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美しい鼻血  作者: 子々
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第5章 事情聴取


「おい、ニュース見たかよ。少年リッパーのやつ!」

 翌朝、学校へ行くと友達の洋平が興奮した口調で言った。僕は、机に鞄を置き、適当に相槌を打ちながら、椅子に座って頬杖をついた。洋平は僕の前の椅子に座り、鼻の穴を膨らませながら、少年リッパーの事件について淡々と語り始めた。どこから流れたのか、的外れな噂まで混ぜられていた。


「それで? その少年リッパーってまだ捕まってないの?」

「まだ捕まってないみたいだぜ。どうやら犯人の特徴は分かってるみたいなんだけどな」

「へぇ……。どんな人? もしかして、僕たちみたいな少年とか?」

 笑い混じりに言うと、洋平は驚いて目を見開いた。

「正解。よく分かったなぁ。そうなんだよ、どうやら俺たちと同じぐらいの子どもらしいぜ。しかも二人組で全身黒尽くし。大人しか狙わないらしい」


 洋平は自分のことのように自慢げにそう言うと、握り拳をつくり、また輝く眼差しで熱く語り始めた。僕はそれがおもしろくて、楽しくて、ついつい笑ってしまった。そうすると、洋平も一緒になって笑った。目の前にいる友達が、その犯人なのだと知ったら洋平はどんな表情をするだろうか。洋平は笑って流してくれるだろうか。


「なんかさ、先生たちが夜中に見回りしてるらしいんだけど、逆に返り討ちに合ったって話だぜ」

 ぶはっ、と一気に息を吐き出して、腹を抱えて洋平は笑った。


 そのことなら僕もよく覚えている。学年主任の平山先生と、体育教師の大西先生が二人で見回っていたとき、偶然彼らの姿を見つけた僕と哀子は、二人をターゲットに決めた。いつも威厳がましくしている平山先生は正直簡単に切れた。学校では態度がデカくても所詮ただのおじさんだし、痩せて今にも倒れてしまいそうだった。ローラーで背中を思い切り蹴ると、風船のように前に飛んで行き、派手に扱けた。今日知ったことだが、どうやらそのときにあばらを骨折したらしい。問題は大西先生の方だった。体育教師なだけあって、体格はいい上、体力もある。平山先生が全方に飛んでいったのを呆気にとられて見ていた大西先生は、戸惑ったように僕たちと平山先生を交互に何度も見ていた。その表情にはいつもの厳しい彼の面影は微塵もなかった。木刀を持っていることに気付いた大西先生は慌てて、木刀を僕らに向かって構えた。だけど腰は退けていた。所詮、こんなものなのか。僕は少しばかりガッカリした。これでは、生徒が危機に瀕していても助けてはくれないのではないかと思った。思わず吐息が出て、一向に向かってこない先生を哀子が背後から切った。やはり、ぎゃあぎゃあ喚き散らし、豚みたいにふぅふぅ息を荒げて、僕らに向かって必死に謝り続けた。僕は、倒れたまま呻く平山先生の腕を軽く切った後、その場を去ったが、昨日の今日で知っている奴がいるのか。子どもの間の口コミは凄いな。


 僕は昨日のことを思い出して、洋平同様、ぶはっ、と吹き出し腹を抱えて笑った。教室中が騒がしいため、僕らの笑い声はそんなに響くことはなかった。


「それにしても、本当にカッコいいよなぁ、少年リッパー。俺たちみたいな凡人にはあんなこと無理だしな。子どもたちの大人に対する恨みを晴らしてくれているみたいでスッキリするんだよなぁ……」

「そうだね。きっと復讐してくれているんだよ。僕たち凡人のためにさ」


 洋平は白い歯をむき出して、「だよな! 少年リッパーは俺ら子どもの正義の味方だ」と嬉しそうに言った。僕は何だかとても誇らしい気持ちになった。その後、洋平は色んなクラスメートに「少年リッパー」のことを力説してみせ、正義の通り魔の信者を増やしていった。この様子を哀子にも見せてあげたかった。僕たちを神様のように、正義と信じている、この凡人たちの様を、見せてあげたい。自分たちじゃあ何も出来ない、この凡人たちの様を。

