寝起きの包囲と一筋の希望
――音がする。
チチチ、と小鳥のさえずりが。
ザワザワ、と草葉のざわめきが。
ザッ、ザッ、と何かの動く音が。
「…………んぅ」
真っ黒な意識が、鮮やかな色に塗り替えられていく。
目を開ければ、そこには緑が広がっていた。
「……ここ、は」
少しの間、逡巡する。
そして、思い出した。俺は逃げ切ることができずに、あのまま光に呑まれて……。
「ッ! どこだココ!?」
ガバッと、勢いよく身を起こす。俺の周りには、森があった。
辺り一面、緑の絨毯が広がっている。頑丈そうな幹は高く伸び、枝は瑞々しい葉を生やしている。
俺がいるのは、そんな森の開けた場所のようだった。
「い、一体、何が」
そこでふと、目覚める直前のことが頭に思い浮かぶ。
チチチ、と小鳥のさえずりが。
ザワザワ、と草葉のざわめきが。
――ザッ、ザッ、と何かの動く音が。
「何か、いる……?」
そうだ、あの規則正しい音は何かの足音に間違いない。しかも一つではない、複数だった。
まさか、動物でも? 周囲の大自然を考えれば、ありえない話じゃない。
少なくとも、野生動物の一匹や二匹はいてもおかしくない。
そうなるとまずい。もしも凶暴な獣だったとしたら、非力な一学生である俺なんて少し早目の晩御飯になるだけだ。
小動物なら……、大丈夫だろう。多分。
考えを巡らせていた俺だが、思考は一時中断されることになった。
近くの茂みが、ガサリと音を立てたのだ。
「誰だっ!」
口をついて言葉が出る。もし動物ならば返答なんてあるはずがない。もはや条件反射のようなものだ。
猛獣だったらどうしよう。そんな俺の考えは綺麗に吹き飛ばされた。
現れたのは、人間だった。軽鎧を纏い、背に槍らしきものを携えた、恐らく成人しているであろう男性。ある程度の距離を置き、その翠色の瞳で俺のことをジッと見ていた。
よかった、人がいた。とりあえず事情を話して、この森から脱出しよう。
俺の身に起きた事は、安全な場所でゆっくりと考えればいい。
「あ、あの――」
「動くな!」
急な大声に、俺の体はびくりと震えた。
明らかに落ち着いた話を出来る雰囲気ではない。むしろ、敵意さえ込められている気がした。
「貴様、何者だ。学園は関係者以外立ち入り禁止になっているはずだが」
静かに、どこか警戒を感じる声音で男性が訪ねてくる。
学園? 立ち入り禁止?
訳がわからない。俺はついさっきまで人気のない裏路地にいたはずだし、それにここはどう見ても鬱蒼とした森の中だ。学園なんて欠片も見えてこない。
「学園? いや、俺は家に帰ろうとして光に飲み込まれて……」
多分、俺は今非常にパニクっているんだろう。口から出る言葉が、朧気のないものになっている。
「来い」
その言葉は、俺に向けられたものではなかった。
男性が言うと同時、周りから似たような格好の男性が十数人、姿を現した。
そして、俺が何かする暇もないままに、俺をぐるりと取り囲んだ。
背に持っていた槍を手に、穂先を俺に向けて。
「答えろ。貴様、誰の依頼でやってきた」
「い、依頼? どういうことだよ。そもそも俺だってここがどこか知らないし」
「白を切る気か! 吐かないのならば、貴様を投獄することもできるんだぞ!」
思わず、足が竦んだ。どう見てもレプリカとかじゃない槍の鋒もそうだが、投獄という言葉。
どうやら俺は不法侵入者としてお縄にかかるらしい。勿論、俺自身にそんな捕まるような事を仕出かした記憶はない。
「と、投獄!? 俺は何もしてないぞ!」
「何もしてなくとも、正式な許可を得ずに学園敷地内に侵入したものは罰を受けることになっている! 貴様もその例には漏れん!」
なるほど、ここはどこかの学園の敷地内らしい。校舎が見えないのも納得がいく。
――いや、冷静に判断している場合じゃない!
でも、槍を構えた大の大人に正面から歯向かうわけにはいかない。下手したら心臓をズブリだ。
「さあ、早く言え! 今ここで全て吐くならば、刑罰を軽くすることもできるぞ?」
嘘だ。この言葉は恐らく、後がない侵入者を落とす為の一言。
逃げ場のない相手にとって、これ以上の甘言はないだろう。
――どうする? どうこの状態を切り抜ける?
いや、そもそも子供の俺が十数人の大人を相手に逃げ果せることなんて可能か?
そんなビジョンは全く見えてこない。舌先三寸で相手を騙す?
無理だ。周りにいるのはどう考えても不審者に騙されるほど頭の緩い奴らじゃない。
これも駄目。それも駄目。あれも駄目。どれも駄目。
どん詰まりの状況に絶望、しかけたその時。
「何事だ?」
一人の人物が、空気の張り詰めた場に現れた――。