直談判
私は、事の成り行きを妻に報告しに小走りで車にかけ寄り後部座席のドアノブを勢いよく引いた。
一刻も早くこの悪夢のような展開から脱したい気持ちでいっぱいだからだ。しかし、無情にもドアが開かない。何度引いても「スカッ」と空振りした音が耳に響くだけだった。
これは明らかに後部ドアはロックされてることを意味していた。旦那が妻の為に修羅場の中を悪戦苦闘していたというのに、なんたる仕打ち。途端に怒りがこみ上げてくる。腹が立つのでさらにノブをガチャガチャ引張っていると、パワーウィンドウでドア窓が降りてきて「じゃかまわしいわ。ロックされてるの分かるやろ」と携帯片手の妻の姿とともに金切り声が耳に届いてきた。
条件反射的に「何でロックしてんねん」と反撃を試みるものも、すぐに「危ないからに決まってるやろ」と心が折れてしまう返しが待っていた。全くもってして憤りを覚えてしまう状況ながら、こんな場面で夫婦喧嘩出来る余裕もなく、ロックの事に関しては目をつぶることにした。それよりも妻に伝えないといけない事があるからだ。
「大変やぞ、貴子! あいつ小指がないんや。ほんまもんなんや。なんとか説得しようとしたけど聞いてくれへんねん。ほんで丸く収める為には金がいんねん。なんとかしてくれ。このままでは殺られてしまう……」
あまり、頭の中が整理出来てないものの危機迫る状況は妻には伝わっただろうと思いながら返事を待つことしばし数秒。
「ほら、ナオちゃん。わたしの言った通りやろ」
「ほんまや、当たりやね。貴子凄いわ!」
何やら自分の伺い知れない話が車内でされていたようだ。
「ほんで、あんたなんぼせびられて泣きべそかいて戻ってきたん?」
妻はお見通しとばかりに本質をついた質問を投げかけてくる。
「示談で10万って言うてた」
「うわぁ。額までぴったし当たってる……」
私の返答を聞いて、ナオちゃんが感嘆の声を上げている。
「ほんで、あんた払うの?」
「いや、だから……。どうするか相談しに戻ってきたんやないか」
恥ずかしながら実際のところ、そのような大金を持ち合わせていないので、なんとか我が家の財務大臣に金を捻出してもらわなければいけないのだ。私にとっては相談と言うよりかはお願いに近いので、妻との大切な交渉と言っていいかもしれない。というか、ナオちゃんの車に同乗していただけなのに、このようにいつの間にか追い込まれてしまってる境遇が痛すぎる。
「で、ブヒムヒの相談ってのは私にお金貸して欲しいってことなのね」
妻の返答は半分当たってるようで半分間違っている。当たっているのはお金を都合して欲しいのだが、間違っているのは「貸す」と言う言い方である。あくまでも、この問題は旦那のピンチではなく家族の危機なのだから返済義務の生じるケースであってはならないはずなのだ。しかし、ふだんから妻に対して頭の上がらない私はこう言うしか術は持っていなかった。
「お願いします」と……。
「分かったわ、一応に体を張って頑張ってくれたブヒムヒに免じて貸してあげる。けど、アイツにお金を払うのはこの状況を脱してからにする。だから、アイツのやってる交通整理を手伝ってきてね」
妻はそう言うと、顎で顔面凶器のいる方向をさした。
見ると奴は「どかんかい、オラァー」と得意のが鳴り声を上げて渋滞車両をバックさせ駆逐している。 その姿は鬼神の如くであり、流石に罵声やクラクションを鳴らしていた連中も奴の見た目と言葉遣いの悪さから関わりあうのは損と見て、私の気持ち同様に一刻も早くこの場から去りたい衝動に駆られたであろうことは容易に察し出来るものであった。
状態が緩和してきたのを見て、ナオちゃんもゆっくりと車をバックさせだした。




