未来へ
綺麗にまとめようと思った瞬間から、一行も書けなくなりました。
結局、未熟なりに今書ける物を書いてみました。
遅くなって申し訳ありません。
最終回をお届けします。
とにかく一度家に戻ろうという律さんの提案に異を唱える者もなく、現在高速を走行中である。
律さんとしては、誠二くんに考える時間を与えたかったというところなのかな。
けれど、亜美の心中を思うと、誠二くんの真意を早く明らかにしてほしかった。彼が言った『止めよう』って、まさか結婚生活を、じゃないよね。誠二くんが亜美に心を残してるのははっきりしているし。
助手席に座っている亜美の表情は、ここからじゃ見えない。
また思い詰めていないといいけど…
帰りの高速道路は時間が時間だけに、行きより更に空いていて、思ったよりも早く帰り着くことができた。
明日…もう今日になるのか。後数時間で出勤しなければならない律さんを、誠二くんは「送る」と申し出たけれど、律さんは「見届けなければ仕事どころじゃない」と、頑として譲らなかった。
私が律さんの立場だったとしても、やっぱり帰れなかったと思う。関わってしまった責任というより、単に心配だから。
「結論から言うよ。」
亜美と誠二くんがダイニングチェアに、私と律さんが少し離れたソファーに、それぞれが腰を下ろすと、開口一番、誠二くんがそう宣言した。
ゴクリと唾を飲み込んで、誠二くんに集中する。
「俺は亜美が好きだ。亜美を愛してる。以上。」
「…」
「…」
「…」
…知ってる。
きょとんとしている私たちに、誠二くんは慌てて言葉を継ぎ足した。
「あ。いや。俺、亜美に『好きじゃなくなった』って言っちゃったから。嘘だったんだけど。」
頭を掻きながら照れる誠二くんに、律さんが突っ込む。
「だから?」
「え? だから?」
「続きがあるだろ?」
「いや、ないですよ。それが全てです。俺は亜美を丸ごと愛してます。亜美と結婚したかったのであって、子どもが欲しいから亜美と結婚したんじゃありませんから。」
人前でも堂々と『愛してる』と言い放つ。バカップルの片割れが帰ってきた。
昔は呆れて相手にしなかったけど、今は嬉しくて懐かしくて、何よりも頼もしかった。
「誠二は同情して流されてるだけだよ。よく考えたの? 私と一緒にいる限り、ずっと、会う人会う人『お子さんは何人? お幾つなの?』なんて聞かれて、『いません』って答えると、気まずいような同情したような微妙な顔になるんだよ。親にだって何て言うの? きっとがっかりする。」
「え? 亜美は俺と別れたいの? 家出までしたくせに。素直じゃないんだよな。他人の言うことなんてその場だけのことだろ? 放っとけよ。親は離婚したってがっかりするよ?」
「…誠二が『止めよう』って言ったんじゃん。」
亜美はそっぽを向いて、拗ねたように言う。
やっぱり彼女は誠二くんが『結婚生活を止めよう』って言ったと解釈したのか。あの『夫バカ』ぶりを見て、誤解だって気付きそうなもんだけどな。
「だよな。止めようぜ、もう。俺たち肝心な事は相手に聞けなくて、ひとりで考えて結論を出してきただろ? だからすれ違いに気付かないんだよ。だから止めよう。いや、俺は止めるよ。真実を知るのを恐がって、ひとりで悶々とするのは。」
「…美穂。帰るか。」
律さんが急に立ち上がって、私の手を取った。
「へ?」
「俺たち、タクシーで帰るわ。」
誠二くんに軽く手を振って、私の腕を引っ張る。慌ててバッグを掴むと、引きずられるようにして高橋邸を後にした。
「律さん!」
グイグイ引っ張る律さんに、何で途中で帰るのか聞きたかった。
大きな声で律さんを呼ぶと、「美穂、声がでかい。」と諫められた。「本日二度目」の注釈つきで…。
「俺たちが居たら、亜美が本音を言わないからな。」どうやら私の不満は顔に書いてあったようだ。
「まあ、大丈夫じゃないか? 誠二は明らかに以前とは違う。亜美との間に信頼関係を築こうと努力しているよ。亜美だって誠二の本心を確かめたいだけだろ。後は誠二が、亜美の負い目をどれだけ軽くしてやれるか、だな。」
「負い目…。そんなもの、感じなくていいのに。亜美は亜美なんだから。」
悔しくて、涙が滲んでくる。
私は何に対して悔しいと思うのか。
自分を卑下する亜美に?
そんな事を言う律さんに?
何の力にもなれない自分にか?
