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美しい鼻血  作者: 子々
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第7章 三十七日目


 愛しの「AI」へ

 僕はもう、十一人の人を切った。僕を止めることが出来るのはこの世には君しかいない。けれど、君は僕がこんなことをしているなんて夢にも思わないだろう。だから、きっと僕はずっとずっと人を切り続ける。

 そういえば僕が切った十一人の中に、一人だけ君に似た女性がいた。ニュースで知ったが、名前は「宮部愛子」というらしい。なんて偶然なんだろう。



 愛すべき「AI」へ

 ああ、何てことだ。

 僕はどうすればいい?

 教えてくれ、僕の女神様。



 「AI」以外の全ての人間へ

 僕が怖いか。僕が怖いか。僕が怖いか。僕が怖いか。僕が怖いか。僕が怖いか。僕が怖いか。僕が怖いか。僕が怖いか。僕が怖いか。僕が怖いか。僕が怖いか。僕が怖いか。僕が怖いか。僕が怖いか。僕が怖いか。

 僕も自分が怖い。




   



 遊び初めて今日で何日が経ち、何人が犠牲者となったかは定かではないが、ニュースによると第一の犯行が起こった日から、一番新しい犯行が起こった日までは三十七日が経ったそうだ。その期間で被害者の数は二十七人になるという。朝、母がそのニュースを見ながら、煙草をふかして「どうして切るだけで殺さないのかしら」と、独り言をぼやいていた。朝から真っ赤なルージュにマスカラを塗りたくったケバい化粧で、派手な赤い服に身を包んだ母は、いつ会っても赤の他人に思える。知らないおばさんが勝手に家に上がりこみ、さぞ自分の家のように振る舞っているようにしか見えない。彼女は僕と似ても似つかないのだ。僕が母をそんな風に見るように、父も僕をそんな風に見る。父に一度だけ「お前はどこの子だい?」と尋ねられたことがある。幼かった僕は父を見つめるだけでどうすることも出来なかった。


 父と母は対称的だった。父はエリート、母は落ちこぼれ。難関大学卒の父と中卒の母。二人がどこで出会ったのかはあえて言わないが、彼らはそれなりに愛し合っていたらしい。けれど、今は話すことすらなくなり、顔を合わせることもすごく少なかった。息子の僕に話しかける回数は日を重ねるごとに減っていき、今では必要最低限の会話しかしなくなった。


「お前なんか産まなきゃよかった」とは言われたことはないけれど、他人のような扱いをされるのだからやはり僕はいらないのだろう。親は僕が死んだとき哀しむだろうか。九十九パーセント哀しまないと想定して、残り一パーセントに希望を持つ僕は、可哀想になるほど惨めだ。

 部屋の電気を点けずに、僕は月明りだけを部屋の灯として、何人もの大人の血を吸ったナイフを眺めた。ダイヤモンドよりもルビーよりも綺麗に光沢を放つ。僕を侵食していくナイフと「少年リッパー」という名の鬼、そして哀子の存在。ふ、と笑みが零れた。

 光沢を放つナイフに映った僕の姿は、父に似ていた。

「少年リッパー」が切りつけた女性が死んだのを知ったのは、三十八人目の被害者が出たときだった。


「そう、死んじゃったの」

 哀子はぼんやりと呟いた。

「女の人がね。ずっと危篤状態だったんだって」

「ついに私たちも殺人犯になってしまったのね」

「……ニュースでは三十八人が被害にあったって報道してるけど、少し多すぎると思わない?」

「どういうこと?」

「僕たち、そんなに人を切ったのかってことだよ」

 僕が言うと、哀子は嫌そうに顔をしかめた。

「私たち、二人で行動する方が多いけど、最近は別々に行動することもあるんだし、それぐらい被害者がいてもおかしくないわ」


 僕から目を反らし、投げやりに言った。哀子の横顔からは、赤黒く変色している頬がよく見えた。痛々しく腫れあがったそれは、あの夜に聴いた音を僕の脳裏に甦らせた。

 どうして僕の周りは、僕を含め、人の死に冷酷なのだろうか。そのくせ、自分のことは大事で、そのためなら何を犠牲にしてもいいと思っている。だけど、自分の欲だけで復讐遊びを楽しみ、哀子も巻き込んで、自分の快楽だけに沢山の人を犠牲にして、笑っている僕が、きっと一番冷酷なんだろう。


