第一話
粗末な作りの建物は、どこからか隙間風が吹いていた。簡素な寝台が幾つも並べられ、包帯まみれの兵士たちが横たえられていた。
ところどころ、呻き声が聞こえたり、痛みを訴える者達がいた。そんな中を、傷病者達の血で汚れた前掛けのまま、女性神官達が奔走していた。
助かる見込みのないものが、殆ど野ざらしに、冷たい地面に並べられていた。そのことを考えれば、寝台にいる者はまだしも幸運と言えるかもしれない。
二列に並ぶ寝台の内、入り口側の一番手前に、体格の良い男が横たえられていた。
男の胸元には、男の死を感じ取ったのだろうか、死臭にたかる羽虫が一匹だけ止まっていた。しかし、興味を失ったのか、部屋の入り口から飛び去っていった。
男の寝かされている場所が入り口に近いということは、助かる見込みのない者達に、その距離の分だけ近い。つまり瀕死と同義であった。いや、瀕死と同義のはずであった。
男の名はアシュロン。短く刈り込まれた黒髪と、下あごを覆う無精ひげが粗野な印象を与える。非常に優れた体格をしており、横たえられた寝台からは足がはみ出ていた。そして、腹部に巻かれた包帯には酷く血が滲んでいた。
昨夜の防衛戦でも、アシュロンはその優れた体格に見合う十分な活躍をしていた。城塞の北壁で蛮族の登攀部隊を相手取り、優に十人は討ち取っていた。
しかし、襲撃の規模は相当大きかった。常であれば、百人程度が威嚇目的に攻撃するだけであったのが、今回は八百人相当が動員されていた。一方、城塞には約三百の正規兵と二百程の非戦闘員、そして偶々訪れていたキャラバンとその護衛隊25人がいるだけだった。
もし、蛮族が城塞に突入していたら、非常に危険な状況だっただろう。
幸い、蛮族側が被害の拡大に耐えられなくなったのか、昨夜の内に撤退した。しかし、城塞側の被害も尋常ではなかった。
アシュロンはキャラバンの護衛隊の一員であった。だが、城塞指揮官が、帝国法に従って臨時戦闘員として徴発した。帝国内で傭兵家業を営む者は、その法に従う必要があった。仮に、拒否すれば、傭兵資格を没収されたあげく、罪科を問われることになる
不幸なことに、アシュロンは昨夜の防衛戦で酷い怪我を負った。卓越した腕前で、幾人もの敵をその金棒で叩き潰した。そして、その事で蛮族の隊長と思しき者に目を付けられた。
城塞の兵士達はどちらかと言えば弓の腕に覚えがあるものが多かった。そのため、登攀部隊との近接戦闘では殆ど互角の戦いとなった。当然、多くの敵が壁を上れたわけではない。しかし、蛮族を相手取って、一際活躍するアシュロンは、彼らにとっても厄介な存在だったに違いない。
アシュロンは蛮族の隊長らしき刺青の男と戦い。そして、敗れた。
それが昨日の出来事である。