ペットボトル症候群
仕事帰りの病院。
業務は定時に上がらせてもらい、予約した内科病院に行く。
軽く問診票を書くのだが、何しろ症状がないから質問には答えられない部分が多い。
結局、ほぼ白紙の問診票を出すと受け付けの方が住所と健康保険証を確認しながら、「それで、どうされました?」
って聞かれ、問診票意味なしと思いながら「会社の健康診断で尿糖異常が出たので精密検査受けてくださいと言われたので……」
「あ、なるほど分かりました。それでは席に座ってお待ちくださいね」
ほどなくして、名前を呼ばれたので診察室に入る。
中には【医学博士】と書かれた名刺代わりの証明書を背に白髪交じりの頭髪をした若いのか初老なのか年齢不詳の内科医が問診票をにらめっこしながら話かけてくる。
「最近、異常に喉が乾いたり、身体がダルいとかありますかな?」
「はい、夏なので喉が乾くのでよく水分は摂ってます」
「それは、お茶とか水ですかね」
「はい、それもありますけど、ポカリとか炭酸飲料、それとビールですかね」
医者は根掘り葉掘りとふだんの生活を聞いてくる。
「で、先生、どこが悪いのでしょうか?」
「血液検査の結果次第だけど、たぶん糖尿病になりかけてる。ペットボトル症候群かな。今から血液検査して下さい。結果は明日の昼以降かな」
ペットボトル症候群って、何それって話だわ。
なんでも先生の話では清涼飲料水などの糖分の多いものをペットボトルで500ml等々グビグビと一日に何本も飲んでいると血液中の糖分の処理が間に合わなくなり、それが継続してしまうと急性的に糖尿病になる事を言うそうだ。
結局、その日は血液検査だけして帰宅することになった。
「どうやった? ブヒムヒ」
そのスマホゲームで飼っている豚の名前を俺につけるのはいい加減やめて欲しいものだ。
「血液検査しただけやった。結果は明日また聞きにいくよ」
以前通っていたヤブの歯医者と違い、内科医は検査結果出るまでは軽はずみな事は言わないようだ。
仕事終わりの病院通い、冷蔵庫に行きビールを飲もうと手を出すと……。
妻に耳を引っ張りあげられた。
「あんた、何考えてるのや」
どうやら、分かってはいるがこちらも検査待ちのようだ。
仕方ないので、炭酸飲料を飲もうとしたが、先ほどのペットボトル症候群を思い出して自重することにする。
翌日になり、今日も仕事帰りに昨晩行った内科医院の待合室にいた。
名前が呼ばれ診察室に入った。
仕事中も気になっていた検査結果に多少の緊張がはしる。
医師はプリントアウトされた検査結果を眺めながら「だいぶ検査の数値高いので入院しましょうか」といきなり切り出してこられた。
「にゅ、入院ですか!?」
と一応に聞き返す。
医師は該当する検査結果の血糖値とヘモグロビンa1cという項目に赤ペンで斜線を引き説明してくれた。
血糖値は488、ヘモグロビンa1cは10、8と数値が印字されている中、通常の血糖値は120以下でヘモグロビンa1cは6以下だとの事。
血液検査の結果は遥かに診断基準となる数値を超えているので診断は【糖尿病】だと言われた。
血糖値が高いのは一時的に食事内容で高くなる事もあるそうだが問題はヘモグロビンa1cでこの数値はこの3ヶ月間の平均を表した数値でここが高いのが入院する決定的な部分だそうだ。
「大学の付属病院に紹介状書きますから、出来るだけ早く受診されてください。糖尿病は今日とか明日にも命に関わる病気じゃないけど放置すると日常生活が出来なくなる怖い病気だから……詳しい事は入院されてから聞いてください」
確かに尿検査でオシッコに糖が出ていたとはいえ糖尿病と言われてもピンとこない。
「この病気の怖いところわね。最初はこれといった自覚症状がないところなんですよ。しいて言えば最近疲れ易くなったとか、ダルくて喉が乾くみたいなのが初期段階かな。ただ、高血糖の状態つまりは血液中の糖分濃度が高い事が年単位で続くとね血管が詰まったりして様々な病気の引き金になるから早いうちからの治療と予防が必要になるのですよ。だから、患者さんはまだ若いから将来的に合併症で苦しまない為にも入院してください」
と医師は入院に至る経緯と糖尿病の事を教えてくれた。
自宅に帰り道すがら、人生初の入院に流石にショックは隠せない。
まずは妻に報告しないといけないし、会社もしばらく休む事になりそうだ。
あ、そういえば入院期間の目安聞くの忘れていたが、入院先の大学病院でないと分からないと、言われるのが落ちだろうと思い引き返すのはやめた。
「ただいま〜」
と帰ると可愛い娘の玲愛が迎えにくれた。
「父ちゃん病院どうだった?」
心配そうな目で問いかけてくる娘に正直に言うべきか悩む。
「うーん。悪くはないけど暫く病院にいる事になったよ」
半分嘘で半分本当の事を言って娘を誤魔化す。
「あんた、そんな悪いのか? 入院なんでしょう」
だが、妻の貴子には娘のようにはいかない。
妻には、先ほど医師から伝えられた入院に至る経緯を話した。
「そっか、まぁ、しっかり入院してきなよ。病気なら仕方ないからね」
と意外と優しかったので、なんだかんだ言っても愛を関してる。
「で、病気だったら傷病手当とか出るのでしょう」
愛の余韻にも浸らせてくれない妻の一言に結局そっちかいとも微妙に思ってしまうのだった。




