キノコの精~絶体絶命
学名:Boletus violaceofuscus W.F. Chiu
■食毒:食
■分類:イグチ科 ヤマドリタケ属
■和名:ムラサキヤマドリタケ (紫山鳥茸)
ここは、とある森の中である。周囲に木々が生い茂り、苔で出来た緑のカーペットが地面を覆い隠している様な森の中にあるキノコは現在、絶賛ピンチ中であった。何故なら、そのキノコを食そうと一頭の猪が近づいてきたのだ。
『何ですか、貴方? ワタクシを食べようとしてます? もし、そうなら御止めなりなさい。ワタクシはこれでも地の上位精霊ですよ 』
自らを上位精霊と名乗っているキノコを無視して、猪は着々と近づいてきた。それも、その筈である。キノコが喋れるはずなく、さっきの言葉は猪には聞こえていないのだ。
『……えっ? 嘘、よね? 』
猪は確実に近づいて来ている。
『ごめんなさい。だから、食べないで。私なんて食べても美味しくないわよ! 』
最初の威勢はどこに行ったのかと疑いたくなる程に弱腰になってしまったキノコと猪の距離は約1メートルである。
『いやぁぁぁ! 死にたくないよぉぉ!! 』
この時、キノコは自分が食われて死ぬと分かってしまった。そして、走馬灯の様に過去の出来事を思い出していた。
『思えば、昔から碌な事無かったっけ』
キノコが過去の事を思い出していた。過去と云っても3日程前のことである。
この時のキノコは、まだキノコに宿る前でアストラル体と呼ばれる魔素だけで身体が構成されていたのである。つまり、本物の精霊であった。地の上位精霊は自分の生涯の依り代になるべく樹木を探すのである。しかし、この上位精霊はアホの子であった。いつもは上品っぽいが、思いがけない事が起こると素が出てしまうのだ。いつもはできるだけ上品であろうとするが、本質は天然系かアホである。
『私に合いそうな樹ってどれでしょうか? 大切な生涯のパートナーなのだから運命の出会いがしたいですわ 』
このアホな上位精霊の言う通り、一生のパートナーと呼べる相手を決めなくてはならないのだ。
『あっ! そうだ! 目を瞑って、最初に当たった相手をパートナーにするなんて素敵ですわよね』
アホな上位精霊は名案とばかりに先ほどの案を実行したのだ。その結果がどうなったかは言わなくても分かるだろう。これが、樹であれば、まだ良かっただろうが、この上位精霊が宿ったのは樹ではなく、キノコであった。
これが、3日前の出来事である。
そして、現在。キノコの前には猪が居る。もう、いつ食べられてもおかしくない所まで近づいていたのだ。
ついに、猪がキノコを食べるべく大きな口を開いたのだ。
『イヤァァァ! 』
キノコから名一杯の悲鳴を上がった。そこで、キノコは死を覚悟したが、猪の脅威がそれ以上近づいてくることはなかったのだ。何故なら、どこかから一本の矢が飛んできて猪の眉間を貫いたのだ。そして、猪は力尽きてその場に倒れ込んだのだった。
『た、助かったの? 』
キノコの口からその様な言葉が零れたのだ。そして、キノコは矢を放った恩人を探す為に周囲に意識を向けた。
すると、少し離れた場所から足音が聞こえてきた。足音の方に意識を向けてみると一人の人間が弓を背中に背負い、片手には小剣を手に持っている男性の姿が見えた。青年と言うには幼いが、少年と言うよりは成長している感じの青年であった。
『あ、あの、この度は、助けて頂きありがとうございました』
キノコは命の恩人に向かい、お礼の言葉を述べた。
「やったぜ。今日はワイルド・ボアの肉で猪鍋だ」
少年の様な青年はキノコの感謝の言葉をスルーし、さっき仕留めたばかりの猪の解体を始めたのだ。
『あ、あのぉ。聞いていますか?』
キノコは無視されたと思ったが、挫けずに話し掛けた。しかし、少年の様な青年にはキノコの言葉は届かないのであった。
キノコはそれからも挫けずに声をかけ続けているが、少年の様な青年はそよ吹く風のごとく、気づかずに猪――――ワイルド・ボアの血抜きを行っていた。
「―--ふぅ、やっと終わった」
今もキノコの声掛けは続いていた。
『す、すみませんッ!お話だけでも、聞いてくださいませんか?』
キノコが今までよりも声を上げた時に、青年の視線がキノコを捉えたのだ。
『―――えっ? やっと、こっちを見てくれたぁ』
キノコはやっと、自分の方を見てくれたと喜んでいると、青年がキノコを地面から引き抜いてから大事そうに手の平に乗せたのだ。
「おぉぉぉ!! これは!? ムラサキヤマドリタケじゃねぇーか!」
『ほへぇ? むらさきやまどりたけ? って何でしょう? 』
青年は腰にぶら下げていた皮袋の中にキノコを仕舞い込んでから、ワイルド・ボアに縄を結び運び出したのだ。
『ちょっと、話を聞いてくださぁぁぁい!』
キノコの呼びかけは無駄に終わってしまった。
青年は山から自分の来た村に戻る為に山を下っていた。その頃、キノコはどうすれば、話を聞いてもらえるのかを必死になって考えていた。
袋の中のキノコが必死で考え事をしてるとは露知らず、青年は数時間掛けてから山を下り、村の近くまで帰ってきたのだった。
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