落ちこぼれたくなんてない
「ふうっ……」
学園長室のソファに座り、パンパンになったお腹をさする。
食堂で昼食を食べ始めてから、そろそろ1時間が経とうとしていた。
神宮司さんは霊力計測に必要なものを持ってくると言って教員棟に行っている。
俺は計測前の緊張を解す為にここで寛いでいた。
「緊張すんなぁ……」
俺の霊力は一体、どれほどのものなのだろうか?
今までそんなファンタジーな世界に生きていなかったから、もしかしたらゼロかもしれない。
そうなったら生きていく事すら難しいのだが……、いや、まだ希望はある。
例えば、俺がこの世界に連れ去られた理由。
霊力も何もない、平凡な学生である俺をこの世界に連れ去って、あの黒ローブには何のメリットがある?
もしかすると、俺には絶大な霊力があって、それを利用する為になんてシナリオかも!
手持無沙汰な悠太の思考、もとい妄想は、神宮司が帰って来るまで続いていた。
「待たせたね。これが計測に使うものだ」
そう言って出されたのは、水晶のように透き通った、不思議な雰囲気を醸す石。
胡散臭い占い師が持っているようなものとは違う、『本物』とでも言うべきものだ。
「これは『霊石』を加工して『W』の力を与えたものでね。これを持って願うと、この中に霊力の数値が表示される」
『霊石』は先程の神宮司の講義にあったものだ。
人々が『W』の力を使ううちに、その残滓が染み込み、不思議な力が宿った石。
それが霊石。1つだけ『W』を込めることができる特性を持っており、家庭の中でも多くの霊石がある。
例えば、明かりを灯すための照明器具。風呂に入るときに水を熱するためのボイラー。
しかも、一度込めれば霊石が壊れるまで、決められた言葉だけで起動することができる。
本当に様々なところで使われているが、1つだけできないことがある。
それは、人に直接影響を与える『W』を込められないこと。
特定の誰かを不幸にしろ、などという願いは込めることができない。
それ故、戦闘面で使われるということは殆どない。精々、トラップに使う輩がたまにいるくらいだ。
「さあ、やってご覧」
手に汗が滲んでくる。俺がこの世界で生きる上での、全てを決めるといっても過言ではない瞬間。
緊張しない方がおかしい。想像だけど、少なかったりしたら白い目で見られるかもしれない。
話によれば、外国の貴族達も通っているらしい。それほどレベルの高い場所で、低い部分はよく目立つに違いない。
「……行きます!」
両手で包むように、計測用の霊石を持つ。
そして頭の中で願う。霊力よ、出ろ、と。
すると、ぼんやりとだが、霊石の中になにか黒い筋が浮かんできた。
うねうねとくねり、やがて英数字の形となった。
『20』
「……は?」
それが、俺の霊力値だった。
成人の平均は250、まだ15の俺でも平均は180くらい。
だが、無情にも霊石が出した数値はたったの20。これではすぐに霊力が尽きてしまう。
俺の思考は、パニックを通り越して逆に冷静だった。
考えていても仕方ない。『W』に対する知識は赤ん坊同然。神宮司さんに聞いたほうが手っ取り早い。
「神宮司さん、これ……」
霊石を渡された神宮司さんは、何かを考えこんでいる様子だった。
その表情から、前例のない事態なのだと予想はつく。
やはり、この世界の人間でない俺にはこの程度の力しかないのか?
逆に、なぜたったこれだけの霊力がある?
元いた世界に『W』なんて概念はなかった。だとしたら、そもそも霊力が宿るはずもない。
「……想像だが」
神宮司さんが、静かにそう切り出した。なにか、考えがあるのかもしれない。
「悠太君は、この世界にとってまだ赤ん坊だということかもしれない」
「どういうことですか?」
「この20という数値、生まれて間もない赤ん坊と同じなんだ。悠太君もこの世界ではまだ数時間しか生きていない」
つまり、俺の霊力は赤ん坊のもので、これから過ごしていくうちに増えるということ?
「不確定だが、増えるかもしれない。ただ、増えるとなるとその速度が人間の成長するものと同じだとしたら……」
15の人間が持つ平均的霊力まで、あと15年生きる必要がある?
笑えない話だ。俺は周りよりも15年遅れてのスタートという事になる。
「この学校では、必要な霊力値を設けていないから編入はできる。問題はその後だ」
「バッシングを受けることになりますね、俺」
話によれば、この学園には志高い子供たちが集まっていると聞く。
そんな中で赤ん坊と同じ霊力値しか持たない人間がいるだなんて、そんな奴らにとって俺は学園の空気を乱すだけの存在だろう。
「君の事を考えると、編入はやめた方がいい。どんな仕打ちを受けるかわからない。下手をすれば、命にだって危険が及ぶ」
それこそが、日本と諸外国の価値観の違いらしい。
でも、それでも、俺の意思は変わらなかった。
「構いません。この学園に通わせてください」
「……だが」
「逃げてちゃダメなんです。ここで逃げたら、帰るための方法に手が届かなくなる気がするんです」
日本でも最高峰の『W』を含めての教育機関、そこから離れて過ごすということは、帰る為の手がかりを失うような物だ。
「俺はやります。何が何でも、この学園で知識をつけて、元の世界に帰る方法を見つけてやります」
今の俺に出せる、精一杯の勇気だった。
震えそうな足に、力を込める。しっかりと、神宮司さんの瞳を見る。
「……どうやら覚悟は強そうだ。分かった、今から悠太君を正式にこの学園の生徒として認めよう」
「ありがとうございます!」
こうして、もうひとつの世界で、俺の慌ただしい日常が始まった――。