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過去の記憶と初デート

う〜。眠い。

日曜日6:00AM。

眠い目をこすりながらベッドを後にした。

どうせ眠れない。

昨夜、羊が2千匹、柵をジャンプしたところで眠ることを諦めた。朝までベッドでゴロゴロしていたが、眠りが訪れることはなかった。

代わりに訪れたのは、一年前に終わった、辛い恋の記憶だった。

たった三ヶ月で終わった短い恋。

亜美にも告げていない。

だって亜美には言えない。妻子ある男性と付き合っていたなんて。

妻である立場の亜美には言えないよ。

ホントはそんな経験を持つ私は、亜美の相談にのる資格なんてない。

よその家庭を壊しかけた私が、壊れかけた亜美夫婦に協力するなんて、ただの自己満足で、偽善だ。

引き受けるべきでなかった。

わかってる。

でも。それでも亜美の力になりたかった。



テーブルの上のケータイが、メールの着信を告げた。

…犀川氏。

彼の存在がなければ、こんな重苦しい気持ちにとらわれなかったのに。


亜美のことが好きなのに、その気持ちに蓋をして、亜美の幸せのために尽力するなんて。私にはできない。

あの三ヶ月間で、私がカレの妻子に罪悪感を感じたことなんて一度もなかった。ただただ、カレを独占したかった。カレは私のものではなかったのに。



ケータイを開き、メールを読む。


『おはよう。

天気がいいからデートしよう。

9時に美穂ん家迎えに行くから。』


ナヌッ!!

家!?

確かに昨日、帰りの電車の中で、アパートの場所をザッと教えたけど…

あんなザックリで辿り着けるのかな。


『9時、了解です。アパートの場所、わかりますか?』


ホントは行きたくないけど、義務感から、そう返信した。

少しして、ケータイがまた着信を告げた。


『大丈夫。』


『了解です。』


一言のメールに一言で返す。


さて。

簡単にお弁当でも用意するか。

本当の恋人同士ではないのだから、奢られたくないし、ワリカンだなんだと揉めるのも面倒くさい。

だし巻き卵と唐揚げとプチトマトにおにぎり。2時間あれば充分だ。



8時50分。全ての用意を終えて、玄関に鍵をかけ、外に出た。

柔らかな日差しと温かな風が、春の訪れを告げていた。


『プッ、プッ』と短く二回、クラクションが鳴った。そちらに顔を向けると、春の日差しよりも柔らかく温かな、犀川氏の笑顔が飛び込んできた。

「よう。」

少し照れた顔で挨拶。なんかフツー。昨日の真っ赤な顔のが可愛かったのに。

「おはようございます。昨日の説明でよく辿り着けましたね。」

「まあな。取り敢えず乗れよ。荷物多いな。それ、もしかしてお弁当?」

荷物に気付くと、目をキラキラさせてこちらを見た。過剰な期待は止めて〜。

「そうですけど、味の保証はできませんよ。荷物、後ろに置いていいですか?」

犀川氏は運転席から降りると、スライドドアを開けてくれた。わっ!自動ドア!

黒い四角い車が、なんという名前かは分からないけれど、こいつが犀川氏から大事にされているのはすぐに分かった。

ピカピカに輝いてるもん。


後部座席にお弁当を置いて、真似して自動ドアを操作する。おぉ〜!閉まった〜!

助手席のドアを開けようとした犀川氏に、

「待って待って!私が開けたい!」

と言って、把手を引っ張る。

…………。

あれ?

待てど暮らせど扉は開かない。

隣に立ってる犀川氏が、訝しげに私を見た。

「乗らないの?」

「だって。開かないんだもん。」

「もっと引っ張れば開くよ?」

その言葉に、バッと犀川氏を見上げる。

「自動じゃないの?」

人間、思ってもみないことを言われると、ホントに目がパチパチするんだね、犀川氏。

数秒後、犀川氏はしゃがみ込んで爆笑していた。

も〜!帰っちゃおうかな!

「ちょっと犀川氏。笑いすぎだって。」

「お前、面白いな。」

ほら、と言って乗り込むのに手を貸してくれた。

そしてバタンとドアを閉めて、

「ほら、自動。」

と言った。

む〜っ。


車を走らせると、何故かご機嫌の犀川氏が尋ねてきた。

「あまり、車、乗らないの?」

「毎日仕事で乗ってます!でも、会社の車は自動ドアなんてついてないですよ。」

「プライベートでは?」

「車なんて贅沢品、持ってません。」

「乗せてくれる人は?」

「…いませんよ。」

亜美に聞いて知ってるくせに。彼氏がいたら、いくら私だって恋人のフリなんてしないもん。

「じゃあ、『律』って呼んで。」

なんで彼氏がいないと犀川氏を名前呼びにするのかわからないけど、そう言った犀川氏がやけに甘ったるくて思わず固まってしまった。

「え、鋭意努力中です。」

多分無理だけど。

「犀川氏こそ、どうなんですか。赤面、治りそうですか?」

「あぁ。俺もう平気。美穂限定だけど。」

「そんなバカな!」

「傷つくな。」

ちっとも傷ついてなさそうな犀川氏を見つめ、自分の動揺を抑える。

ダメだよ美穂。美穂限定なんて言われて舞い上がっちゃダメ。

また恋が始まるかもなんて期待しちゃダメ。

この人の心は亜美にあるんだから。

また手に入らない心を欲しがって、泣くはめになるよ。この人が私を大切にしてくれるのは、亜美の友達だから。

間違っちゃダメ。

好きになったらダメなんだから!

自分に言い聞かせると、なんだか情けなくなってきて、涙が滲んできた。

自分が全く価値のない人間に思えてきたから。

気付かれたくなくて、窓の外に目をやり、小さくため息をついた。


赤面症が治ったんなら、今日会う意味ないじゃん。



「美穂、動物好きか?」

ずっと押し黙っている私に気を遣ってか、犀川氏が唐突に話し掛けてきた。

「好きですよ。」

「何が好き?」

「パンダ。」

何を隠そう、私はパンダの大ファンだ。

上野動物園にパンダがやってきた時には、こどもを押し退けて一番前で見た。

すぐに係員に注意されて渋々下がったけど。

あの白と黒のモフモフ感が堪らない。


「残念。パンダは剥製しかいない。コアラならいるよ。」

む!

パンダの剥製にコアラとくれば!

「多摩動物公園行くの!?」

「正解。」

うぉ〜。急にテンション上がってきた。

多摩動物公園は上野動物園の次に好き。

園内を野良(?)孔雀が闊歩していて、実に楽しげだ。

あ〜!今日来てよかった。さっきまでと真逆な感想に、自分でも『現金だな』と思う。

この勢いで『律』って呼んであげてもよろしくてよ!


私のテンションが急浮上したのを見て、犀川氏も満足気だ。

赤信号で止まると、私の頭をヨシヨシとなでた。

む。犀川氏の功績に免じて黙ってるけど、赤くならなくなったからって、気安すぎやしませんか!?

まあ、いいけど。



私はすっかり浮かれていた。だから忘れていたのだ。一年前、そこを立ち入り禁止区域に指定していた事を…


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