、寝室のドアを開けてベッドに倒れこむ。
自分自身が思っていた以上に疲れていたようで、俺の意識はすぐ暗闇に溶け込んでいった。