 そんな自分に恐怖を感じたから、というわけではない。僕たちは女が死んだあの日から、復讐遊びをぱったりとしなくなった。それは自らの意思ではなくて、そうするしかなかった。

「少年リッパー」を名乗る殺人事件が起こったのだ。死体はナイフで何度も刺され、道端に放置されていたらしい。ナイフの痕から「少年リッパー」の使用したナイフと同じものと判断され、「ついに殺人に目覚めた悪魔!」と数々のニュースで報道された。もちろん、僕も哀子もそんな意図的に人を殺した記憶はない。そして、大人にむけた挑戦状も、書いた記憶はない。

 ニュースが報じるには、こう書かれていたらしい。



 全ての大人へ

 僕を恨むか

 僕が憎いか

 ならば、恐れろ

 ならば、捕まえてみろ

 僕は全ての大人に復讐する

 これは「復讐ごっこ」だ

 さぁ、遊ぼうじゃないか



 死体から流れた血で書かれていた。

 そしてそれからも、どうすることも出来ずにただ呆然とニュースを見る僕を嘲笑うように、死体の数は増えていった。だけど、何人も人が死んでいく内に、僕はその事件に興味を持たなくなった。「ああ、またか」と思って、いつも通りの日々をぼんやりと過ごすのだ。これで大人が恐れれば何の心配も、問題もない。


 数日後、家にかかってきた一本の連絡網で知らされたのは、担任が「少年リッパー」に殺害されたということだった。それにはさすがの僕も焦り、受話器を落としてしまいそうになった。好きだったとかそういうわけではないが、身近な人が僕の作り上げた遊びの犠牲者になったのは、言い様のない複雑な気分に僕をさせた。連絡網を回してきたクラスメートの瀬戸さんは泣きながら、震える声で葬式の日程を伝えてくれた。僕はわざと掌で鼻を叩き、涙声に似た声色で、言葉を詰まらせ、次のクラスメートに事情を伝えた。


 葬式は、何度も目薬をさして挑んだ。隣のクラスの担任が、僕に優しく声をかけ、言葉を選びながら慰めた。どうやら先生たちは生徒一人々々に声をかけて回っているらしかった。

「先生たちも大変だなぁ」

 洋平が僕の隣に座りながら呟いた。いつもは制服を着崩している洋平だが、この日ばかりはきちんと着こんでいた。僕は先生の遺影を見ながら、ぼんやりと相槌を打った。

「ま、俺のことは慰めにこなかったけどな」

 へらへら笑って言い、すぐに吐息を吐いた。僕たちはざわつく式場の中、数十分間静かに座っていた。しばらくして、洋平が口を開いた。

「知ってるか? 先生犯人見たらしいぜ。だから殺されたんだってさ」

「……そうなの?」

 僕の脳裏に先生の表情が蘇った。事情聴取を受けた後の哀れむような、悲しむような表情で僕を見下ろしていた先生の顔。あのとき、僕に「逃げろ」と言った先生の震えた声。マリア様のような笑顔。信じてる、の言葉。


「ああ、どうやらそれ、俺らの学校の生徒だって噂だぜ」

 洋平は座布団の結び目を弄りながら、独り言のように呟いた。

 僕は先生の笑った写真を見ながら、あのとき先生が僕にしたような表情を送った。可哀想な先生。だけど、沢山の人に哀しんでもらえる先生が何だか凄く羨ましいと思った。


「俺、前に少年リッパーは正義だって言ったじゃん。ってことは、先生は悪だったのかな」

「うん」

「そうか、やっぱ悪だったのか。だったら殺されても仕方ねぇな」

「うん」「じゃあ、何でみんな泣いてるんだろう」

「……自然と出てくるんだよ、涙が」

「そういうもん?」

「うん、そういうもんだよ」

「そっか……」


 洋平の目から一粒の涙が零れた。僕はポケットからハンカチを取り出し、洋平に渡した。洋平がヘヘッと笑うと、それが引き金のように、その瞬間に洋平の瞳からバサバサと涙が溢れ出した。洋平はだらしなく眉を八の字に下げて、歯を噛みしめて、目と瞼を真赤にしながら、しばらく嗚咽混じりに泣き続けた。

「先生って悪だったのかなぁ?」

 僕の呟きに、

「こんなに哀しむ人間がいるんだ。悪じゃねぇよ」

 情けないほど泣きじゃくった洋平は、涙声で答えた。


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