修羅場
「まぁまぁ、兄ちゃんが謝る気持ちは分かった分かった」
端から戦闘する意思のない私に緩めた表情をして顔面凶器は言い寄ってくる。
そして友達でもないのに奴は私の肩に手を回してきた。
「でもなぁ、兄ちゃん謝って済んだら警察いらないって言うやろ。このケースもまさにそれやわな。あれ見てみいや。悲惨とちゃうんか」
そう言うと顔面凶器はナオちゃんの車の後方を指差した。
見ると、私たちのいざこざによって通行止めとなってる路は大渋滞となっており、クラクションや「何やってるのや」という罵声が飛び交っていた。
確かに、このチンピラが言うように事態は当事者である我々だけの問題だけでなく第三者をも巻き込む形に発展しており、どうやって事を片付けようかと考えただけで頭はパニックになってしまう最悪な状況だった。
「どうやぁ、酷い事になっとるやろ。兄ちゃん顔が真っ青やで」
状況確認を終えたばかりの私にすかさずたたみかけてくる顔面凶器である。
「ほんま、すいません」
解決策が浮かばない私はただただ平謝りするしか術は持ち合わせていなかった。
「だから、兄ちゃんよぉ。もう謝るのはいいって……。わしが欲しいのは兄ちゃんの本当の誠意なんやで……」
「誠意ですか……」
さっきから十分に誠意を持ってして詫びをしているつもりなのだが、どうにも顔面凶器には届いていないらしい。いや、薄々に奴が言っている誠意なるものの正体も分からないわけでもないのだが一応に聞いてみることにした。
「あの、自分はバカなものでして教えていただきたいのですが、いったいご主人はどのようにしたら許していただけるのですかね」
「うん? まぁ、あれだ。兄ちゃんも大人だから、いちいち言わなくても分かってるだろう。つまり謝っても解決しない時に使う便利なものがあるだろ。最後まで言わせんなよ」
それを聞いて私は確信した。要するに顔面凶器が望んでる誠意なるものは金なのである。
「それで、いかほど誠意の方はお渡ししたら……」
まことに持ってして不本意ながら、この際、金で解決出来るものならと考えてしまうところが人間の弱いところだ。私は恐る恐る額を聞いていた。
「そうやなぁ。あくまで参考程度に聞いといてほしいのやけどな。こういったケース。いわゆる迷惑料の示談ってことになってくると最低で10本やわな」
そう言うと顔面凶器は両手を顔の横で広げた。
どういう訳かわからないが右の小指が欠損しているのが痛々しい。
「10本ってのは万ってことなんでしょうか?」
「そやで、まぁ、わしらの業界では10諭吉とも言うけどな」
せいぜい1万くらいだろうと予想していた私はその10倍の金額を提示されてめまいがしてきた。それと、そもそも示談ってなんやねん……と声を大きくして抗議したいのだが、そんな勇気があれば最初からこんな状況にはなっていないのは自分が一番知っていることなので尚更辛い。
「ちょっと嫁と相談してきます」
金額が金額だけに自分のポケットマネーで精算とはいかないのだ。
「おう。はよせいよ」
と顎をシャクリ上げると、顔面凶器は手持ちぶさたなのか、さきほどからクラクションや罵声をあびせかけている車両に「じゃかわしいんじゃ、勝負したるぞ。ゴラァ」と喚き散らしに行った。




