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傀儡の王様と仇花

傀儡の王様と傾国の少女

作者: かんなぎ

昔々、その昔。

この国には勇猛果敢な一族がいました。

血の繋がりを何よりも大事にし、武を持って国に貢献する強い男達の一族です。

彼等が槍を担ぎ、馬を引き、先陣を切れば、どんな戦も負け無しでした。

蛇の様にこの国を狙う近隣諸国は、彼等の勇猛さに怯え、どうにも手が出せずにいました。


面白くないのは、学を象徴する貴族達でした。

国を縁の下で支える彼等には、武の一族のように華々しい武勲をたてる機会は少ないのです。

不満の溜まっていた彼等は一族を蛮族と呼び、馬鹿にしました。

最初の内は武の一族は無視を決め込みました。

しかし、それが五年、十年と続くと忍耐強かった一族の男達はついに貴族達を木偶の坊、と馬鹿にし始めました。

年々彼等の仲は悪くなって行くばかりで、国の中はぎすぎすとした空気が漂うようになっています。

隣の国から身を守る為には、両者が協力しなければならないと言うのに、です。



さて、これに一番困らされたのは任命されたばかりの若い将軍でした。

彼は貴族の一員ではありましたが、もっぱら戦場に赴く事が多く、中立的な考えの出来る人間です。

しかし、だからこそ彼は悩む事になったのです。

学の貴族に、武の一族。

どちらの肩を持っても、どちらかが面白くないと反発するのは目に見えていました。

将軍は考え、考え、考えました。

そして、王に連なる血を持つ貴族である自分が、武の一族の娘を娶ることにしました。

そうすれば、貴族達は公式の場で悪し様に罵る事は出来ないし、武の一族も貴族の顔を立てなくてはならなくなるだろうと考えたのです。


国内で争う事は良策ではないと考えていた将軍は、国王様にこの案を献上しました。

賢明な国王様はこの案に賛成し、武の一族の長を呼び出しました。

そして、渋る武の一族の長と将軍と三人で酒を酌み交わし、彼の血縁の娘を一人、将軍に嫁がせる事に同意してもらいました。



これはきっと、幸せと平和を紡ぐ結婚となります。

この結婚は武の一族と学の貴族の仲を取り持ち、国の発展に繋がる一歩になる事は間違いありません。

年齢や考え方、立場は違えども、三人とも笑顔で未来を語り合いました。



* * *



ある日のこと。

結婚する前に一度は娘を見ておけと長にせっつかれた将軍は、戦に備える為に、という名目で鎧を着込み、一族の砦を訪れました。

自分の花嫁となる少女は、まだ自分の婚姻話を知らされていないと言うのです。

直前まで秘密にしておかなければ、誰の邪魔が入るか分かりませんから、仕方のない事ではありました。

けれども自分ばかりが先に会いに行くのは何となく心苦しく、また、どんな人となりなのかは知りたい一心で素性を隠しました。


顔は兜で隠し、伝達兵と偽って砦に入ると、にやにやとした長が少女を案内役に、と押し出してきました。

その娘は緩やかな髪を紐で括り、朗らかに笑う少女でした。

特段美しい少女ではありません。

けれども、春の陽射しのような柔らかさを持った、優しげな微笑みが印象的な少女です。


長の孫の一人だというその少女は、緊張した様子で砦の中を案内をしてくれました。

共にいた本物の伝達兵を連れて、将軍は少女の後に続きます。

水場、鍛治場、訓練場、万が一の隠し通路。

一通り案内し終わる頃には、少女も緊張が取れたのか、他愛もない会話もきちんと続くようになりました。


好きな物や嫌いな物、武の一族についてや、王都の流行りについて。

色々な事を話しましたが、少女が一番嬉しそうに話すのは好きな花についてなのだから、年頃の娘にして随分素朴なものだと驚きました。

けれどもその言動や態度のどこにも陰りはなく、穏やかな少女であることは明白です。

これならどうにか上手くやっていけそうだ、と将軍は胸を撫で下ろして王都に戻りました。



そうして野を越え山を越え、自分の城に戻るとどうにもその殺風景さが目立ちます。

将軍の城は大きく、立派な古城ではあるのです。

綺麗に整えられた庭木、きらきらと輝く噴水、美しく整えられた部屋、重厚な造りの屋敷。

