この広大な世界で
「使います」
この世界は、『W』を基礎として出来ている。
それなら、『W』が使えないなら俺は生きていく事すら出来ないだろう。
それに、幼い頃から心のどこかで憧れ続けてきた、非日常の世界へと足を踏み入れる事が出来る。
そして一番の理由。
俺をこの世界へと運んだものが『W』だと言うのなら。
『W』を使い続けていれば、きっと元の地球へ戻れる方法だって見つかるかもしれない。
俺はラノベの主人公みたく、元の世界を忘れて新しい世界で生きるなんて事は出来ない。
こっちにいる間、向こうでの俺の扱いはどうなっているのかも気になる。
まだ手を付けてちょっとしかやってないゲームも片手で数えれないほどある。
友達に何一つ言わずに姿を消した。
両親に挨拶もなく、何処かへ行ってしまった。
ああ、よくよく考えてみたら俺、未練だらけじゃないか。
「良いのかい?」
「はい。『W』こそ、この世界と向こうの世界を繋ぐ唯一の存在ですから」
俺の言葉を聞いた神宮司さんは、諦めた様な表情をしていた。
「意思は固いようだね。ならば歓迎するよ、アルカディア高等学校へ」
でも、いいのだろうか。
言ってしまえば、今の俺は一文無しで戸籍も無し、住む所だってないホームレス。
ないない尽くしの十五のガキが、こんな立派な学園に通うなんて……。
「ああ、授業料や生活費は気にしなくていいよ」
「え?」
いや、気にしなくていいのは有り難い話だが、だからといって「はいそうですか」で納得できるものではない。
校舎自体広いし、敷地内に森だってある。おまけに強そうな守衛だって何人もいた。
確実に巨額の金が要るであろうそんな所で、金銭関係は気にせず過ごせって……。
「守衛にしか知られていないが、君は私の親戚の子という事になっている」
あのときは慌てていたけど、そう思えば言っていたな。
「お忍びで連れてきた風に行ったけれど、見つかったからには来客リストに記録されているだろうね」
「じゃあ、俺は既に神宮司さんの本当の親戚に……」
「そういう事で話は通っているだろうね。そんな中、実は親戚でもなんでもありませんでしたなんて言ってみてご覧。君は不法侵入に加えて、学園長を騙して近付いた大悪党として、すぐにでも牢獄行きだよ」
つまり逃げ場は無し。どうやら俺はおとなしく、神宮司さんに金銭面をどうにかしてもらうしかなさそうだ。
「赤の他人ならば今すぐにでも捕縛される。しかし親戚なら、私が君の授業料やらを払っていてもおかしくはないだろう?」
「そうですね……」
呆れるしかなかった。まさかあの時から、こうなる事を予想して発言していたのだろうか。だとしたら、想像力は計り知れなそうだ。
「さて、悠太君の方針も決まった所で、講義の続きを始めるとしよう」
「お願いします」
それから、お昼過ぎまで神宮司さんの授業は続いた――。
◆ ◆ ◆ ◆
「…………」
「ははは、どうやらお疲れのようだね」
そりゃそうだ。三時間以上も知らない事を聞き続けたら誰だってこうなる。
何を教えてもらったかは割愛するとして、俺の興味は一つの事に向いていた。
「それで、霊力測定は」
霊力計測。
文字通り、その人の持つ霊力がいくつなのかを計るものだ。
男女問わず、成人を迎えた人が持つ霊力の平均はおよそ250くらい。
これだけあれば、普通に生活して働く分には困らないらしい。
この学園に集まる生徒は全員が500以上の霊力を持つ、『W』を扱う者としてはエリートの類になる奴らがいるようだ。
中には1000以上もの霊力を持つという、化け物染みた人間までいるらしい。
霊力の数だけで言うと、相手が霊力250の場合、自分も250なら一対一で戦うのが妥当。
自分が500だと10人くらいまでなら。
1000もあれば1人で中隊1つ分を相手取れるまでの量らしい。
本当に戦えるのかどうかは、本人の力量にもよるのは当然だが。
ちなみに神宮司さんの霊力だが、話を聞いていたらなんとなく聞くのが恐ろしくなってきたので、聞かない事にした。
「そうだね、お昼を食べてからにしようか。ちょうどいい、学食まで案内するよ。今日は学園は休みだけど、料理が出来ない人の為に休日も開いているから気兼ねなく利用するといい」
ついでに、学生は無料で食べられるらしい。授業料の余りから云々。
俺は料理は出来るけど得意という訳でもないので、もしかするとここに入り浸る事になるかもしれない。
「学食ってどの棟にあるんですか?」
「特別教室棟の、特に生徒達がすぐ辿りつける場所だね」
このアルカディア高等学校、なんと1クラスに生徒は64人もいるらしい。
さらに、1学年につき7クラス。
生徒だけでも1200人。そこに教員や掃除婦などを入れれば、1500人はくだらないらしい。
それだけの人数もいるから、建屋の数も相当らしい。
1年生が集まる『第1棟』、2年生が集まる『第2棟』、3年生が集まる『第3棟』。
さらに教職員が集まる『教員棟』、その教員たちの一部が『W』の研究を行うための『研究棟』、授業で使う特別教室を集めた『特別教室棟』、外部の来賓や掃除のおばちゃんが過ごす『応接棟』。
これらの建屋でアルカディア高等学校は出来ているらしい。
そうやって神宮司さんと話しながら廊下を歩いていたら、一つの扉の前に辿り着いた。
「ここが学食だ。学校中の生徒全員が入れる広さになっているから、席がないなんて事はおこらないよ」
透明な扉越しにも、その室内の広さは窺えた。
そして、漂ってくる、空腹感を刺激する美味しそうな匂いも。
「さ、入ろうか」