それとも自分のものさしで幸せを計る、世間にだろうか。
律さんは優しく私の頭を撫でて、口調を緩めた。
「俺もそう思う。多分、誠二もそういう事が言いたかったんだろうな。あいつ『丸ごと亜美を愛してる』って言ってただろ? だから大丈夫だ。」
想いが強ければ、願い事は叶うと思っていた。
今まで手に入らなかったものは、自分の努力が足りないんだと思っていた。
精神論で何もかもうまくいくと思っていた私は、何て幼稚なんだろう。
世の中にはそうでないことも沢山あるというのに。
「律さん。」
私が足を止めると、彼も足を止め振り返った。
「ぎゅってしてくれますか?」
振り返った律さんを見上げると、溜まった涙がこぼれ落ちた。
普段なら泣いている顔なんて不細工だから見せたくないって思うけど、今はそんなことを構う余裕なんてない。
彼の温もりが欲しかった。
律さんは一歩私に近づくと、私の腕を引いて、彼の胸に迎え入れてくれた。
「欲しいものが手に入らないときは、どうすればいいんですか?」
「美穂ならどうする?」
律さんの胸に耳を当て鼓動に耳を澄ませる。
「努力して、努力して、それでも手に入らなかったら……泣いて暴れて、いずれ諦めるかも。」
顔は見えないけれど、律さんが笑ったのを気配で感じた。
「くっ。暴れるのか。お前らしいな。」
律さんが抱く私のイメージに、乙女心をえぐられる。「そんな前向きなお前が、俺は好きだな。」
好きと言ってもらえて乙女心は慰められたけど、合点がいかない。
「諦めちゃうんですよ。ちっとも前向きじゃないです。」
「いや。勇気ある、前向きな決断だろ? 努力して尚、手に入らないと認めるのは勇気のいることだ。それを受け入れたときから、新しい別の道が拓けるんじゃないか? 口で言うのは簡単だけど、現実を受け入れるというのは、時には難しいものだと俺は思うよ。」
「じゃあ、死ぬまで諦めないって言ったらどうしますか?」
私からの挑戦状に、律さんはクスリと笑った。
「どうもしないよ。応援するだけだ。健気に頑張るお前を支えてやりたいと思うだろうな。」
「律さん、私を甘やかしすぎです。どっちでもいいみたい。」
どこまでも甘やかしてくれる律さんにギュッとしがみつき、その広い胸に頬を押しつける。
思い切り息を吸うと、私の身体いっぱいに彼の香りが広がった。
「どっちでもいいんだ。美穂が納得して出した答えなら。」
「律さん、お母さんみたい。」
「お母さん…?」
律さんの胸は、安心できて温かい。いつでも私を受け入れて、包み込んでくれる。
律さんが体をちょっとずらし、私の顎に手を添えた。「あんまり安心されるのも困るな。俺はお母さんにはなれん。」
キスまで一歩のところで抗議に合い、焦らすように掠める彼の唇。
引き寄せられて二つの唇は出会う…はずだった。
脳内では。
しかし律さんは「帰ろうか」と言って微笑むと、私の手を引いて歩きだした。
気が付くと朝だった。窓から明るい陽光が降り注ぎ、濡れ髪で着替えをしている律さんが、キラキラ輝いて見えた。
あれ?
タクシーに乗ったまでは覚えてるんだけど…。
「おはよう。」
「おはようございます。もしかして、タクシーから運んでもらっちゃいました?」
恐る恐る聞いてみると、「重かったな」と腰をさすっている。
「起こしてくださいよ〜!」
「ははっ。嘘だよ。軽かったよ。かわいい顔で寝ていたから、起こすのは勿体ない気がしてな。」
ネクタイを締めながら、私の頬にキスをした。
「律さん、寝ていないんじゃ…」
「帰ったら美穂の膝枕で寝かせてくれよ。ここで、待ってて?」
律さんが私に甘えるなんて初めての事で、覗き込まれた瞳に、なんだか照れてしまう。
頷く私の頬に、もう一度キスをくれた。
ん〜。昨日から焦らされてるような…
物足りない思いで、「ここには?」と首を傾げて唇を指差した。
「挑発するな。会社に行けなくなる。」
クルリと踵を返すと、キッチンへと行ってしまった。
朝食にトーストを食べた後、「部屋の物は好きに使っていいから。」と言い残し、律さんは出勤していった。
近所のコンビニで、乙女のお泊まりセット一式を調達してシャワーを浴びる。
クレンジングで化粧を落とし、新しい下着に着替え、律さんの部屋着を拝借。
歯を磨いて、さっぱりした気分で部屋を見渡す。
前に来たときは、緊張で見渡す余裕なんてなかった。
モノトーンの家具が彼らしくて、クスリと笑みが漏れた。
律さんがカントリー調の家具だったら、びっくりしちゃうもんね。
彼にはやっぱりシャープなものが似合う。
部屋の探険を終えると、バッグから、使ったばかりのキーホルダーを取り出した。うちの鍵ともう一つ、律さんがくれた合鍵。昨日これをもらったのは夢じゃなかったんだ。
嬉しくてキーホルダーを目の前で揺らす私の目に、小さな光が掠めた。
開けたバッグの中から、チカチカと、ケータイが不在着信を知らせていた。
「亜美? 電話くれた?」折り返しかけると、亜美は待ち構えていたのかと思うほど早く電話にでた。
「うん。昨日までのこと、謝っておきたくて。ごめんね。心配させたよね。私、恐がったりしないで、治療を受けることにしたよ。誠二と協力して。」
「そっかぁ。」
「私、誠二の何をみていたのかな。あんなに愛情溢れる人に、なんで捨てられるって思ってたんだろう。」ホント。溢れ過ぎてだだ漏れだったよね。
「それだけ亜美も切羽詰まってたんだよ。」
「うん。すごい切羽詰まってた。もう、赤ちゃんができないなら、誠二しかいないって思ってた。それなのに事態は離婚へと向かっていって…」
ちょっと待て。今、大事な何かを聞き流したぞ。
赤ちゃんができないなら誠二しかいない?
