第11章 消滅
僕が目を覚ますと、僕の隣で倒れている父さんと、その隣で膝を抱えて蹲る哀子の姿が目に入った。
「哀子……」
哀子はナイフの刃先を床に突き立てて、くるくると弄くって遊んでいた。僕が手をのばすと、哀子は手を止めて、僕へと目線を移した。
「父さんは……?」
「……起きないの、さっきからずっと眠ったままよ」
「そう、起きないのか……」
うつ伏せだった体を起こすと、視界が一瞬揺れた。
「僕は、気付いていたんだ。だけど、認めたくなかった。父さんも母さんも、僕なんかいらなかったんだ。一パーセントだって、可能性なんかなかったのに」
今頃気付いた。父さんは母さんを、殺したいほど愛していたんだってことを。父さんの呟いた「あい」は母さんの名前だってことを。僕は、元々この二人の間には入り込むことなんて、出来なかったんだってことを。
「逃げようか……。二人で、遠くまで。ずっとずっと、遠くまで。逃げよう」
哀子は幸せそうな笑みを浮かべて、大きくはっきりと頷いた。それは、もう僕たちには戻る場所がなくなったことを意味していた。
僕はナイフをポケットに入れた。親の財布からお金を取り出して、それもポケットに入れた。時はすでに夜中の二時だった。自転車に二人で乗って、僕は必死にペダルをこいだ。ずっとずっとこぎ続けた。哀子は僕の腰に腕を回して、僕のあげたブルーベリー味のガムを噛んでいた。途中、僕の手は震えた。目は霞んだ。鼻は詰まった。喉は痛かった。星はない。月が独りぼっちで朧げにぽつんと浮かんでいた。無我夢中であてもなくこぎ続けると、人気の全く感じない田舎道へと着いた。
空には星が生まれた。僕たちはそこで自転車から降りて、草むらの上に仰向けに寝転んだ。辺りはとても静かだった。
「ねぇ、哀子は僕のこと、信じてる?」
「もちろんよ。神様よりも、信じてる」
「僕も、信じてる」
哀子は僕の手を握り、目を閉じて呟いた。
「言ってなかったけど、私、本当はね……」
僕は、知ってたよ、と答えた。
後日、新聞には僕の母と父の名前が載っていた。父さんのパソコンには、母さんに宛てたであろうメッセージがいくつも保存されていた。そして、机の引き出しには腐敗した死体の破片が押し込められていたそうだ。父さんは哀子に切りつけられたが、病院で一命をとりとめ、医師の診断より精神不安定と診断された。それでも父さんは、母さんを殺したのは「少年リッパー」だと主張し続けたそうだ。息子の僕の存在は、消されていた。そして、哀子の存在も。
僕は、ナイフを持っている。
今でも少し、僕の癖が僕の道を邪魔する。
もう、気にしないでおこう。
僕には、失うものなんてないのだから。
そう、だから、たまにナイフに血がついているけれど、それはきっと……。
「君、こんな夜中に一人で何をしているんだい?」
「僕には、哀子がいますから。一人ではないです」
僕を怪訝に見つめ返す大人を僕は気に食わなくて切る。
そう、これからもずっと哀子と二人で。
この「復讐遊び」は僕が大人になり、最後の一人を刺して終わるのだ。