始まりは不審者
「今日は帰って何しようかな~」
先月、高校生になったばかりの俺、天才悠太はのんびりとした歩みで家に帰った後の事を考えていた。
「ま、やっぱゲームだよな」
俺は大のゲーム好きである。
アクション、シミュレーション、アドベンチャー、シューティング、パズル。様々なジャンルがある中でも、特にロール・プレイング・ゲームが大好きだ。逆に苦手なものは対戦型格闘ゲーム、いわゆる格ゲーというものだ。
ロール・プレイング・ゲームといえば大抵はファンタジーな世界観のものが多い。現実世界では到底叶わないであろう、不可思議な世界に魅せられた人間は少なくないはず。
俺もまた、その幻想的な世界観に心を奪われた一人である。
「ああでも、どのゲームしよう。積みゲー結構あるんだよなぁ」
少しばかり飽き性なところがあるからか、中古のゲームを買ってある程度進めてはまた別のものを買う、そのせいで十個近い未クリアのゲームが俺の手元にあった。
「よし、早く帰ろう。そうと決まれば近道、近道ーっと」
家から学校までは普段、そこそこに人の通りがある道を使っているが、早く家に帰りたい時とかは人気の少ない路地裏を通ったりしている。
表通りは曲がり道とかで余計な時間を食うからだ。逆に、路地裏は距離的に表通りよりも短い。
「……ん?」
何本目かの細道を通ろうとした時、俺の視界に『変な者』が入り込んだ。
コスプレパーティーみたいなのでしか見掛けないであろう、真っ黒なローブを着た何者かである。夕方になりかけている景色に、その色は嫌にしっかりと映っていた。
まぁいいや、通り過ぎよう。知らない人に急に絡むような性格でもないし。
「…………見つけた」
「は?」
思わず反応してしまった。この黒ローブの人物、フードをかぶってはいるが、明らかにこちらに顔を向けて喋っている。
「来て、貰うよ」
「は?」
同じ事を呟く。来てもらうってどこに? まさか人攫い? その割には行動に出ようといった雰囲気は感じない。
「《我望みしは故郷へと帰る扉。我が思い描く地へと続く途を開き世界を超越せよ》」
何か、言いだした。まるで魔法の詠唱みたいだ。
俺は、謎の人物が発する雰囲気に呑まれ、その場から動けないでいた。
だが、硬直していた体は直ぐに動き出す。
「うわっ、なんだこれ!?」
輝いている。裏路地が、家路が、道が。入口と出口を境に、この裏路地だけが輝いている。
俺の本能が言っている。今すぐに逃げろ。これは普通じゃない。こんな事は起こる筈ない。
逃げろ。逃げろ。逃げろ!
「う、うわあああああああ!」
初動も何も全くなしの、急なダッシュ。
今まで静かにしていた人が突然動きだしたからか、黒ローブの人物は驚いて固まっていた。
「どけえええええ!」
その不審者に、俺はタックルをかました。ケンカなんてまともにした事のない俺の攻撃でも、意表を突かれて固まっていた不審者にはよく効いた。
「もう、少しッ……。……!?」
裏路地を抜ける境目まで僅か数メートル。
よろめく黒ローブを振り返る事もなく、この異常事態から脱しようとした俺をあざ笑うかのように。
――裏路地を埋め尽くすくらいに光が輝きを増した。
それに反するかのように、俺の意識は黒く塗りつぶされて行った。