「ゴホッ。えっとさ。この間電話くれたよね。火曜日。私と律さんが、その…」
「ああ、付き合い始めたときね。犀川さん、人が違ったように甘甘なんだけど、美穂、変なことされてない? いい人なんだけど、ちょっと変態っぽくない? 大丈夫? 美穂。」
律さんを好きだったにしては、ひどい言われ様…だよね。
「あのさ。亜美はあの電話の時、律さんより誠二くんを選ぶって言ってたよね?」
「え? 言ってる意味がよくわからないんだけど。何で犀川さんが出てくるの?」
「亜美は、律さんが好きだったんだよね。もう吹っ切れたの? 私が、律さんと付き合っていても、気にならない?」
思い切って真っ正面からぶつかる事にした。
私たちの間で気を遣うと、おかしな方向へと進むから。それでこんがらがったんだもんね。
「私が犀川さんを好き? まだ不倫疑惑が残ってるの? はぁ。巻き込んで悪かったと思うけど、恋愛の意味で好きになった事はないよ。安心してよ、美穂。」「いや、不倫じゃなくて。この間の電話で、律さんが私を選んだら誠二くんしかいないって言ってたでしょ? 亜美も二人のうちどちらかを選ぶなら、誠二くんを選ぶって。」
「私が誠二しかいないって言ったのは、さっき言ったように、赤ちゃんができないと思ってのことで、犀川さんがなんででてくるのかわからないな。なんで犀川さんと誠二の二者択一を迫られるのかも、ね。選ぶまでもなく、私には誠二だけだよ。」
あれ??
確かに、亜美からは律さんへの恋愛感情は微塵も感じられない。この前みっともないくらいに嫉妬したのが嘘のように。
結局、私も誠二くんに釣られて、『亜美は律さんが好きなんだ』っていうフィルターをつけていたんだろうか。
「何だかよくわからないけど、私の言葉が美穂を悩ませちゃったみたいだね。重ね重ね、ごめんね。」
「わ〜っ! 恥ずかしいから謝らないで〜! 私こそごめん!」
ああ。律さんの大目玉が想像できるようだよ。
「亜美は、今幸せ?」
「うん。みんなのおかげだよ。今度のことがあって、つくづく独りじゃないんだなぁって思ったんだ。」
「そっか。」
「美穂。」
「ん?」
「ありがとう。」
って言われちゃった。
すごく嬉しかったんだ〜。
亜美からの電話の内容を、律さんにメールで報せた。直ぐに返信があって、
『良かったな。特にお前の勘違いについては、帰ったらたっぷり聞いてやる。』
だって。
ちょぴり逃げ出したい気持ちになったけど、律さんにはお見通しのようだ。
追伸で、
『逃げるなよ。昨日の電車での続きもある事だしな』
って念を押された。
昨日の電車での続きっていうと、アレ?
押し倒すのどうのっていう…
ゴロゴロとベッドで律さんのメールを眺めながら、ますます逃げ出したい気持ちに駆られるも、ベッドに残る彼の香りに縛られる。
そんな事言われて困りながらも、きっと午後になったらいそいそと夕飯のための買い物に出かけるんだろうな。
彼のために夕飯を作ったり、待ってる間、時計の針が進むのが遅く感じられたり。
いつの間にかそういった事が日常になって、息を吸うより自然に、彼の隣に居られるようになるのだろうか。
今はドキドキが勝って、自然になんて振る舞えないけれど。
でも、今感じるドキドキも、彼の隣にいることが日常となっても、彼となら幸せに違いない。
ちょっとした喧嘩で丸一日口をきかなくても、仲直りする時はそれまで以上に仲良しになって、愛を深めていくんだ。
一緒にいることに慣れてしまうと、今のこのドキドキが懐かしく思えるかもしれない。その時は、いっぱいキスしよう。
抱き締め合って、触れ合って、一緒にいられる幸運を確かめ合おう。
今日、律さんが帰ったら、この気持ちを伝えたい。
彼は何て言うかな。
それこそ、
『今、抱き締め合って、触れ合おう』
って、押し倒されちゃうかも。
それもアリかな。
でも今は。
幸せのチャイムを鳴らして彼が帰るまで、いま少し彼の香りに包まれていよう。
彼との未来を夢見て…
完
最後までお付き合いくださって、ありがとうございます。
お気に入りに加えてくださった方、投稿するとその日のうちに読んでくださった方、拙い小説に評価をくださった方、感想を寄せてくださったyukiさん。そして、読んでくださった全ての方々。
皆様の全てが励みとなりました。
どれくらい感謝しても、足りないくらいです。
本当にありがとうございました。
これをもって、終了とさせていただきます。
では。