けれどもあの少女がここにやって来ても、嬉しそうに笑う姿があまり上手く想像出来ないのです。

実際に嫁いで来てしまえばそんな事もなく、あの砦でそうだったような穏やかに笑うのだろうとは思います。

けれど、どうにもじっとはしていられず、せめてあの少女が好きだと言った花を植えてみようと、将軍は庭の片隅に花の種を撒きました。

庭師には触らせず、自らの手で育てました。

一輪、また一輪と花が咲くたびに、将軍は心が暖かくなるのを感じました。






しかし、そんなゆっくりとした時間は長くは続きません。

賢明な王様が崩御なさったのです。

若くしての突然亡くなった為、王子様がおらず、次の王様を貴族の中から決めなければなりません。

将軍も王様に連なる血筋です。

次の王様の候補として挙がったのですが、色んな貴族にやっかまれてしまい、少女との結婚は延びに延びてしまっていました。





* * *




ある日、風のような速さで報せが渡り、王都には驚きの声が溢れかえりました。

将軍の名を騙った王様の候補者の一人が、武の一族を大きな戦があると呼び出し、罠に嵌めたというのです。

将軍は慌てて馬を駆け、一軍を率い、武の一族を襲った貴族を捕らえましたが、時は既に遅く、一族の男達は全て死んでいました。


呆然とする将軍の耳に次に入ったのは、最悪の報せでした。

武の一族の生き残りが、敵討ちと称して騎士達を殺し、砦で籠城を始めたと言うのです。

例えそれが不当な処分であったとしても、正当な手段による抗議をせずに国に弓引けば、それは反逆罪になります。

ただでさえ怨みを募らせていた貴族達は、これ幸いと反逆罪だと捲し立て、私兵を派遣しているのだと言うのです。


武の一族を見下す貴族達に攻め入られたら、どんな卑怯な手を使われるか分かったものではありません。

将軍として軍を率いて彼等一族を制圧し、速やかに保護する必要がありました。

頭に過った少女の微笑みに、将軍はいてもたってもいられずに道を引き返し、全力で一族の砦に向かいました。






けれど、彼は間に合いませんでした。

将軍が砦に踏み込み、地下通路から侵入していた私兵を拘束した時には、砦の中は酷い状態でした。

どうにか息のある者を集めましたが、両手で数えられる程しかいません。

あの少女は生きているのか確認すると、虫の息ではありましたがどうにか生きていました。

少女の昏く、怒りで染まった茶色の瞳が、将軍に向けられます。

かつてのような、優しく柔らかな色味は、もうどこにも存在しません。




この日、将軍は王様と長と自分の三人が描いた「未来」が崩れた事を悟りました。




* * *




貴族達の指示を得る為に独断で私兵を派遣した王様の候補者は、国益を損なったとして身分を剥奪されました。

将軍は武勇を誇る一族を喪わせた責が問われ、王様の候補者から外されました。

結局新しく玉座に着いた王様は、そんな悲劇などなかったかのように享楽に耽ります。

税を上げ豪遊する傍ら、訳もなく近隣国にちょっかいを出し、尻拭いは全て将軍に押し付けました。

そんな事を繰り返していれば、近隣国にもこの国の惨状が伝わります。

次第に国土拡大としての戦争ではなくなり、この国を解体し、民を救う為に争うようになっていました。





* * *






彼女を自分の城に連れ帰ると、古塔の中に入れました。

例え圧倒的な被害者であっても、少女は反逆者なのです。

劣悪な環境の罪人の牢に入れない為には、こうした部屋に入れるしかなかったのです。

けれども将軍は必死に部屋を整え、罪人の中でも最上の待遇で少女を迎えました。


将軍は毎日毎日、少女が好きだと語った花を詰んで見舞いに行きました。

毎日毎日摘むものだから、折角植えた花壇は丸裸になりました。

それでも摘み続けようと考えた将軍は、毎日野原に降り立ち、咲いたばかりの花を摘みました。


少女は将軍を見ると、泣いて喚いて花を引きちぎり、呪いの言葉を吐きました。

彼女の父親、兄、祖父は将軍の名を騙った騎士達に殺されたのだから、それも当然の事でしょう。

けれども将軍は毎日毎日忙しい中、時間を見つけては見舞いに行きます。

少女が死にたがるのを見張る為、というのもありましたが、それ以上に彼の心の平安の為でした。


