顔面凶器
ピリピリした超デンジャラスな空気が流れる中、高級外車のクラクションとエンジンを吹かす音が止んだ。
ナオちゃんも相手が止めたので威嚇する行為を自重すると対向車の出方を待った。
しばしの静寂が車中をつつむ。
いったいこの先どうなるのだろうと思いを巡らしていると、高級外車の左側ドアのパワーウインドウが下がり、そこから男が首を出した。
ぱっとみた感じ、男の年齢は40代半ばぐらいだろうか。パンチと言うのかアイパーと言うのか知らないがアフリカ先住民のようなコテで焼いたヘアースタイルをしていて、黒のサングラスと口元にいやらしい感じのちょび髭をたくわえていた。
街でこのような人物を見かけたら間違いなく避けて通る風貌をしており、まさに顔見て「ごめんなさい」の顔面凶器といったところだ。
「おい、こらぁ! さっきからクラクション鳴らしくさりやがってうるさいんじゃ、こんまい車のくせして何いちびっとんねん。さっさとどかんかい」
予想通りにその顔面凶器のおっさんは、こちらが道を譲らなかったことに激怒していて、密閉された車中にでも聞こえてくる大声を張り上げ、どなり散らしてきた。
私はとんでもないことになってしまったと思い、「早くナオちゃん謝ってくれ」と願いつつ後部座席でちぢみ上がり小さくなっていた。
そんな私の気持ちも知らずにナオちゃんは、顔面凶器のおっさんと同じようにドアウインドウから顔を出すと事態をさらに悪化させるようなことを……。
「じゃかましいわ。おまえのほうこそどかんかい! そんなでかい車でこんな道走ってくんな。だいたい、乗りこなしもでけへん車やったら最初から乗るな」
あわわ、まさかの喧嘩腰である。ナオちゃんの言ってることは、ごもっともなのだが言い方が悪い。
小心な私はとっさに隠れる場所を探すが狭い車内にそんなところはあるはずがない。
こういう時は妻にナオちゃんの暴走を止めてもらおうと、目で「何とかしてよ」合図を送るが妻はこの展開が愉快痛快みたいでナオちゃんを止めるどころか、「ナオちゃん男前やわ、よう言うたわ」とやや日本語の使い方が違うような気がするがナオちゃんを賞賛している。
妻はあてにならないので思い切ってナオちゃんに自分の思いを伝えてみることにした。
「ナ、ナオちゃん。なんか、やばそうなおっさん怒ってるみたいだし、ここは一つ理不尽だと思うだろうけど、わび入れてバックしようよ」
私の意見に対して、妻が途端に反応した。
「はぁ? あんた、何眠たいこと言うてんのよ。頭大丈夫か? いいか、原因を作ったのはあのおっさんや。退避ゾーンがあるのに無視してこっちに来たからこんなことになってるんやろ。だいたい、見た目が怖そうだったら理不尽でも謝るんかい。あんた、それでも男か? 所詮あんたが偉そうに出来るのは自分より立場の弱いコンビニ店員とかファミレスの従業員ぐらいやわ。ほんまに情けない」
ちょっと一言物申しただけでこのありさまである。私は妻にこてんぱんに言われて悔しい気持ちでいっぱいだったが、図星なだけに黙るしかなかった。
「ナオちゃん、こんな人の言うこと間にうけたらあかんよ。最後までしっかり筋通したりや。なんかあったら、うちが何とかしたるさかい一歩もひいたらあかんよ」
万事休すである。
私の言ったことで事態がより悪い方向に進んでしまった。
しかし、「筋を通す」っていつからこの車中は任侠映画の世界になってしまったのだ。それに最悪「何とかする」って……。何とも嫌な予感がした。
「貴子分かってる。あいつが悪いのやから、うちは絶対にひかへんわ」
ナオちゃんは発言からして強気な姿勢を崩さない腹づもりみたいだ。
もはや、この二人に大人の対応を求めるのは不可能である。と、なると後は顔面凶器が大人の対応をしてくれるのを願うばかりなのだが……。
頼みの顔面凶器はというと、先ほどナオちゃんの言った事に対して、「あほかぁ~、ふつうはこんまい車が道譲るもんなんじゃい。こんなの常識やろ。ええから、そのしょぼい車バックさせて道あけんかい」
さすが、見てくれが本職みたいなだけあって、相変わらずに怒鳴り散らしている。もはやいくところまでいきそうな気がしてしまう。
そして顔面凶器はさらにナオちゃんを刺激する触れてはいけないようなことを言ってしまったのだ。
「だいたい、なんじゃおまえの顔。事故にでもあったんかいな? 俺も男やから言わせてもらうけどな、もしもかわいい子が運転してたら道の一つも譲ってやるってもんや。それがおまえの顔みて笑たわ。ほんまブサイクやのう」
ぐはぁ。子供同士の口喧嘩なら相手の容姿、見てくれをけなすのは常套集団なのだろうけど、大人の喧嘩では理性が手伝ってなかなかに踏み込めない。
それを顔面凶器はいともやすやすと打ち破っての発言なのだ。
確かにナオちゃんを初めて見たときから残念な顔立ちだとは思っていたが、こうも自分自身が感じていたことを聞いてしまうと不謹慎ながら笑いがこみあげてきてしまう。
いやはや、それにしてもこの顔面凶器の言ったことは破壊力抜群で酷いものだった。
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