 LHRの時間に僕たちは通り魔事件のことを話し合った。


「平山先生と大西先生のために、折鶴を折りましょう。みんなの意見を無記名でいいので、この紙に書いてください」

 どうやら警察の調査がこの付近の学校で行われているらしい。紙に自分の意見を書いている最中、一人ずつ別教室へ呼ばれていった。それにはしゃぐ生徒たちは、自分の意見なんて書いている場合じゃないと、友達と興奮しながら「少年リッパー」の話をしていた。


 僕はシャー芯をコツコツと机に当てながら、ぼんやりと外の風景を眺めていた。大人と子どもでこうも反応が違うことに驚いた。子どもは大人がどうなろうと興味はなくて、心配するどころか「悪人」の方を「正義」にしてしまった。これなら、連鎖反応が起こるのも時間の問題だろう。僕は紙にシャーペンを走らせた。



“立ち上がろうぜ。少年たちよ”



 僕はその紙で紙ヒコーキを折り、窓から外へ投げた。紙ヒコーキは風に乗り、思ったより遠くまで飛んで行った。

 しばらくして僕の名前を呼ばれ、先生に連れられて別教室へ移動した。その間先生は、

「ただ話を聞くだけだから、何も怖がることはないからね。警察の人に尋ねられたことは、出来るだけ答えてね」

 と優しい口調で言い、僕の肩を二度叩いた。先生の手が軽く震えているのが分かった。


「大丈夫だよ、先生。僕、事情聴取って一度は受けてみたいと思っていたんだ。テレビでしか観たことないから、凄くワクワクする」

 そう言うと、先生は安心したように笑みを浮かべ、何も言わずに僕から目線を外した。


 教室の中に入ると、ひげの生えたおじさんと、若い男の人がパイプ椅子に座り、紙束をぱらぱらと捲っていた。僕の姿を見るや否や、

「やあ、こんにちは。いきなりでビックリしていると思うけど、とりあえずこっちに座って」

 と、長机を二つ挟んで向かい合わせに置いてあるパイプ椅子を指さした。パイプ椅子に座るとギシギシと軋んだ。


「ええと、さっそくで悪いんだけど、君は最近この辺りで起こっている通り魔事件のことを知っているかい?」

「はい、知っています」

「じゃあ、その事件についてどう思う?」

 僕はしばらく思考する振りをした後、

「酷いことをするなぁ、と思います」


 と答えた。おじさんはひげを撫でながら、一つ溜息を吐いた。僕の言ったことを若い男がメモしている。

「じゃあ、この事件のことで何か知っていることはないかね。例えば、誰かがナイフを持っているのを見たとか、この子が“少年リッパー”しか知らないようなことを話していたとか……」

「……特にそういうのはありません」

 僕が言うと、おじさんは先ほどよりも深い溜息を吐いて、そうかい、ありがとう、と言い、僕を退出させた。


 教室の外では先生と、次に面接をされる洋平が立っていた。洋平は僕に目で合図を送り、僕は笑みを浮かべてピースサインを送った。先生に背中を押され、洋平はおじさんたちの待ち構える教室の中へと入っていった。バタンと扉が閉まるのを見送り、僕は先生を一瞥した。先生は僕を見下ろしている。それも、今まで見せたことのないような不審がるような瞳だった。

 僕は特にそのことには触れずに、教室へ戻ろうと踵を返したとき、先生に肩を掴まれた。僕が先生の顔を見上げると、先生は眉根に縦皺を寄せて、寂しそうな表情で、僕をジッと見下ろしていた。肩に乗せられた手がギシギシと力を増していく。肩の肉に爪が食い込むような痛みに耐え切れず、僕は先生の手を振り払った。


「いきなり何ですか?」

「何を聞かれたのかな、と思って。ごめんね、力を込めすぎちゃったみたいね。先生、結構握力あるのよ」

 そう言って、何事もなかったかのように先生はおどけたように笑った。僕は肩を抑えながら、聞かれた内容を話した。

「……今はまだ大人しか被害にあっていないけれど、いつ子どもが襲われるか分からないから、草太君も気を付けてね」

「先生の方こそ気を付けて」

 僕が教室へ戻ろうと向きを変えると、また先生に呼び止められた。

「人を傷付けるということは、自分自身のことも傷付けるということなのよ、って、ずっと前に言ったこと覚えているかしら」

 首を横に振ると、先生はまた寂しそうな表情を作り、

「そう、でも、覚えておいてほしいな、この言葉。そして、いつかこの意味を草太君にも分かってもらいたい」

 僕は返事をしないまま、教室へと向かった。



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