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平日デート?

う〜ん。

伸びをして体をほぐす。

間もなく定時。

ふふふ。

昨日、シャワーを浴びてる間に律さんからメールがきていた。



今日はありがとう。

楽しかった。

明日、仕事が終わったら連絡して。



ですって。

速攻『了解』って返したのは言うまでもない。

もしかして平日デート?

知らず知らずのうちに、ニンマリしてしまう。


いつもならパンツスーツで出勤なのに、今日は期待を込めてふんわり花柄ワンピなど着て来てしまった。

おかげで仕事がやりにくいったらなかったんだけどね。乙女心よ。

私の仕事には協力会社からの印刷物の引き取りっていうのがある。これがまた力仕事で、両足を踏ん張って何百枚もの印刷物を車に乗せる姿は、見せられたもんじゃなかったワ。


同僚には普段しない格好をからかわれるし、社長には勘ぐられるし、挙げ句のはてにお客さんにまで目を丸くされた。

失礼なっ!


浮ついた気持ちをやる気に変えて、一日頑張ってきたんだもん。今日は残業なんてしないもんね〜だ。


ようやく定時を迎え、いの一番に会社を出る。

ああ。潤いのある生活っていいなぁ。この一年、仕事漬けで過ごしてきた。残業だってバンバンこなした。それはそれで充実していたけど、ぎすぎすしちゃうのよ、心が。


バッグからケータイを出し、律さんのケータイに発信。ツーコールを告げた後、気だるげな声が聞こえてきた。

『美穂?』

「あれ? 律さん仕事は?」

どう考えても今まで寝てましたって声だよね。

私の問い掛けにも暫し沈黙。

「もしも〜し!」

また眠ってしまったのかと思って、大きな声で呼び掛ける。

『律さん、か。いいもんだな。』

ポツリと律さんが呟いた。そんなにありがたがってくれるんなら、もっと早く呼んであければ良かったかな。都会の一人暮らしって寂しいもんよね。私もお母さんからの電話にジーンとしちゃう時があるから、分かるよ。


「昨日はありがとうございました。仕事終わりましたよ〜。」

『この後フリー?』

「はい。」

心臓が飛び出してしまいそうなくらい胸が高鳴る。

『あのさ、飯でも食わない?』

「喜んで〜!」

ドコゾの居酒屋で、バイトでもできそうなくらい良いお返事をした。

良かった〜! 女の子らしい格好してきて。


やっぱり寝ていたという律さんが支度に少し時間がかかると言うので、律さん家の最寄り駅で待ち合わせをした。

30分くらいで着いちゃうんだけど、大丈夫かな。

支度できるかな。


電車にゆられて30分。待ち合わせ場所に行くと、律さんはもう着いていた。

「早っ!」

「おう。お疲れさん。」

爽やかに笑って改札の向こうで手を振っている。

ズキュン。うっ。射ぬかれた!

笑顔も凶器になるのね。


精算を済ませて小走りで律さんに近寄る。

濡れた髪と石鹸の香りが、私の胸を余計にざわつかせる。

「律さん、シャワー浴びてきたんですか?」

「今日休みだったから久しぶりに部屋の掃除をしたんだ。汗っぽくなったから流してきた。」

やだっ!

私も汗かいたし!

臭うかも。


気になるとそれしか考えられなくなり、一歩離れる。

「美穂?」

訝しげな視線を投げ掛け、離れた私に一歩近寄る。

「ダメ〜っ!」

太い柱の影に隠れて、途方に暮れた。

どうしよう。このままじゃデートどころじゃないよ〜。

「美穂。かくれんぼしてないで出てこいよ。どうしたんだ?」

優しい問い掛けにも、縮こまるばかりだ。ジッと隠れていると、腕をガッシリ掴まれた。

「何してんだよ?」

観念してありのままを伝える。

「臭いかも。」

「ん?」

「私、臭い! 力仕事していっぱい汗かいたの!」

恥ずかしさから叫んでしまった。

道行く人が振り返り、恥ずかしさの二乗になった。


と、掴まれた手を引っ張られ、私は律さんの胸にすっぽりと包み込まれた。

「うん。美穂の匂いだ。」

臭い臭いとパニックに陥る私の頭をクンクン嗅いで、私の匂いだと宣う。

私の匂いは汗の臭い!?

