表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/19

再会

少し離れた駐車場に車を止め、歩いて動物園へと向かう。


「美穂。何処から行く?」

犀川氏が私に手を差し伸べながら尋ねてきた。

「混んじゃう前に、ライオンバスに乗りたいな。」

その手に自分の手を重ねて答える。


デートに誘われればホイホイついていって、手を差し出されると簡単につなぐ。私は犀川氏にどれだけ『簡単な女』と思われているだろう。


別に、地に足が着かないくらい浮かれてデートに応じたわけでも、手をつないでドッキドキなんてコトもない。イヤ、ちょっと強がった。

ちょっとだけならするかも、ドキドキ。

だって。手だけだけど、異性との触れ合いなんて、久し振りなんだもん。

やっぱり『簡単な女』なのか!?



動物園に着き、入場券を買う。

ゲートをくぐり、目的のライオンバスへ向かった。まあまあ混んではいたけれど、チケットがすぐに買えたのでバスに乗り込む。

「犀川氏、乗ったことあります?」

「いや。」

ワクワクしてる私の横で、犀川氏も興味深そうにキョロキョロしている。


「バスの外に、肉がぶら下がってた。ライオンがアレを食いにくるのか。」

「サファリパークなんかだと、バスの隙間からライオンに肉をあげられるんですよ。」

「へぇ。面白そうだな。じゃ、今度サファリパークにも行こうぜ。」

む?

流す!

流すよ、私は。

聞こえなかったふり。

ちょうどバスも発車して、話はうやむやになった。

一体どういうつもりなのよ。

はっ!もしや私の魅力の虜?

…ばかばかしい。ないない。

もういいや。考えたって分かんないし。


意識を切り替え窓の外に目をやると、ライオンが今まさに肉を!

「おー!」

乗客達は皆、あまりの迫力に、感嘆の声をあげた。

私も一緒になって、

「うぉー!」

と叫んだ。

色気ないね。


「ふー。」

額の冷や汗を拳で拭い、犀川氏を見やる。

女以外に苦手なものってないのかな。平然と、腕を組み窓の外を見渡している。

私の視線に気付き、見つめ返してきた。

私も視線を外せない。

これじゃあ、端から見たらバカップルだよ。

二人の間には、もうライオンも他の乗客も存在すらしていなかった。

見つめる。

見つめられる。

見つめ返す。


次第に犀川氏の顔色に変化が現われてきた。

耳まで真っ赤になった時、彼は、やっと視線を外した。

「勝った。」

闘う理由は分からなかったけど、この勝負、私の勝ちだよ。

犀川氏、ムッとして何かを言い掛けたけど、ハイ時間切れ〜。ライオンバスは一周して、元の場所に戻ってきた。

他の乗客と共にバスから降ろされ、またしても、うやむやになってしまった。

ふふん。



「あ〜!楽しかった!次、どこ行きますか?オススメは昆虫館ですよ。」

「おう。受けてたつぜ。」

お?これも勝負ですか?

意外と負けず嫌いな犀川氏を発見。

でも、嫌な感じじゃない。素の犀川氏を見つけたようで、ちょっぴりこそばゆかった。

でも、昆虫館でナニ勝負すんの?



