ミサイルは空、戦争は夢
「空を飛ぶ夢を見たんだ」
背後に控える秘書の女性に対し、男性はそう言った。
男性の正面にはモニターが置かれ、モニターには、世界地図が映し出されている。男性のいる国の首都から、各国の首都・防衛拠点まで、緑色の無数の線が放射状に伸び、隣にはミサイルの到達予定時刻が表示されていた。核ミサイルによる全球規模先制攻撃システム――軍事システム研究者である男性の、最高傑作だった。
「空ですか?」
「もともと飛行機乗りになりたかったんだ。喘息の持病さえ無ければ、今頃は空軍でパイロットをやっていただろう。空はあこがれだったんだ。中東の空を飛んでいたかもしれないし――」
「――とっくに撃墜されて、命を落としていたかもしれない」
「ハハハ。そうかもしれない」
男性は咳ばらいをした。
「思えば、子供の時こそが一番楽しかったというものだ。子供は無限の可能性を秘めている。なりたい自分になることができる。なぜならば、子供には夢を見る権利が与えられているからだ。私はパイロットにこそなれなかったが、代わりにこのシステムが、このミサイルが、私に夢の続きを見せてくれるだろう」
「お言葉ですが、博士、」
女性は言った。
「これは、相互確証破壊を前提として構築されたシステムのはずです。INF全廃条約に、大統領も先週調印したばかり。折しも、偶発的核戦争の勃発を怖れる世論の声は、日に日に大きくなっています。九月の中間選挙をにらみ、いたずらに世論を刺激するような広報は避けたいと、大統領は特に気にしておられます」
「このシステムは私の子供だ」
興奮に声を震わせながら、男性は言った。
「子の幸せを願わない親が、この世にいるだろうか? ミサイルは私にとっての空、戦争は私にとっての夢なのだ」
金属を爪で叩いたような、小さな音に気付いて、男性は振り向いた。女性が銃を構えている。
「何の真似だね?」
「あなたの精神状態について、私たちはしばらくの間モニタリングを続けてきました。あなたの発言、挙措、そのどれもが、あなたが抱えている精神疾患の特徴を示しています」
女性は言った。
「加えて、あなたの空軍志願時のプロフィールも入手しました。あなたが『入隊不適格』とされたのは、喘息が原因ではない」
銃の照準は、まっすぐ男性に向けられている。
「それで君は、私を殺しに来た?」
「そうです」
「裏を返せば、私を生かしには来ていない。そういうことだね?」
「ええ……?」
返事をしたものの、男性の言葉に、女性は違和感を覚えた。
「どういう意味です?」
「大統領に伝えてほしい、『生きることも、生きるのをやめることも、想像上の解決に過ぎない。生は、私たちの身近にある』と。あまりにも近すぎて、私たちが永遠にたどり着けないような、そんな近く。生は、そこにあるのだ」
自分の席に戻ると、男性は引き出しから何かを取り出した。銃だった。
「まさか――」
「ミサイルは空、戦争は夢。――ならば、私こそが、この時代なのだ」
取り出した銃を、男性はこめかみに当てる。
「夢の続きだ。ずっと子供でいたかったな……」
銃声。男性の生体反応が途絶えたことを信号として、その夢は世界に解き放たれた。