少女は、将軍の犯した罪の象徴です。

王侯貴族に属しながら彼等の凶行を止められず、武の一族と盟約を交わしながら、少女を娶ると誓いながら、全てを救えなかった罪です。

共に歩む未来を描きながら、何の罪もない非戦闘員を何百と死なせた、罪です。

例え誰もがあの惨劇を将軍のせいではないと慰めようと、彼はそうではないのだと思い知らされたくて、毎日少女に恨みをぶつけられに行くのです。



長い間が、過ぎたようにおもわれます。

少女が落ち着きを見せ、自分の中で色々な事に諦めがついてきたある日。

少女は突然飲食を拒否しました。

心配はしながらも、またいつもの死にたがりだろうと、それ程大事にはならないだろうと考えていました。


けれども少女はその日から全く食べようとしなくなったのです。

自分で噛み砕いて口移しで飲ませても、暫くすると吐き出します。

何故食べないのかと怒ると、少女はこのまま生きていると一族の誇りを穢されるばかりだと言いました。

誇り高い一族の少女は、敵討ちを出来ない自分が生きる事を許せなかったのです。

そして、それ以上に罪の無い命にーーー腹に宿ってしまった命に、この業を負わせられないと、考えてしまったのです。





将軍は、恐怖しました。





将軍は、少女を愛してなどいません。

愛する事が出来ただろう未来は、とうの昔に喪っています。

だから、彼が少女に向ける感情はそんなものではありません。

ただ、自分が犯した罪を糾弾し続ける存在が欲しかっただけなのです。

もしも彼女が死んでしまえば、一体誰が将軍を罪人として扱ってくれるのでしょう。

どんな手を使ってでも、何を背負う未来でも、と将軍は覚悟を決めて少女に求婚しました。


けれども少女は、将軍より余程察しが良かったのです。

将軍の愛の無い求婚に気付き、彼が罰を求めている事も、自分の誇りの高さが幸せを拒否している事も、国に対する恨み辛みも、全部全部混ぜこぜにして自分の気持ちを将軍に叩きつけました。




愛しています、と笑って、でも貴方だけは絶対に許さないわ、と涙して。




少女は暫くして、彼の腕の中で冷たくなりました。

自分が幸せにするはずだった少女を、誰もが手を取り合う未来の証であった少女を抱え、将軍は泣きました。

泣いて、泣いて、泣いて、国を埋める程の涙を流し、彼は腐敗した国から姿を消しました。




* * *




そして数年後。

将軍は近隣国の軍を率い、王都を陥落させました。

そして、国を滅ぼした王族として、最後の王様となりました。

それは、近隣国によって土地が分割され、王侯貴族によって犯された罪が全て明るみに出るまでの、傀儡の王様でした。


傀儡の王様が全ての罪を負い、処刑される事は最初から決められていました。

それを前提に軍を貸して貰っていたのですから、将軍も文句はありません。

ただ、傀儡の王様であり続ける期間、つまり生きてる間は毎日とある少女に花を捧げたいので、夜明け前の一時間だけ自由が欲しいとだけ要求しました。


最初の内は見張りの兵達も訝しみ、その少女が王の内通者なのではないかと傀儡の王の跡をつけました。

けれども彼は毎日毎日ただ白い花を摘み、見晴らしは良いけれど何もない丘にそれを置き、朝日が丘を照らす前に城に戻るだけなのでした。

ある日とうとう我慢出来ずに兵の一人があの丘には少女なんて居ないではないか、と問い詰めました。


すると彼は悲しげに、土の中だ、と告げました。

誰よりも愛したかった、幸せにしたかった少女なのだ、と。

見張りの兵達はその言葉に何も言えず、王が丘に行くことを止めなくなりました。

いつしかその丘は、傾国の少女の丘と呼ばれるようになりました。




将軍は毎日毎日花を摘み、少女の眠る丘に行きました。

雨の日も、嵐の日も、雪の日も、晴れの日も。

断頭台に消えた日の朝まで、欠かすことなく。




枯れた花から種子が落ち、土に抱かれ水を吸い、また新しい命が芽吹きます。

例え花を携える将軍が訪れなくなったとしても、きっと今でもあの丘には白い花が咲き乱れているのでしょう。

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