温室になっているんだろうな。昆虫館は温かく、緑に溢れていた。放し飼いの蝶が、ヒラヒラと舞を舞っている。

捕まえようとすると、スルリと手を擦り抜けて、高く高く飛び去ってしまう。

水場にはゲンゴロウ。

芝生にはバッタ。

ここは一日居ても飽きないかも。和む〜。


蝶と戯れていた私の手を、犀川氏が急に引っ張った。

「危ない!」

私の足元に、三歳くらいの男の子がいた。

蝶に夢中になっていて、ちっとも気付かなかった。

「あ。ごめんね、ボク。」男の子にお詫びをし、犀川氏に向き直る。

「良かった。ぶつかってたら、潰してた。ありがとうございました。」

犀川氏、ニヤリとして、

「俺の勝ちだな。一勝一敗な。」

これも勝負なのか…


「大丈夫か、ボク。このおばちゃんに潰されないで良かったな。」

「お、おばちゃん!?」

「こんな小さい子から見たらおばちゃんだろ?」


私達の言い争いをよそに、男の子は照れて、少し離れたお母さんらしき人の所へ駈けていった。

そして何かを話したかと思うと、お母さん(?)の手を引っ張って、こちらに戻ってきた。


「あの…。うちの子が何かしましたでしょうか?申し訳ありません。」

私はあわてて手を振り、否定する。

「違うんです。私がはしゃいで、チョウチョを捕まえようとしたんです。そしたら、お子さんにぶつかりそうになって…。謝るのはこちらです。申し訳ありませんでした。」

ペコリと頭を下げた。

「まあ。そうだったんですか。」

ニッコリ笑ったお母さん。ボクちゃんによく似ていて、エクボの浮かぶ笑顔がとても素敵だった。

かわいらしい人だな。


「涼太」

男性の声が聞こえ、男の子…涼太君が振り返る。さっきのお母さんに負けるとも劣らない笑顔で。

「パパー!」

走り寄って抱きついたのは、赤ちゃんを抱えている男性…


こんな偶然、ホントにあるんだ。それを警戒して、立ち入り禁止区域に指定したんだっけ。

すっかり忘れてたなぁ。

あんまり楽しくて。

家、この辺なんだよね。

表情が凍り付くのを感じながら、今さら思い出しても仕方のないことばかり思い浮かべていた。


一年前、たった三ヶ月で別れたカレだった。


身体から力が抜け、心は何も感じない。

涼太君のママ…カレの奥さんが困惑しながら再び口を開いた。

「この子が、『お姉ちゃんだよ』って言ってるんですけど、何の事でしょうか。わかりますか?」

「ああ。」

お母さんの問い掛けに、犀川氏が、笑ってさっきのやりとりを説明した。

「俺が彼女の事を『おばちゃん』って言ったんですよ。『こんな小さい子から見たらおばちゃんだろ』って。それを聞いて、責任感じたのかな。小さいのに女心を良く理解してるな、涼太君は。」

犀川氏は、カレの足にしがみついている涼太君の頭を、ポンポンと軽く撫でた。

「パパがね、いつもママに『もうおばさんなんだから』って言うの。そうするとママは『失礼ね!』って怒るんだ〜。女の人に歳の話をしたらダメよって、パパいつも怒られるの。」

「り、涼太!」

慌てた声で、涼太君のママは涼太君を制した。

続いて低い男性の声がした。優しい声。懐かしい声。

「涼太。パパがママに怒られるの話をしても、お兄さんもお姉さんも困ってしまうよ。」

「お姉ちゃん、困っちゃった?」

「あ…。」

何も言えない私に代わり、犀川氏が答えた。

「大丈夫だよ。涼太君はパパとママが大好きなんだなって思っただけだよ。」

目線を合わせるようにしゃがんで。

そして立ち上がると私の横に来て、小さく、

「涼太君に免じて、勝ちを譲ってやるよ。」

と囁いた。

私はそれにも答えることができず、俯くばかりだった。


「ご家族のお邪魔をして、申し訳ありませんでした。」

ペコッと頭を下げて、出口へと足を向けた。私の肩を抱いて。私も笑顔で『さようなら』と言ったが、上手く笑えていただろうか。

涼太君とお母さんは笑顔で手を振ってくれた。

でも、カレの事は少しも見ることができなかった。



昆虫館を出ると、外は肌寒く感じられた。まだ日は高いし風もないのに。

ああ。心が寒いのか。

犀川氏が肩を抱いてくれているのに、まるでひとりぼっちで歩いているよう。


「美穂。寄りかかっていいから、もう少し歩くんだ。自分の足で。」

その言葉がなかったら、へたりこんで泣きだしていたかもしれない。

犀川氏は、私の様子がおかしいのに、気付いてくれていたんだ…

そうだ。今みっともない姿をさらせば、後から来る涼太君や奥さんに見られてしまう。


知らなかった。私が壊し掛けたのが、あんな素敵な笑顔の家族だったなんて。あんなかわいい子どもから、パパを奪おうとしてたなんて。

今私にできることは、消えることだけ。

カレの家族の前から。


「後で思いっきり泣いていい。今は歩け。できるな?」

瞬間、ギュッと抱き寄せられた。

コクリと頷き、犀川氏に歩調を合わせる。


優しい犀川氏の言葉が胸につまる。

後でなら、泣いていいんだ。

自分のために。


多摩動物公園の記憶はかなり前のもの。

改めて訪れる時間もなく、結局インターネットを頼りました。

間違えた記述があったらごめんなさい。そして、教えていただけましたら幸いです。


作中の『昆虫館』とは、『昆虫生態園』の事です。

因みに、館内の昆虫は捕まえてはいけません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