忍者めし
雨の日の月曜日。
休日明けの出勤というだけで朝からブルー全開。「だりぃー、だりぃー」と独り言を叫びつつ車に乗り込む。時刻は午前6時50分、昨晩に妻が握ってくれた一合ほどはある具入り爆弾おにぎりをかじりながら愛車のエンジンをかける。結婚した当初は出勤する私に「いってらっしゃい、あなた」とお見送りしてくれた優しい妻の面影を懐かしく思いながらハンドルを握っていざ出勤。ちなみに結婚して15年経った現在進行中の妻は大きないびきをかきながら夢の中、起きるのはおそらく午前9時頃だと思われる。まぁ、ファブリーズかけられないし、毎日の朝食としておにぎりを握ってくれるだけ良しとしよう。そう自分に言い聞かせた矢先、おにぎりの具の中身に違和感を感じた。なにやら異物を口内で感じ取ったのだ。あわてて異物を手に吐き出すと、中にはくちゃくちゃに丸められた紙が混入していた。「なんじゃこりゃ?」と反射的に丸められた紙を開けてみると「詫びとして帰りにケーキ買ってこい」と書かれていた。咄嗟に紙に書かれている「詫び」って言葉に反応してしまう。さてさて、妻に対して謝らなければいけないような事をしただろうか? と昨日の出来事を思いだそうとするのだけど、そもそも、おにぎりの具の中に紙を入れられ伝言ゲームされた私は忍者か! と突っ込みをいれたくなるし、下手したら紙を食べていたかもしれないようなリスキーな事をされたのだから謝って欲しいのは自分の方だと考えてしまうのは決して間違っていないような気分がした。だが、そんな事を面と向かって妻に言えるぐらいならこのような憂き目に逢う事もないのだろうから現実を受け入れるしかないのだった。でも、昨日何かあったのだろうかと思い出してみるものの、普段から大なり小なりと色々とやらかしているものだから、ここは慎重に考えないとのちのち墓穴を掘って二次被害が出る可能性がある。だから、会社に向かう道すがらにゆっくり考えることにした。まず、貢物として「ケーキ」を妻が所望しているところからして、家族分のケーキ代金は額にして2000円ほどと推測されて、そこから推察するにさほど罪は重くない気がする。だから、妻の500円貯金を豚の貯金箱から時々拝借しているのはばれていないだろうと考えられた。ぶっちゃけ、もう数十枚も抜いているので見つかったら殺されると思われたからだ。次に女性関係を疑ってみる。女性関係と言っても、近頃巷で問題視されてるゲス不倫のような相手のいる甲斐性のあるものじゃなく、いわゆるエアー不倫というべきか鑑賞のみのアダルトビデオやエロネットサーフィンといった類のもの。以前も妻に内緒で買ったエロDVDを郵便局員が配達に来た際、着払いの料金を払おうと財布を探してる間に、妻が先に応対に出た為酷い目にあったことがあった。郵便局員が言わなくてもいいのに「ご主人さんのお荷物ですね。着払いですが料金払われますか?」といかにも私の荷物が如何わしい物だと匂わすような事を妻に聞いたものだから、女の勘が発動したのか、郵便局員に「旦那は頭の病気で亡くなったのでいらんわ」と素で答えて持ち帰りさせていたことがあった。妻はちょいちょい私が痛い言動をすると死んだことにするのだ。その後、妻にプロレスの技をかけられて死ぬぐらい痛めつけられて宅配物の中身を吐かされたのは言うまでもない。そういった訳でそれ以降エロは局留めにしているから購入しているのはばれていないと思われるし、エロサイトの閲覧も昨日はしていないからそれでもない。
じゃ、いったい何をしたのだろうと記憶を辿るのだが、妻の話を聞かない等々、些細な事を上げ出したら枚挙にいとまがないので言いがかりをつけられたら認めざるえないのだった。そんな風な事を思いながら会社に向かい運転していると、国道に出た途端に道が渋滞し始めたのだ。最初はちょろちょろと車の流れがあったのだが、東山トンネルを手前にした場所で車輪は完全に止まってしまった。ナビ情報によるとトンネル内で事故が発生しそれが原因だそうだ。コンソールについたデジタル時計だけが10分、20分とすぎ「早く動き出せ」とイライラが募った。普段なら7時にはトンネルを抜けて中心市街を走ってるはずが、未だトンネル手前で立ち往生していて時刻は7時20分を回っている。会社の始業時間が8時なので、今から動き出したとしても出社はギリギリなのだが、そういった時に限り車が動き出す気配すら感じなかった。とりあえず、このような状況になってるので会社に一報だけは入れておこうと思い携帯電話のプッシュボタンを押した。あまり、月曜日の朝から外線を入れるのは聞き耳を立てているだろう同僚達に突発休暇を疑われるので嫌なのだがサラリーマンたるもの報連相は必須なので嫌々ながら電話をした。すぐに、同僚の一人が電話に出たので上司を電話口に呼んでもらった。
「どうした? こんなに朝早くから」とちょっと嫌味っぽい言い方で聞いてくる。実は私はこの上司の事があまり好きではなかった。なぜなら、人には厳しく自分にはめっぽう甘いタイプの人間だと認識していたからだ。だから、あまり普段から関わりたくないのだが、サラリーマンたるもの通らないといけない道である。「いやぁ、車が」と言おうとしたところ、「あ、わかった。車売れたんだな」ととんでもない事を言い出す上司。申し遅れたが、私は某自動車メーカー勤務なので、常日頃から上司に「拡販、拡販」と追い込みをかけられていた。しかし、誰が月曜の朝一から拡販活動の報告を外線電話で入れるのだ。ほんと、この上司は「アホ」だと思った。でも、そんな思いをおくびにも出さず、「いやいや、違いますよ鈴木さん。ほんと冗談きついっすわ。実は――」と現状を説明した。すると上司は意外にも普段は絶対に言ってくれないことを言ったのだった。