軽くショックを受け、力が抜ける。

「こうしていると、一日美穂の傍に居たみたいだ。」

もう、好きにして。

そしてまた、心のメモ帳に刻み込む。



律さん、匂いフェチ。



「ずっとこうしてるのもいいが、そろそろ行くか。腹減った。」

ブンブンとめまいがしそうなくらい頷き同意を示す。


そうだ。とにかく離れなければ。私がおかしくなりそう。

抱き寄せられて、体温の上昇が止まらない。顔が火照ってまともに律さんが見れない。

でも抱かれていたい…。


はっ!

何を思っているの、美穂!

抱かれていたいなんて破廉恥な!


あわてて律さんをおっぺがすと…違〜う! 動揺して方言がでてしまった!

やり直し!


あわてて律さんを引き剥がすと、

「さ、参りましょうか。」

必要以上に丁寧になってしまった…



「ほら。はぐれるから、手。」

さっきから人の流れにのれず、「ごめんなさい」を繰り返してる私に、律さんが救いの手を差し伸べてきた。迷わず掴むと彼はニッコリ笑って、

「鈍臭せー。」

と言った。

汗臭いけど、鈍臭くないもん!


聞こえなかったフリをして、律さんに尋ねる。

「何を食べるんですか?」

「この後行きたいところがあるから、手早くラーメンでいいか? 美味いところがあるんだけど。」

そういえばここはラーメン激戦区。この後行きたいところというのも気になるけど、ラーメンも気になる。「好きです。どこへでも着いていきます。」

不思議な事に、みるみる律さんの顔が赤くなった。

手もじっとり汗ばんだような…

暫く目が泳いでいて挙動不審だった律さんが、小さくため息を吐いて言った。

「ラーメンの事か。変な言い方すんな。」

はい?

今ラーメンの話してたんだよね?

変な言い方って言われても、心当たりないんですけど?


律さん、咳払いを一つ。

「まあいい。じゃあ、そこにするぞ。」

まるで怒っているかのように、足早に歩きだした。

私は繋がれた手を頼りに、ただひたすら着いていくばかりだった。



券売機でつけ麺のチケットを二枚買って、カウンターの中のお店の人に手渡す。律さんには昨日ご馳走になったので、今日は奢られてもらった。

二人でラーメンにしようかつけ麺にしようかたっぷり悩んで、結局この店自慢のつけ麺にした。


待ってる間に仕事の失敗談になり、デートのための『スカート』だとばれてしまった。

うっかり話しちゃったんだもん。スカートで引き取りに行ってエライ目に合ったって。

律さんは目を剥いて『仕事はパンツで行け』って言ってたけど、私だってデートじゃなかったらパンツで行くもん。


そうやって揉めていると、あっという間にカウンターにつけ麺が置かれた。


く〜っ!

堪らなくいい匂いがして、食欲をそそる。

一口食べると、コクがあって風味豊かなスープが口いっぱいに広がった。

「美味しい〜!」

チャーシューはとろけるように柔らかいし、玉子は大好きな半熟。

食べ終わるまで、二人無言でバクバク食べちゃった。律さんは途中で『ゆず唐辛子』なるものを、お店の人に頼んで掛けていたけど、私は辛いのが苦手なので遠慮しといた。


「ふ〜。ごちそうさまでした。」

「ごちそうさま。」

ほぼ同時に食べ終わり、箸を置いた。

長居はできないので、お店を後にし、律さんの『行きたいところ』へと場所を移すことにした。



「美穂こっち。」

「わっ! すごいっ!」

人ごみの向こうに、どこまでも続く桜並木。

「きれい…」

あんまり感動すると、月並みな言葉しか出てこないんだ。

夜の闇と車のライト。そこに幻想的な桜のピンクが加わって、夜を白く照らしている。

並んでそこを歩くと、ハラリハラリと桜の花びらが舞い落ちてきた。

「ちょうど見頃だな。」

これを見せるために、今日私を呼んでくれたんだ。


「寒くないか?」

「うん。寒くない。」

「手。」

「うん。」

いつものように手を繋ぐのだと思ってた。

ギュッと握られた指に、律さんのそれが絡められるまで。

「わっ!」

ビックリして色気のない声をあげると、律さんは前を向いたまま、

「イヤか?」

と聞いてきた。

「イヤ…じゃない。」

声が震えそうになる。嬉しくて。


律さんこそイヤじゃないの?

少しは近付けたのかな。

我慢しなくても付き合えるくらいにはなったのかな。

『練習』の一環だったとしても、この温もりにいつまでも酔い続けていたい。

桜の様に儚い夢だと知りつつも…


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