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1.青年と柳の木

 紗枝は幼い頃から大人しい子供だった。

 近所に住む同じ年頃の子供たちはみんなで仲良く遊んでいるのに、紗枝だけはいつも一人でいることが多かった。しかし彼女の両親は仕事で忙しかったため、紗枝のことを心配しながらも一緒にいてあげることができなかった。

 紗枝は暇があるといつも、庭にある立派な柳の木の側に座っていた。

 柳の木は吉祥木として古くから好まれているが、昔の幽霊画に頻繁に描かれているように、霊的な植物とされ忌みられることも多い。そのため家の庭に柳があることは珍しいのだが、紗枝の家には昔から一本の立派な柳の木があった。紗枝が生まれるずっと前から、それはあった。

 時が過ぎていくにつれ紗枝は美しい娘に育ち、また、他人との距離はますます広がっていた。彼女は幼いころと変わらず、いつも柳の側にいた。柳の葉がサヤサヤと風に靡くと、紗枝の長い髪の毛も柳の木の下で同じように揺れていた。



 「紗枝、またそこにいたの。まったく、頼んでた買い物はどうなったのよ」

「あ、お母さん」

 紗枝は柳の木を優しく撫で、買い物袋を持って母の元に急いだ。

「ごめんなさい、買い物はしたんだけど、話に夢中になっちゃって……」

 母は袋を取り上げ、家の中に入って行く。紗枝も続いた。

「早く冷蔵庫の中に入れないと駄目じゃない」

 言いながら袋の中身を冷蔵庫に入れ、母が訊いた。

「――誰と話してたの? 」

 少しの間を開けて紗枝が答えた。

「柳の木よ」

「――」

 母は会話を断念した。黙々と冷蔵庫の中を整理する。

 そんな母を見ながら、紗枝は気づかれない様にため息をした。深い悲しみを感じた。いくら血の繋がりがある母子といっても、心の繋がりはないのだ。母は紗枝のことなんか少しも分かっていないのだ。分かろうともしないのだ。



 「きっとお母さんは私のことが嫌いなのよ。私の話を聞こうともしないんだから」

 紗枝は少し頬を膨らませた。隣ではさらさらの黒髪で涼しい目元の青年が立て膝をし、紗枝の話に耳を傾けていた。

「そんなことはないよ。君のお母さんもお父さんも、紗枝をとても大切に思っている。僕には分かる」

 青年は低く落ち着いた声をしていた。

「いいの、もう慣れたんだから。それにあなたが私の話を聴いてくれる。あなたが私の全てを受け止めてくれるんだから……」

 紗枝が言った後で赤くなって俯いたので、青年は美しい眉目を優しくゆるめた。彼が笑うと何処からか微風がやって来て、紗枝の頬をくすぐった。

 彼女は青年のことを本当に言葉通りに思っていた。青年は広く深い、慈愛に満ちた心で紗枝を受け止めてきたのだ。もう、ずっと以前から。

 彼らは手を繋いだ。すると相手の温もりが伝わってくる。


(なんて気持ちいいんだろう。私たちは繋がっているんだ、心が通じ合っているんだ)


 紗枝は本当にその青年のことが好きだったけれど、そのことを良く思っていない人が大勢いることを知っていた。近所の人が色々な噂をしているのも知っているし、両親でさえ彼女に嫌な顔をする。

 だけどそれでも良いと思えた。紗枝の中の天秤がしっかり彼に傾いていたから。


 ***

 

 紗枝は父、母、そして父方の祖父と一緒に暮らしている。しかし先にも述べたように両親は仕事であまり家に居なかったし、祖父は病気のため寝たきりで、ほとんど口も利けなかった。

 紗枝は祖父の世話を引き受けていた。食事をさせたり、体を綺麗に拭いてあげたり、下の世話もしていた。それは大変な仕事だったけれど、彼女はもう何年も続けていた。

 祖父は、日本が太平洋戦争をしていた頃に兵隊として働き、大変な苦労をしてきた。そしてその大変な時代の中で、家族や国を守る為に必死で生きてきた。祖父は自分ではそれを語らない。それらは全部、あの青年が教えてくれた。だから祖父に感謝できたし、祖父の世話ができることをありがたいと思えた。


 「私はおじいちゃんが大好きよ」

 紗枝は祖父の寝顔を見ながらそう呟いた。皺が至る所に深く刻まれており、染みが点々と見える。顔色は悪い。しかし何故か天使の寝顔に見えるのは、もう直ぐ天国に召されるためであろうか。

 どの位の間、そこに座っていたのだろう。ゆっくりと祖父が目を開けた。

「目が覚めた? 」

 祖父の視線は紗枝の眼をとらえた。

「お腹空いた? ごめん、まだご飯の支度してなかった」

 紗枝が食事を作りに立ち上がろうとした時、祖父の手が伸び、彼女を引きとめた。

「――紗枝」

 驚いた。本当に久しぶりに名前を呼ばれたのだ。まだ覚えてくれていたのか。

「なに? 」

 紗枝は緊張した。祖父はいつもの呆けた祖父ではなかった。彼は何を言わんとしているのだろう。これから何が起こるのだろう。祖父は澄んだ目で紗枝を見つめている。

 長い沈黙があった気がする。やっと喋った時、祖父の視線は天井に向かっていた。

「庭に柳の木があったろう。あの柳はなぁ、木の王様なんじゃ。もうずっと昔からあそこに立っているんよ。――わしも、あの木が大好きでなぁ」

 紗枝は少し気味悪く思った。「わしも」という事は、紗枝も柳の木が大好きな事を知っているのだろうか。しかし、どうして寝たきりの祖父が。

 祖父の瞼が閉じ、紗枝に再び現実が戻って来た。

 紗枝は逃げるように台所へ向かった。


 


続きます(^^)/


青年は、紗枝だけに見える柳の木の精霊さんです。


(読みにくかったので改行を増やしました!)

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