4.紗枝のいぬ間に
それから、何日かが過ぎた。
もともと身体が丈夫でない紗枝は病気にかかり、短期入院をしていた。それほど心配する必要はない状態だったが、両親は紗枝を休ませて代わりに家事をしてくれると約束した。
その日、母は紗枝の代わりに祖父の世話をしていた。
慣れていないせいもあるだろうが、娘が日々やってきたことの大変さが身に沁みた。祖父の世話をしてまだそう何日も経っていないが、既に止めたくなっている。
大体、母は祖父が好きではないのだ。そこには「祖父が戦争で人を殺した」ということへの強い反発もある。
「お義父さん、ちゃんと起き上がってください! もう、汚いんだから」
母は苛つきながら舌打ちをした。祖父はなんとも弱々しい声で言う。
「お母さんはどこ? 早く帰って来てほしいなぁ」
「紗枝はあなたのお母さんじゃありません! 」
母の気迫に、祖父がおののいた。
「怖いのう」
母は深くため息をつき、思い出したように言った。
「そうだ、今日の午後に庭の柳を伐りに人が来ますからね。お義父さん構いませんよね」
もしかしたら祖父は、柳の木の存在を忘れているかもしれない。きっと私が何の話を言っているのか理解できないだろう。だってこの人は、私や夫のことまでも分かっていないのだから――。そう思い、母は祖父を睨んだ。
「――あぁ? 」
先程までとは打って変わった、腹の底から出てきた疑問の声。
一瞬にして、祖父の表情が変わった。
「なに言うとるんじゃ! 勝手なことをするな! 」
それは普段の呆けている祖父ではないようで、母はたじろいだ。しかし母の強気なものの言い方は変わるところを見せない。
「ですが、お義父さんが柳を大切にしているのは知っていますけど、あの柳のせいで紗枝は苦しむことになるんですよ。今までだって色々悪く噂されて学校で苛められたし、近所でも嫌な目で見られているんです。あの柳のせいであの子が可哀想な目に会ってるんですよ! 」
祖父は寝込んでいる老人とは思えない気迫に満ちた眼差しをしていた。母は疑問に思いながらも、説得を続ける。
「それに、このままだと紗枝は一生結婚できずに寂しい人生を送ってしまうんです」
母は、父には既にこの話をしていた。父は紗枝が言った「柳を伐ると私も死ぬ」という言葉にひっかかっていたが、なんとか納得させたのだった。「柳を一本伐ったくらいで死ぬわけないでしょ。紗枝だってそんな覚悟なしに言ったに決まっているじゃない」と。
「お義父さん」
母がここぞと猫なで声をだす。
「――勝手にすればいい」
祖父は布団の中に身と心とを隠した。
そうして、その日、紗枝のいぬ間に、柳の木に刃が入れられたのだった。
続きまーす。